第30話 流行り
――俺は魔王アスラスの眠る球体に手を当て、その中に魔力を送る。
彼女はいつ目覚めてもおかしくない状況だ。
少し刺激を与えれば目を覚ますだろう。
「……」
予想通り、魔王アスラスの目が開かれた。
そしてその目が俺の顔を見た瞬間『カッ』見開かれ、彼女はそのまま固まってしまう。
まあ騙して100年間潜伏してたのに、目を開けたら勇者が居たらそらフリーズするわな。
「久しぶりだな、アスラス。俺の力を感じるか?」
俺は球体に自分の魔力を更に流し込む。
彼女に俺の力を感じ取らせるためだ。
「お前から感じられる力は信じがたい物だ。どうやってそこまで強くなったのか……どうやら、私のあがきは無駄だった様だな」
状況を直ぐに理解したアスラスが、球体の中で自嘲気味に笑う。
「さっさと殺すがいい」
「まあそれが勇者としては一番正しい行動なんだろうが、それじゃあんまりだからな。だから、俺からお前に一つ提案がある」
「提案だと?魔王である私にか?」
「ああ。お前が生贄炉として魔力供給するなら、お前にある程度の自由を与えてやる。なんなら、そのうち魔界に送ってやったってかまわない」
「ふざけているのか?生贄炉に自由など……いやまて、何故お前がそれを知っている!?」
アスラスが魔界にしかない物を、俺が口にした事で驚く。
こいつは100年間眠ってたみたいだから、俺が魔界に行った事など知りもしないだろうからな。
無理もない。
「魔界に行ったからに決まってるだろ?ついでに言うなら、お前の親父――大魔王もぶち殺してやったぞ」
「お前が……」
アスラスが俺の言葉に、呆然とした顔になる。
「信じられ……いや、今のお前の強さならば不可能ではない、か。それに、私にかけられた禁制も消えている様だしな。信じざるを得ない」
「で?どうする?流石に、魔王であるお前を無罪放免自由の身って訳にはいかないからな。いやなら……悪いが死んで貰う事になる」
「この世界を侵略しに来た魔王である私に、救いの手を差し伸べるか。随分と甘い事だ」
「俺は見ての通り、正義と博愛の優しい勇者様だからな。それで?魔族として誇り高く散りたいってんなら、正々堂々相手になってやるぞ」
「ふ、戦ったら文字通り粉々にされそうだな。止めておく。せっかく温情を貰ったのだ。有難く受け取らせて貰うさ」
『人間の管理下に置かれるぐらいなら!』とかは言わない様だ。
エネルギー源として利用したかったので助かる。
「それで?どうやって生贄炉と私の自由を両立させるというのだ?」
「何、簡単な事さ。お前の肉体は生贄炉化したうえで、意識と魔力を俺の用意した分身に移せばいい」
分身魔法は今の俺の十八番だ。
俺が分身を生み出し、そこに魔王の魔力の一部と意識を乗せれば搾取されつつも自由に動けるって訳である。
「やり方は――」
俺は移し方をアスラスに教えてやり、そのための分身を用意する。
「ふむ」
魔王が慣らす様に新しい体を色々と動かす。
「流石に呑み込みが早いな」
結構難しい技術なので少々手間取るかと思ったが、アスラスは一回で転写を成功させて見せた。
流石は、魔王を名乗ってエデンに乗り込んで来ただけはあるって所だな。
「この姿、まるで人間だな」
「エデンを魔族の姿でうろつかれたら目立つからな」
作った分身は、アスラスの姿を人間の形に落とし込めたものだ。
魔族の姿のままだと大騒動になってしまう。
「なるほど……なら、名も変えた方が良いか」
「まあそうだな」
魔王本人だとは思われないだろうが、まともな神経してたら、普通は子供に魔王の名前をつける奴はいないからな。
もしそのままの名前だと、確実に変な目を向けられる事になる。
「では、第二形態という事でアスラス2と名乗ろう」
「アスラス2……それはちょっとあれだな。2足しただけだし」
ほぼ変わってないに等しい。
「そうか。では……アスラス2を文字ってA2と名乗るとしようか」
「ま、それなら大丈夫だ」
ちょっと変な名前の気もするが、この世界じゃ俺のタケルって名前も大概変な名前だしな。
変なだけならたいして問題ない。
「さて、では……」
アスラス改めエーツーが右側に小首をかしげ、両掌を合わせて右頬に添える。
そしてニコッと笑ったかと思うと、甘く囁いた。
「これからお願いするにゃん。ご主人様」
――と。
「……」
俺は無言でその笑顔に正拳突き叩き込む。
「ぐわっ!?いきなり何をする!?気でも狂ったか!」
「それはこっちの台詞だ。お前こそ何のつもりだ」
こっちこそ正気を疑う。
「む……ひょっとして気に入らなかったか?人間の男はこういうのが好きだと、調査結果で出ていたのだがな」
「どんな調査だよ」
何をどう調べたらそんな結果が出るのか。
「ふむ……まあ侵略前にした調査結果だったからな。100年も経てば流行りも変わるか」
流行りの問題ではない気も……
いや、俺が知らなかっただけで本当は当時流行ってたのか?
コーガス侯爵家関連は清廉潔白を絵にかいた様な環境で、そういうのとは無縁だったからな。
俺は知らなかっただけだとしても、不思議ではない。
「まあ普通にしてろ」
「了解だ」
俺はこの後、人間の常識を魔王に叩き込んだ。
さっきの様な馬鹿行動をしない様に。
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