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第11次元世界アガルディア

暴虐聖女

作者: 時任雪緒

「貴様のような下賎な孤児などとは婚約を破棄する!やはり高貴な私には、高貴な婚約者こそがふさわしい!」

「その通りですわ、殿下」


居丈高に叫ぶ男と、その男の腕に絡みつく女。男の方は王子であり、女は公爵令嬢。確かに本人達の言う通り、身分的に非常にお似合いである。

孤児出身聖女アリスとしては、王子との婚約が上手く行けば、神殿を出て城で食っちゃ寝出来ると神殿長に聞いているから、それを手放すのは惜しい。

しかし、この王子は嫌いなので、勿体ないけど別にいいかと考えた。


「そうですの?残念ですが、致し方…」

「それだけでは無い!貴様、嫉妬に駆られて、我が愛しのアマンダに、散々に嫌がらせを繰り返したそうだな!」


折角受け入れてスムーズに終わらせようと思っていたのに、遮られてイラッとした。しかし、続く言葉には心当たりがない。


「嫌がらせでございますか?私が、アマンダ様に?」

「そうだ!しらばっくれることなど出来んぞ!証拠も証人も山ほどある!」


そうして王子が論ったのは、聞くのもおぞましい所業の数々。

壁に繰り返し叩きつけたり、服を溶かされたり、土下座を強要されたり、高高度から落とされたりなどなど…嫌がらせなどという可愛い表現で済ませた王子もアレであるし、耐えきったアマンダのメンタルが鋼鉄である。


王子が鬼の首を取ったように見下ろしてくるが、それらの出来事なら話は別だった。


「まぁ、誤解ですわ。それらは嫌がらせではなく、教育的指導ですわ」

「体罰教師のテンプレみたいなことを言うな!」

「そう仰いましても、私はその様に教育を受けておりましたし、他の方法は存じ上げませんわ」

「世知辛いな貴様も!……いや、そうではなくて!」


危うく脱線しそうになり、王子は慌てて軌道修正を図る。


「そのような暴虐聖女が妃になることは認められん!そもそも貴様のような穢れた孤児が、聖女となったこと自体がおかしいのだ!」

「どちらも私の望んだ事では無いのですが」

「ええい!一々反論するでない!大体貴様ごときが次代の大聖女だと!?信じられるか!妃も大聖女も、ふさわしいのはアマンダを措いて他にない!貴様など追放だ!」


追放と言われて、流石にアリスは黙り込んだ。それを見て、アリスが困り果てていると解釈した王子とアマンダは、ニヤリと笑みを浮かべる。

惨めに泣き縋ってももう遅い。今更謝罪しても許してやるものか、と2人は考えたが。

おもむろにアリスが右手を上げて、パチンと指を鳴らした。途端に、風船が破裂するような音が響き渡った。


「きゃっ!」

「な、なんだ!」


動揺する2人は、アリスが何かをやらかしたのではと、アリスを睨みつける。その視線の先には、ニンマリと笑うアリスがいた。


「アリス、貴女……」

「貴様!何をした!」

「それは勿論、結界を解除致しましたの。この国全土を覆っていた、護国結界を」

「なっ……」

「何を勝手なことを!」

「私はお役御免との事ですので。後はアマンダ様にお任せしますわ。ほら、早くなさいませ。今にも瘴気が溢れ出し、1週間もすれば魔物の巣窟ですわよ。あら大変、国が滅びてしまいますわ。さぁ、さぁ、お早く」


呆然とする2人にニヤニヤしながら語るアリスは、それはもういやらしい顔をしている。


「貴様!国を盾にとるつもりか!」

「どうしてそうなりますの?私を追放するのであれば、次代の大聖女たるアマンダ様が、お励みになるのでしょう?」

「くっ……その通りだ!貴様などよりアマンダの方が優れている!アマンダ、結界を!」


しかし、振り向いた王子の目に映ったのは、顔を青くしたアマンダだった。


「アマンダ?何をしている、早く結界を……」

「……せん」

「なんだ?」

「出来ません……私には、護国の結界など……」

「なんだと!?」


アマンダは涙を浮かべ、蒼白な顔で出来ないと訴える。アマンダ曰く、国中の聖女や神官に号令を掛けて、全員で起動する事ならば出来ると言うことだ。平時ならばそれでいいし、そもそも護国結界はワンオペ出来る代物ではなく、多数の聖魔法使いで運用するものらしい。

魔物襲来のリミットを考えると、国中に声をかけて回る時間などない。それならば業腹だが、アリスを聖女として留め置くしかないか……と考えた王子が、アリスに視線を戻したが。


「って、いない!?アリス!おい!どこ行った!アリス!アリスを探せー!」


アリスは忽然と姿を消していた。



その頃アリスは、神殿長執務室に飛び込んでいた。


「おいジジイ!金を出せ!」

「なんじゃアリス。今日は強盗ごっこか?」

「違う!」


かくかくしかじかと経緯を語る。婚約破棄や嫌がらせの話には、ちょっと眉を顰める程度だったが、腹いせに護国結界を解除したと話した途端、神殿長は真っ青になった。


「結界を解除したじゃと?」

「王子もアマンダも、前からムカついてたんだ。国と一緒に滅びればいい」


吐き捨てるように言うと、神殿長は悲壮な表情でアリスにすがりついた。


「アリス、結界を張り直すのじゃ!」

「ヤダね。こんな国滅びればいい」

「ダメじゃ!ワシはまだ死にたくない!もっと長生きして、永遠に金集めがしたいんじゃ!せめて溜め込んだ寄付を使い切りたいのじゃ!まだ宝石風呂にも入っとらんのに!」

「ホントにジジイは見下げ果てた奴だな……まぁ嫌いじゃないけど」

「そうじゃろ!?これからも2人でウハウハするんじゃ!もっと営業をかけて、貴族から寄付を巻き上げたい!」

「うーん」


神殿長は三度の飯より金が好きな金の亡者で、二言目には寄付寄付と言っている。最早寄付という鳴き声である。

アリスも金は大好きなので、金の誘惑に悩んでいると、神殿長は落ち着きを取り戻したらしい。


「そもそも、王子にアリスを追放する権限などないぞ」

「ん?そうなの?」

「神殿は国に属しとるわけではないからの。だからアリスが出ていく必要は無いのじゃ」

「言われてみれば……」


確かにその様に学んだ覚えがある。アリスが唯一敬愛する、今は亡き大聖女クラリスの教えだ。

思えば、流石のアリスも動転していたようだ。妃になれないことが、思ったよりショックだったのかもしれない。


「そっか」

「流石に婚約破棄は呑むしかないじゃろな。アリスは護国結界を解いてしまったんじゃ。国家反逆罪と言われても仕方がない」

「マジかよ」


腹いせでやった事が裏目に出てしまったようだ。さてどうしたものかと思案していると、乱暴に扉が開かれて、王子が駆け込んできた。


「アリス!貴様の力は認める!貴様は、貴様こそが大聖女だ!それは認める!否定したことを謝罪して欲しいなら、いくらでもこの頭を下げる!だから頼む、結界を張り直してくれ!」


アリスの前にそう言って跪く王子に、追いかけてきた護衛やアマンダが悲鳴のような声を上げる。

それはそうだ、王族が孤児に頭を下げるなどと言ったのだから。


それでも彼らは感銘を受けた。国のために、民のために、憎き相手にすら跪いて、プライドを捨てて守護しようとする姿勢に。


「殿下……」

「俺も!」

「わたくしめも」


王子に感銘を受け、共に守り並び立ちたいと願う者たちが、アリスの前に跪いた。

王子はいささか選民が過ぎるが、それでも有能で期待された王子だった。基本真面目だし、王族の責務を理解している。そんな王子に期待をかける貴族はとても多い。


それを睥睨したアリスは、「へぇ」と、愉悦に唇を歪める。

それを見て王子は、ヤバいこれ失敗した、と思ったが、気づいた時は後の祭り。


「別に?今すぐ張り直しても構いませんのよ?私ならちょチョイのちょいですもの。その対価に、何を差し出せますの?」

「貴様!聖女のくせに、国まるごと人質に取るつもりか!恥ずかしくないのか!」

「恥など母の腹の中に置いてきましたわ。それで?」

「ぐっ」


アリスと王子のやり取りに、一緒に跪いた面々は、嘘だろコイツとアリスを睨むが、アリスは何処吹く風だ。


「それで、殿下は私に、何を差し出せますの?この国の民と領土の行く末は、今貴方様の判断に委ねられておりますのよ」


悪魔のような聖女の言葉に、散々悩んだ王子は、先程の前言を、全て撤回した。

それを聞いてアリスは、やはりニンマリと笑って、護国結界を張り直したのだった。

この後王城に帰った王子は、部屋で無茶苦茶暴れた。



「なんじゃアリス。お前さん、そんなに殿下と結婚したかったのか」

「うん」

「ほっほ、春じゃのう」

「んなわけねーだろ。妃になったら贅沢三昧三食昼寝付き出来るんだろ?王子は邪魔だから結婚したら殺す」

「……アリスはとことん腐っとるのう」

「ジジイにだけは言われたくねぇ」


元々婚約を結んだのは神殿長と国王にメリットがあったからだ。強い聖女の血を王家に取り入れたい国王と、城に入り込み貴族から沢山寄付を巻き上げたい神殿長の。

しかし。


(早まったのう。アリスは妃にしたらいかんわ)


そう思った神殿長は、国王と王子宛に、謝罪と婚約解消の手紙を書いた。

王子から事の顛末を聞いていた国王は、ゲッソリしながら解消の手続きをしたという。


後日これを知ったアリスは神殿長を(物理的に)吊し上げたが、妃はある種政治家の地位であり、贅沢三昧も食っちゃ寝なども出来ないと知ると、あっさり放棄したのだった。


新たに婚約を結び直されたのはアマンダで、その強メンタルで再びアリスにマウントを取ってきたのだが、やはりアリス流教育的指導を受けた。

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