第104話 出来る事
――旧魔王城の背後には大きな森がある。
魔王城を含む旧魔王領一帯は魔王の呪いにより、100年近く草木を含む生命の住めない禁忌の場所となっていた。
当然そんな場所に森など無く、解呪から1年も経っていない状態で木々が新たに森をなせる訳もない。
ではなぜ、そこに森があるのか?
実はこの森は、ある大魔法使いの魔法によって生み出された物だ。
生み出したのは聖女タケコ様の知人であり、最近コーガス侯爵家の客分になった大魔法使いタケボーという人物である。
しかもこの森は只の森ではなく、外敵から内部を守る結界としての機能しているそうだ。
――僕達青の勇者一行は、レイン王子と共に現在そんな森の中で生活している。
まあ森の中と言っても、屋敷やそれ以外の生活に必要な文化的な物はほぼすべて揃っている状態だが。
しかも旧魔王城や、侯爵領唯一の街へのゲートまであるので、基本的に生活には不自由していない。
「本格的に内乱が始まったようです」
僕達がここで暮らす様になって、既に半年経っていた。
レイン王子が生きていても、大した事は出来ないと判断したんだろう。
上二人の王子の陣営は早々にレイン王子の捜索を切り上げ、互いを激しく牽制し合う状態へと移行する。
「思ったより……早いですわね」
タケルさんからの報告を聞き、ローラが苦々し気な表情でそう呟く。
遅かれ早かれ、いずれこうなるだろう事は分かり切っていた事だった。
だが、とは言え、それでもそれはもう少し先になるだろうと、僕達は予想していたのだ。
この流れはあまりにも性急すぎる。
「……」
その場に重い雰囲気がのしかかる。
分かってはいた事なので、前もって覚悟はしていた。
だが、やはりいざ訪れてみると……
「僕に……力がないから……」
レイン王子が俯き、泣きそうな震え声でか細くそう呟いた。
兄二人が父親を殺してその罪を彼に擦り付け、守るべき国など知った事かと滅茶苦茶にしている現状。
優しい王子には、きっと辛い事だろう。
「なあタケルさんよ。こんな事を俺が聞くのもなんだが……アンタや聖女様がいるコーガス侯爵家なら、この状況……どうとでもなるんじゃないのか?もしそうだとしたら……」
タルクがタケルさんにそう尋ねた。
タケルさんなら。
コーガス侯爵家なら。
公国の内乱すら、その気になれば止められるんじゃないかという思いから、タルクは尋ねたのだろう。
それは僕も同じ考えだった。
タケルさんと出会い。
そしてこのコーガス侯爵領に来て、僕は嫌と言う程思い知らされる。
世の中、上には上がいるという事を。
タケルさんや聖女タケコ様は元より、騎士団長のサインさんやその彼と同格のブルドックさん。
それに聖女様の友人で、大魔法使いのタケボーさんに執事のエーツーさん。
僕から見た彼らは、よく言えば超人。
悪い言い方をすれば化け物だ。
それ以外にも、騎士団には僕より強い人達がゴロゴロしていた。
青の勇者なんて称号が本当に恥ずかしくなるぐらい彼らは強い。
それも圧倒的に。
だから少数とはいえ、コーガス侯爵家の騎士達なら、その気になれば公国の内乱すら力で収める事が出来るんじゃないかと僕は思っていた。
だけど――
「出来るか出来ないかはともかくとして……明確な大儀名分が無ければ、残念ながら当家は動けません。内乱状態とはいえ、今コーガス侯爵家がレイン王子を掲げて公国に攻め込む様な真似をすれば、それは周囲には只の侵略戦争と映ってしまう事でしょうから。王家も決してお許しにはならないでしょう」
表向き、レイン王子は国王を殺して逃亡している事になっている。
そんな人物を擁して内乱を鎮圧したとなれば、他国からは単なる侵略戦争に映ってしまう事だろう。
なのでせめて王子の冤罪を晴らすか、もっと国が酷い状況にならなければ、コーガス侯爵家が公国に干渉するのは難しい。
「そうか。そりゃそうだよな。わりい。聞かなかった事にしてくれ」
「辛いお気持ちは承知していますので、お気になさらずに」
自分の無力が恨めしいけど、現状の僕達に出来る事はない。
「タケルさん、あの……僕も騎士団の訓練に混ぜて貰う事は出来ないでしょうか?」
この先、僕に何か出来る事があるかは分からない。
でも、何かできる事があるとすれば、剣を振るう事だけだ。
だから、少しでも強くなりたかった。
そのためには、強い人達との訓練に混ざるのが一番だ。
「それは構いませんが。他とそれ程違いがある訳ではありませんよ」
「え?そうなんですか?」
「ええ。侯爵家の騎士達が強いのは、単純に才能のある者達を集めて来ただけにすぎませんから……」
才能が全て。
そう言われてしまうと、何とも言えなくなる。
「ですがまあ、アークさんはまだまだ伸びしろがある様に見えますので……何でしたら、私が稽古をつけて差し上げても構いませんが?」
「タケルさんが……」
タケルさんは、魔法を使っている所しか見た事がない。
けど、その圧倒的な気配から分かる。
きっと近接戦闘も、とんでもないレベルなんだと。
「ご不満ですか?」
「い、いえ!とんでもない!宜しくお願いします!」
彼の指導を受けられるのなら願っても無い事である。
「ちょっと待つでござる!」
その時待ったがかけられる。
声を上げたのはニンジャマンだ。
「アークだけ狡いで御座る!拙者も一緒に鍛えて欲しいで御座る!ニンニン!」
どうやら彼女も、タケルさんの指導の下訓練したい様だ。
「まあそれは構いませんが……私の訓練は、女性には少々ハードですよ?」
「忍者とは耐え忍ぶ事と見つけたり!平気で御座るよニンニン!」
「分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら。では、明日から訓練の時間を取りますので……お二人とも覚悟していてくださいね」
タケルさんはそう言うと、ニッコリと微笑んだ。
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