蓮夜の本心
「不可能、ですか」
蓮夜はエルバートの言葉を咀嚼して、無表情のまま繰り返す。
「…すまないな、魂だけがこちらに来たということは、おそらく君はもう向こうでは死んだことになっている可能性が高い。それに現段階で魂を過去や未来にピンポイントで送り届ける魔法はない。仮にできたとしても、今よりも魔法を使える人間が少ない時代だ。魂の君を体に戻せる人間はおそらくいないだろう」
「……そうですか」
エルバートは淡々と説明をする。それを蓮夜は静かに聞いていた。
「動揺は一切無しか、もっと驚くと思ったのだが」
「俺、記憶が無いんです。名前や元の自分の顔は分かるんですけど、親や友達の顔とか俺が暮らしていた世界のイメージが一切浮かんで来ないんです」
「だから、元の世界に戻りたいという気持ちにもならない、ということか」
「はい」
そう、車で目覚めた時から蓮夜には記憶が無かった。ジルに自己紹介をされた時、とっさに口から出た『蓮夜』という名前しか思い当たる記憶は無かった。だから、エルバートから元の世界に帰れないと言われても特別感情が揺らぐことは無かった。
「こちらの世界に召喚された時に、記憶を落として来ちゃったのかしら?」
「分からん、人間の魂が召喚されたのも、その人間を蘇らせたのも我々にとっても初めてのことだ。考えられる可能性はいくらでも出てくる。考察は後にして、今は蓮夜くんの今後のことだ」
「俺の?」
「ああ、君には二つの選択肢がある。一つ目は我々、リベラティオ・コロナが君を保護することだ。我々は巻き込んでしまった君の安全を確保する義務がある。この選択肢をとれば、君は最低限の安全な生活が手に入る」
一つ目の選択肢の内容は蓮夜にとって魅力的な提案だったがその提案を受ける自分に対して訳の分からないもどかしさを感じた。
「二つ目は、君がこのリベラティオ・コロナの正式な一員として共に戦うか、だ。君の戦いぶりはジルが撮った映像から見させてもらった。巻き込んだくせに何を言ってるんだと思うだろうが、この選択肢を与えることが出来るほど君の戦闘力はあの場では圧倒的だった。君さえよければ一緒に戦ってほしい」
「分かりました」
「「「………え?」」」
「え?」
四人の中で沈黙が流れる。三人は、まさか即了承を得ることが出来るとは思わず、蓮夜もなぜ自分の選択に疑問を持た取れているのか分からず、少し思考がフリーズしてしまう。
「いやいやいや、蓮夜くん、落ち着いて判断してくれ!総督にこのことを提案した僕が言うのもなんだけど、死ぬかもしれないんだよ?ここで引き返せば、君はまだ真っ当な人間として生活できるんだよ」
沈黙を破ったのは意外にもジルだった。こんな時、急に真面目になるジルのギャップに蓮夜は少し調子を狂わされる。
エルバートと舞花もジルの言葉に頷いている。しかし、蓮夜は首を横に振って、その胸の内を明かす。
「初めて人を殺しました。人をこの手で切ったあの時の感触が今でも残っています。今はあの時みたいにハイになってないので、この感触に対してとても強い恐怖を覚えます。この恐怖を覚えてしまった今の俺に、普通に、真っ当に生きていくなんて無理です。あの瞬間、普通に生きていた俺は終わったんです。」
僅かに震える自分の手を見ながら蓮夜は話す。それは、自分に対して語り掛けるように。
そして、一度言葉を切り、真剣に蓮夜の話を聞くエルバートの目を見てまた口を開く。
「お願いします!俺をリベラティオ・コロナの一員にしてください」
「……どうします総督?判断はあなたに任せます」
「右に同じく~」
舞花とジルはどっちつかずと言って態度を示し、エルバートの判断を仰いだ。仰がれたエルバートは腕を組みながら考え、やがて不敵な笑みを作りながら口を開いた。
「紬蓮夜、君をリベラティオ・コロナの一員と認めよう」
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最近花粉がすごいですね。私は花粉症ではないのですが、乗っている原付のミラーなんかが黄色くなっててぞっとしました。