マネージャー、15歳になる。
花咲ぼたん17歳。
8月6日生まれのAB型。
父、母、兄の4人家族。
極々平凡な成績で平凡な高校へ入学し、極々平凡な容姿で学校生活を送る、極々平凡な少女。
それが私だ。
でもそれは2年前までの話。
2年前、私は17歳だった。正式には2年前も17歳だった。
もっと正しく言えば、2年前も4年前も6年前も8年前も、私は17歳だった。
私には当時、愛してやまない人がいた。人達がいた。
それが木坂高校男子バスケットボール部の部員たちである。
たまたま教室に来た男子バスケ部の先輩に声をかけられ、たまたまマネージャーとして入部したその部活で私は恋をした。
一生かけて守りたい人たちに出会った。この人達を日本で一番のバスケットボールプレイヤーにしたいと願うほど、愛する人たちに出会ったのだ。
愛する人達との部活動は楽しかった。幸せだった。
暑くて辛い夏の体育館も、寒くて手が霜焼けになる冬の洗い物も、黒い流星が飛び出す部室掃除も、全てが輝いていた。この幸せがずっと続くと思っていた。
でも高校の部活動には、タイムリミットがある。
当たり前のことだ、3年生になればどんな部活動でも引退の時期がやってくるのだ。
私は憂いた。
どうすれば引退しないで済むのか考えたが、何も浮かばなかった。
私の愛する人たちはまだ、日本一になっていない。
私は彼らの勝利の女神となって、日本一のチームのマネージャーになりたい。
引退するならせめて、愛する人たちが1番になる姿を見たい。
1番になってない部員たちを、引退なんてさせない。
そして迎えた引退試合。
80-38
結果はダブルスコアの惨敗だった。私はスコアをつけながら、泣きながら、過呼吸になりながら、気がつくと意識を失っていた。
そして目が覚めると、そこには黒と白のユニフォームを着た部員たちはおらず目の前には見慣れた照明が映し出された。
「……あれ?」
試合会場の体育館にいたと思った。そうか、過呼吸になった時に私倒れたのか…。じゃあ家に運ばれたのか?誰に?それにみんなは?試合は?誰が後片付けをしたのか、あの時怪我してた部員は?アイシングはちゃんとしたのか?矢継ぎ早に色んなことが脳裏に浮かぶ。とりあえず、連絡を取らなくてはいけない。私は引退試合の最後の最後に穴を開けてしまったのだ。それだけは間違いのない事実だった。
そして部屋を見渡し、スマートフォンを探した。机の上に充電器に刺さった状態でそれはすぐ見つかった。でもそれはぼたんのスマートフォンであり、ぼたんのスマートフォンではなかった。
「なにこれ、前のスマホじゃん」
スマホどころか、つけているケースまで高校3年生のぼたんには少し幼い可愛らしいデザインのものだった。
母親が何かに使うために出したのか?そんなことを思ったがその疑問は階段下から聞こえてきた母の声で解決することとなる。
「ぼたん〜〜!早く起きなさい!入学式に遅れたらシャレにならないでしょ〜!!」
1階のリビングからいつも元気な母の声が家中に響き渡る。2階のぼたんの部屋も例外ではなく、母の声がしっかり届いていた。
「にゅう、がくしき?」
ニュウガクシキ
にゅうがくしき
NEW 学識
その言葉を聞いてぼたんは冷静にも昔のスマホをつける。
4月8日 7:37
それは、2年前の木坂高校の入学式の日付だった。
「あっ、はっ、え、え…?え?」
ふと見た部屋の全身鏡には、1年前に捨てたはずのパジャマを着た15歳の花咲ぼたんがうつっていた。
「髪が……短い」
試合に勝てるよう、願掛けのために一度も切らずに伸ばしていた茶色かかった髪はボブになっていた。2週間前にウォータージャグに激突して頬にできていた傷が消えていた。そして何より、
「写真がない!!!!」
部屋に常に飾っていた、飾っていたというか貼っていた、貼っていたというか壁紙にしていた、部員たちの写真が一枚残らずなかった。
今使ってるスマホがない。
髪が短い。
傷も消えてる。
私の愛する部員たち♡の写真もない。
そしてNEW 学識。
ぼたんの脳裏にはもう答えが導き出されていた。
「いやいや、ラノベの読みすぎだ。あれは異世界でしか起きないんだよ、タイムリープ?とかは異世界の話なのよ。
ここは現代、日本。時代は令和。令和にタイムリープはありますか?ありません。はい、ありません。」
大きな独り言だった。その言葉は自分を納得させるためだけでなく、夢なら覚めるべきだとそう思った上での言葉だった。
「……痛い」
物語の中で生きる人たちが一度はやるであろう、ほっぺたひっぱりの術。その術で夢から覚めることはなかった。そうつまり、夢じゃない。
どうして…?なんで?
何がきっかけで?疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
そして結論が出た。
今私にできることは、一階に降りて母親に朝の挨拶をすることだ。夢だと嘆いて布団にうずくまることではない。これが本当に2年前の世界なら、上等だ。
「わたしはあの子たちと、また一緒にいられる…!」
こうして私、花咲ぼたん2回目の高校1年生が幕を開けた。