荒野を駆ける5
青年は荒野に倒れ伏していた。
「でかした!」
ベンは叫ぶ。
ようやく一人仕留めることができる。この事実にベンは余裕を取り戻す。ほかの戦闘員たちも余裕が出てきたのか、幾分か顔が柔らかくなっている。ただ、倒れた青年がのたうち回っているのを見て、今度こそ完全に仕留められるように集中する。
「撃て!」
青年に照準を合わせ、ベンの言葉で一斉に引き金を引く。
当たる。全員がそう確信した瞬間、倒れている青年から一瞬光が現れる。そして収まったと同時に青年は立ち上がり、次の瞬間、青年を中心に爆発が起こる。
(何だ、何が起きた!?)
ベンは静かに驚く。戦闘員たちも動揺している。
舞い上がった砂ぼこりが晴れると、抉られた地面が隆起し、それが障害物となって青年の姿を隠している。
「お前ら、奴が出てきた瞬間に撃つぞ」
「「「「「了解!」」」」」
全員が一層集中する。来るその時に即座に引き金を引けるように。
静寂が流れる。
(来い!てめえを殺して俺たちは生き残る)
そして次の瞬間、青年が飛び出してくる。
一斉に引き金を引く。普通の人間であればどんなに鍛えても飛んでくる弾丸を避けるのは難しい。ましてやそれが複数ともなれば猶更だ。しかし、集中砲火を現在進行形で浴びせているにも関わらず、青年は手に持つ刀で銃弾をさばきながら突っ込んでくる。
武装集団と青年の間にはまだ距離がある。
(走って突っ込んでくるなら、近づかれる前に撃ち殺す!)
そう思ったベンはしっかりと狙い撃てるように構え直すが、もうすでに青年の姿は全員の視界から消えていた。
「?……っ!?」
トン、とベンの足元で何かが当たる感覚がした。ベンは気になって、足元のそれに目を向けると、それと目が合ってしまった。
それはベンに提案してきた男の首だった。背筋が凍るような感覚に襲われる。
「何だ……何なんだよっ!?てめぇは!」
ベンは激昂する。仲間が殺されたことへの怒りではない。得体のしれない存在によって生み出されてしまった死のイメージ。そのあまりに理不尽さに、ベンは声を荒げたのだ。
強烈な悪寒を感じて、勢いよく振り返ると奴はそこに居た。
先程まで自分たちから逃げるのに必死で痛みに苦しんでいた青年が、美しい刀を携えて悠然とそこに立っていた。
~蓮夜side~
蓮夜は人を切ったのも、殺したのも初めてだった。しかし、あまりにも簡単だったのだ。蓮夜は自分が思う、一番楽で一番確実に人を殺せる位置で刀を振るった。その結果、ベンの隣に居た男の首を切り飛ばした。
(人を殺すって、こんなに簡単なんだ)
それが感想だった。
蓮夜は今、飛躍的に向上した身体機能に精神がついていけていない。だから、動揺も恐怖もない。不思議と高揚感まで湧いてきてしまっている。
今の蓮夜は武器に持たされているような感覚なのだ。
「何なんだよっ!?てめぇは!」
後ろからベンの怒鳴り声が聞こえてくる。振り返ると数の減った武装集団がこちらに銃を構えていた。見ると、何が起こったのか理解できずに震えている者がいる。
「紬蓮夜だ、俺もよく分かってないけど、とりあえずお前らの敵だ」
「ふ、ふざけんな!勝手にしゃしゃり出てきて散々俺らのこと引っ掻き回しやがって、正義気取ってんじゃねえぞ!」
ベンは構えていた拳銃の引き金を引く。しかし、蓮夜は簡単にそれをさばく。蓮夜は相手の視線、呼吸、筋肉の力み具合を見ていつ撃ってくるかを見極めている。。そんな今の蓮夜に拳銃の一発程度が当たるわけがない。
「いや別に正義とかどうでもいいんだよ、俺は俺のためにお前らを片付ける。」
「お前らは、この世界の人間はいつもそうだ。自分の都合のために俺たち無能力者を平気で淘汰していく。お前はいいよなぁ、そんな強い力を持っててよぉ」
「能力とか無能力とか知るか……この時代が何となく俺が知っている時代じゃないことが分かってきた」
「は?どういうことだよ」
「悪いけど、そろそろ終わらせるぞ、時間がない」
「!………………ああ、終わりだ!」
ニヤリと笑うベン。蓮夜の背後で運び出した荷物の陰に隠れて武器を構えた戦闘員が見えたからだ。ベンは水平に手を振って合図を出す。合図を見た戦闘員は走り出して蓮夜に接近する。
(あいつだけで殺せるなんて思ってない。一瞬でいい、隙さえ作れば、今度こそハチの巣だ)
蓮夜は接近する戦闘員に気づき、即座に振り返り戦闘員のナイフによる突きを躱しながら相手の胴を一刀両断する。ベンの思惑通り、蓮夜は自分たちから背を向ける。それを見て全員がベンが指示を出す前に攻撃を仕掛ける。
しかし、蓮夜に攻撃が届くことはなく、一刀両断した直後に蓮夜の姿は消え、二人が声も上げずに地面に転がる。
「…ッ」
つまらない作業を片付けるかのように人を切っていく蓮夜にベンは純粋な恐怖心を抱く。ほかの戦闘員も同様で、惨い姿で地面に転がる仲間を見て戦意喪失する者もいる。
「う、うああああああぁぁぁぁぁぁ!」
ついに一人が狂った。ジルの狙撃よりも、惨たらしく死ぬ未来しか見えない。たった一つの、されど一つの恐怖心が男の理性を消し飛ばした。
それでも蓮夜に届くことはなく、簡単に攻撃を避けられ、頭から両断される。
その男に続くかのようにほかの戦闘員たちも叫びながら攻撃を仕掛けるが、そのすべてが無駄であるかのように蓮夜によって殺されていく。
「ま、待て。俺の話を聞いてくれ」
「?」
勝てないことを悟ったベンは見逃してもらうように説得を試みる。残っている人数がベンを含めて五人。完全に戦意を喪失して武器を捨てて立ち尽くしている。
ゆらりと体制を戻した蓮夜はベンの話に耳を傾ける。
「お願いだ。見逃してくれ……俺らにできることなら何でもしてやる。金が必要か?魔道具か?情報が必要ならなんだって喋る!だから見逃してくれ」
ベンは地面に頭をつけて蓮夜に懇願する。それを見た蓮夜は少しだけ考える素振りを見せてベンに問いかける。
「お前が持つ情報は有益なのか?」
「!ああ、有益だ。あんたのほかに仲間がいるんだろ?ここで俺たちを殺せばその仲間にも不利益なんじゃないか」
「仲間が、不利益」
そこで蓮夜はある事を思いつく。
「俺は何も分からずにここに送り込まれたんだ、そいつのせいで。目覚めたら恩返ししろって言われて、お前らに殺されかけた」
「は?」
「それもこれも、元をたどれば全部その仲間が悪い。………だから、お前らを殺してあいつが不利益を被るなら、俺は喜んでお前らを殺してやる!!」
ベンたちの前で初めて蓮夜の表情が変わる。この状況にはおよそ似つかわしくない、いたずらを思いついた子供の顔をしている。
刀を握りなおした蓮夜は天高く振り上げる。手に温かい何かが集中するのを感じる。
「…《雨染》」
「はいストーーーップ!」
終わった。一同がそう思った瞬間、テンションの高い男の声が響く。そのあとすぐに発砲音が鳴り、蓮夜は激しい倦怠感に襲われる。
「な、何しやがる…ジル!!」
蓮夜は片膝をついた状態でハンドガンをくるくる回すジルを怒鳴りつけた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
少し投稿する期間が開いてしまって申し訳ないです。
車の教習所の学科試験に落ちて、メンタルブレイクしてました。