セルジオ=ローバン ②
「今のお前の妻には別の者を添わせる。
だからどうか、グレイスをお前の妻に迎えて欲しい。お前の側でなら、
あの子はきっと穏やかに暮らせるだろう」
「………は?」
それを聞いた瞬間、
俄には理解出来なかった。
一体何を言ってるんだ?
「……それは王命ですか?」
「そう取って貰っても構わないが今の私は
ただの父親として、お前に頼んでいる」
「………」
「今の妻とは高魔力保持者の出生率を上げる制度により結ばれたのであろう?互いに恋愛感情もなく、
それにまだ子どもも出来ていないそうではないか。
何も問題はあるまい」
まだ子どもが出来ないのは
一度も家に帰らせて貰えないからだ!
と怒鳴りたくなったがそれを耐え、
俺は努めて冷静に話をした。
「伯父上、今のがただの父親としてのお言葉だと
仰るなら敢えてこう呼ばせていただきます。
伯父上はこの政策を定めただけですから、俺と彼女がただの制度により結ばれたとお考えのようですが
じつはそうではありません」
「何?」
「妻との婚姻は私自身が強く望んだものなのです」
「なんだと?そんな事は聞いておらんぞ」
「もちろんです、誰にも言っておりませんから。
強いて言うなら妻の上官くらいにしか知られていないでしょう」
「いやしかし……グレイスはお前をだな……
アレが不憫だとは思わんのか?」
「もちろん、イトコとして胸が痛みます。でも最初に呪いという禁忌に自ら触れてしまったのはグレイス本人です。こうなってしまった事を今更どうこう申し上げるつもりはないです。が、しかし、まずはあの呪いをどうにかする事を優先させるべきなのではないでしょうか?」
「呪いが解けたら、あの子を妻にしてやってくれるのか?」
「お断り申し上げます」
「セルジオ…!」
「王命だと申されるなら、
辞退は許さないと申されるのなら、
俺は騎士の職を辞します」
「何故そこまで嫌がるのだ」
「嫌と申しているのではありません、
ただ私は心から妻を愛しているのです。
彼女を取り上げられるくらいなら、全てを捨てて
彼女と生きてゆきます」
「そ、そこまでか……」
伯父は肩を落とし、項垂れた。
「ご理解いただけましたか。
それではこれで失礼致します」
これ以上何か言われても面倒なので
俺は早々に御前を辞した。
しかし、
今はこれで引き下がってくれたが
完全に諦めてくれたわけではないだろう。
殊の外グレイスに甘い伯父だ。
グレイスが望めば、それこそ王の権限を全て用いて
押し通されそうだ。
これはもう猶予がない。
もうこちらで勝手に
どんどん手を打って行かねばなるまい。
それに気になる事もある。
アニスへ宛てた手紙が
彼女に届いていなかった事だ。
確実に誰かの意図を感じる。
まぁ今までの経緯から
大凡の犯人の目星はついているが……。
そいつがアニスに何かしないとは限らない。
国内で頼れる存在はもはや侯爵家か
アニスの上官であるミセストンプソンくらい。
……アニスを守るためだ。
国外の方で
向こうの手を煩わせるのは申し訳ないがこの際、助力を願おう。
数年前、国際親善交流試合に出場する為に訪れた
ハイラム王国ランバード辺境伯領で知り合い、
それ以降何かと気にかけてくれているお方がいる。
その方の伝手でなんとか今の状況を打開したい。
俺はその方と連絡を取る為に
早速行動に移す事にした。
それにしても
グレイスが手を出したという呪い……。
グレイスには魔力がない。
そんな人間がどうやって呪いを掛けるなど
高度な魔術を扱う事が出来よう。
必ず手を引いた者がいる。
グレイスが呪いを掛けようとした相手は
運良く呪い返しが出来たと言っているらしいが、
そんなに都合よく突然振り掛かった呪いを跳ね返せるものだろうか……。
これは全て、
誰かによって仕組まれた事だったと
考えるしかないだろうな。
俺はグレイス付きの任務を続けながら、
様々な事を秘密裏に進めた。
まずアニスの身の安全の確保が急務だ。
これは暫くうちの侯爵家で
保護してもらえる事になった。
男ばかりを産み、
「むさ苦しい奴ばかりでもうイヤ!」
と言っていた母の喜ぶ姿が目に浮かぶ。
きっとアニスを可愛がりまくるだろう。
……逆にアニスには迷惑をかけるかもしれない。
しかし侯爵家の守りは鉄壁だ。
ローバン侯爵家の威信にかけて
アニスを守ってくれるだろう。
その間に全て終わらす。
そして連絡をとっていたお方、
ローガン=ランバード辺境伯から返事が届いた。
こちらの願いを聞き届けて下さるとの事だった。
さっそく、
救援を一人送ってくれると
手紙に書いてあったが……。
本来、こちらから願い出たのは
呪いや魔術に関する知識の提供だったのだが、
まさか人を遣わせてくれるとは
本当にありがたい。
なんでもその者一人で呪いの解呪から
呪い返しの経緯まで全て一瞬で解るらしい。
暇人なので
いくらでも使い倒してくれとも書いてあった。
一体どんな人物が来てくれるというのか。
とりあえずランバード辺境伯も
ご同行して下さるそうなので、
俺は待ち合わせ場所へと急いだ。