第88話 便利アイテム
レイン王子達がコーガス侯爵領にやって来て、既に一か月ほど経つ。
取り敢えず大きな問題は起きていない。
若干、レイン王子に対するレイバンの態度――一緒に魔法を学んでいる――が堅めではあるが、まあ半引きこもりだし、特に気にする程でもないだろう。
「大河、入りますよ」
魔王城のある一室の扉をノックして、俺は大河に声をかけた。
「あ、どうぞー」
扉の向こうから返事が返って来たので、俺は扉を開いて中へと入った。
「完成しましたか?」
ここは元魔王城内にある、大河の研究室だ。
ラボはビーカーとか、どうやって作ったのか分からない機械っぽいマジックアイテムがずらりと並び、現代の研究施設の様な造りをしていた。
その端にあるデスクに白衣の大河が座っており、制作チーターというより、純粋な研究者っぽく見える。
え?
なんで魔王城内にラボがあるのか?
理由は二つ。
一つはここに魔王の肉体――生贄炉によるエネルギー源があるからだ。
チート開発には大量の魔力が必要となる。
だが大河は制作系チーターであるため、たいして魔力がない。
その問題点を改善する為、魔王から抽出されている魔力を利用する為にこの場にラボは設立されている。
まあその内ケーブルを作って遠くまで魔力を運べるようにするつもりではあるが、それはまだ先の話だ
そして二つ目は、情報秘匿の為である。
大河の制作チートはこの世界の常識から外れるレベルの物なので、その研究内容を周囲に知られるのは余り宜しく無い。
もし知られれば研究内容所か、大河を誘拐しようとする馬鹿達が寄って来るのは目に見えていた。
だから人目につかない場所で、かつ誰も好んで近寄らない旧魔王城の一角にラボを作ったと言う訳だ。
一々スパイに対応するのも面倒くさいから。
因みに街から魔王城までは50キロ程離れているが、転移ゲートを設置してある――大河産で魔王の魔力を利用――ので、新コーガス侯爵邸からは一瞬で行き来が出来るようになっている。
勿論、それを扱えるのは一部の人間だけなので、勝手に誰かが通ったりは出来ないぞ。
「ええ、完成しました。これが本体で、こっちが端末です」
大河が色々な物が乱雑に置いてあるデスクから、ボタン付きのモニターと、バッジの様な物を取って俺に見せた。
「ほう、これが……端末が小型なのが非常にいいですね」
「へへ、身に着けられる物の方が便利かと思ってバッジ型にしてみました。その穴に対象の髪の毛を入れると発動します。範囲は10メートル。効果は1ヵ月くらいですけど、魔力をチャージすれば継続して使えますんで」
「感情は全て把握する事が出来るんですか?」
彼に依頼したチートアイテムは、周囲の人間が対象――髪の毛の持ち主――に向ける感情を測定するという物だ。
これでレイバンやレイミーに対する悪意や敵意を事前に知る事が出来る様になれば、色々と対応がしやすくなるという物。
というのが大河に聞かせている表の理由、もしくはオマケだ。
俺やシンラがガードしている以上、あの二人に手出しできる悪漢などほぼ存在しないからな。
事前チェックできるのは確かに便利だが、正直それ程優先順位は高くない。
なら何故そんな物を作らせたのか?
実はこれを使って調べたい事があったからだ。
――それは十二家の、正確には先代侯爵夫妻を暗殺した候補三家の此方に向ける感情だ。
下手につつけば犯人以外の二家に弱みを握られるため、これまでは積極的に犯人をあぶりだす事をしてこなかった。
闇蠍の首根っこさえ掴めば、わざわざそれをする必要はないと思っていたのもある。
だが現実には、闇蠍は俺の想像していたよりずっと厄介な相手だった。
相手の尻尾は中々掴めず、しかも最大の情報源だったアークへの襲撃も、転移で領地を移動した為か完全に止まってしまっている状態だ。
正直、このままいくと相手の懐に潜り込むのに何年かかるか分かった物ではない。
だから別ルートから犯人特定にアプローチできる様、こうして大河にチートアイテムの製作を頼んだ訳である。
これを使ってのあぶり出しが上手くいくとは限らんが……
貴族会議の件で、三家全部が逆恨み的に此方に強い敵意や殺意を抱いている可能性があるからな。
まあだが何もしないよりはましだろう。
「いや、えーっと……一応、怒りとか恐れとかの負の感情だけになってます。好意とかはちょっと難しくて……ははは……」
大河が気まずそうにそう答えた。
難しいのではなく、態とそう言う仕様にしたのがモロバレである。
彼は製作に関してはチートでも、演技はド三流と言わざる得ない。
何故大河はそんな仕様にしたのか?
そんなの決まっている。
好感度まで感知したら、レイミーラヴがモロバレになってしまうからだ。
……一応大河はそれを隠しているつもりの様だからな。
しかしそう考えると、ギャルゲーの好感度を示すシステムってエグイよな。
ゲームだから良い物の、現実で勝手に自分の好感度が相手に筒抜けとか、人によっては悶絶物だろう。
ま、んな事はどうでもいいか。
調べられるのがこちら側でない以上、気にする必要もない。
「それが分かれば十分です。ところでこのバッジ、量産は可能ですか?」
確認したいのはレイミーとレイバン。
そして俺に対する感情なので3つは欲しい。
負の感情の矛先がコーガス侯爵家全体か、特定の人物かも判断出来た方が便利だからな。
「端末の方は簡単に作れますんで、大丈夫ですよ。入れる髪の毛しだいで判定も分けられますし」
「そうですか。ではいくつか制作をお願いします」
「分かりました。任せてください」
用は済んだので俺は大河のラボを後にする。
さて、それじゃあ貴族会議の招待状でも用意するとしようか。
金を払ったなら、会議はもう開かなかったのではないのか?
そんな約束はしてないぞ。
俺はあくまでも、危険な領地での会議はしないと匂わせただけだからな。
まあ今回は嫌がらせではないので、文句は別に出ないだろう。
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