初任務
蓮夜と凛は今、豪華客船が止まっている港へ来ていた。
ジルと一緒にラーメンを啜ったあの日から二日。まだリベラティオ・コロナにも慣れていないというのに任務に駆り出されたことに若干の理不尽を感じつつも自分で決めたことだと割り切り、気合いを入れる。
蓮夜の個人の部屋に置いてあったスーツケースを引きながら、凛と並んで船のほうへ歩いていく。
「でっか……」
もはや巨大な壁とも言える船体に蓮夜の口から感嘆の言葉が漏れる。凛も言葉には出していないがその目には高揚の色が見える。
そうして二人はその豪華客船に乗り込んだ。
「では、二時間後、またこの部屋に来ますので支度は済ませておいてください」
「分かりました」
それだけ言って凛は自分の部屋に戻っていった。一人になった蓮夜は部屋を見渡して奥のほうにベッドルームが見えたので他の部屋には目もくれずベッドに飛び込んだ。
ようやく一人の時間が出来た。
「全然気が休まらなかった」
実は移動中、蓮夜はずっと気が抜けないでいた。この港周辺まではしれっと『ワープ』の効果を持つ魔道具で使って渡ったことには今更驚かなかったが、今回の任務では蓮夜と凛の他にもう一人同行する人間がいた。それは蓮夜が戦った武装集団のリーダーであるベンだった。途中まで一緒に行動していたが、あの時は圧倒的だったとはいえ命のやり取りをした相手と行動するのは蓮夜にとって受け入れ難いことであった。
さらに凛との関係にも悩んでいた。これから命を預け合うパートナーだというのに一向に距離が縮まらないように感じられて仕方がないのだ。
「せめて敬語取ってくれればなぁ」
凛の丁寧すぎる敬語に蓮夜も自然と敬語になってしまい、なかなか蓮夜も踏み込めないでいた。どうすれば距離を縮めれるのか、答えが出ない問題をひたすらに頭の中で回し続ける。
「ダメだ、分からん………暇つぶしに行くか」
ついに答えが出なかった問題を一旦諦め、凛が来る二時間後までの時間をどう潰すかを考え始める。
とりあえずは外に出ることにした。
「これは予想以上だ……」
リベラティオ・コロナの内部に居た時と同じことを思ったが、この船もやっぱり大きい。外から見た船体にも気圧されていたが、中に入るとまた目を見張るほどの光景が広がっていた。どこまでも広がる船内には飲食店が立ち並ぶエリアやカジノ、コンサートホール、映画館など様々な施設が詰まった異世界とも呼べるような空間だった。
「やべぇ、興奮してきた」
そのどれもが蓮夜にとっては初めてな事ばかりということもあり、蓮夜は好奇心をあおられた子供のように目を輝かせ、意気揚々と目の前の異世界へ繰り出していった。
そうは言いつつもカジノやコンサートホールは蓮夜にとってはハードルが高すぎて入口付近から中を覗いては、距離を取るといったことを繰り返すことしかできず、結局飲食店のエリアに収まってしまった。
「でも、うまそうな店が多そうだし時間を潰すのにはうってつけだな」
どの店に入ろうか。そんなことを思ってエリアを探索していると、
「ッッッッッッ!?」
不意にぞっと背筋が凍るのを感じた。
(なんだこの異様な気配は!?……早速敵か?いや、こんな人が多い場所で相手も騒ぎを起こそうなんて考えないはず。じゃあ一体この寒気のする情熱的な気配は何なんだ?)
蓮夜は周囲を見渡してその異様な気配のもとを探す。
そして蓮夜とその者たちとの視線がぶつかる。
「「「「…………!!!!」」」」ニカッッッ!!
「ひぇ」
蓮夜の口から情けない悲鳴が漏れる。
蓮夜は目が合ってしまったのだ。コック帽をかぶった黒光りするガチムチマッチョたちと。思わず息を吞むと、マッチョたちはさらに笑顔を見せ手招きしてくる。
(こわ……)
彼らはその店の厨房の奥にいるにも拘らず、肉体の存在感が凄まじく、蓮夜は恐怖心とある種の感動を覚えていた。
「まあ、入るかどうかは別だけどな、うん」
自分に言い聞かせるように呟いた蓮夜は今見た光景を記憶の隅に封印し、再び歩みを進めようとする。が、視界の端で見えてしまった。その隠しきれない肉体を持つ彼らが捨てられた子犬のような顔をしながら肩を縮こまらせる様子を。
蓮夜は絶句して動かそうとした足を止め、一拍後、蓮夜の足はマッチョたちに向いた。
「これも、経験だ!」
そう叫んで店の扉を開けた。
「「「「いらっしゃいませ!、『マッスルパピー』へ!!」」」」
どこが子犬だよ。そんなツッコミの代わりに蓮夜の目から一粒の涙が零れ落ちた。
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