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王女グレイス

びっくりした……。



突然目の前に大輪の赤い薔薇の妖精が

現れたのかと思った。


輝くプラチナブロンドの髪と眩いルビーの瞳。


何もかもが華やかで(たお)やかで、

わたしとは正反対の人だった。


それにしても……たしかセルジオ様と同い年で

あらせられた筈だから、


年齢はわたしより7つ年上の25歳よね?


そ、そうは見えない……。


わたしの方が老けて見えるのでは

ないだろうか……。


こんな時にそんな事をぼんやりと

考えしまっていたわたしに、

王女様は仰った。



「アラ、その官服は医療魔術師の方?

なぜ私のジオと?」


“私のジオ”

その事実を知っていても

言葉として改めて突きつけられると

辛いものがある……。


わたしは不敬とわかっていても

何も言えずに黙り込んでしまった。


どうしよう何か言わなくては……。


その前に挨拶よね、

でもどう名乗れば?


この空気の中

妻だなんて名乗る胆力がない……。


するとぐるぐる考えてしまうわたしの目の前に

セルジオ様の背中が広がった。


まるでわたしを背に庇うようにしながら

セルジオ様が言った。



「彼女はただの医療魔術師ではないよ。

俺の妻のアニスだ」


わたしは思わず彼を凝視した。


“俺の妻”

そ、そんな事言ってもいいのだろうか。



すると王女様はさして興味も無さそうに

話された。


「……ふぅん、この人が。ね、それよりもジオ!

そろそろお茶の時間よ、一緒に戻りましょうよ」



そう言って王女様はぐいぐいと

セルジオ様の腕を引いた。


でもそのくらいで鍛えられた体躯の彼は

びくともしない。


「すまない、グレイス。ほんの少しでいい、

妻と話をさせてくれないか」



そう言ってセルジオ様は

王女様がぞろぞろと引き連れていた

侍女や騎士たちに王女様を連れて先に戻るように

指示した。



騎士の一人が王女様を促そうとしたその時、

いきなり王女様が金切り声を上げて叫び出した。


「嫌よ!嫌っ嫌っ嫌よ!

ジオも一緒じゃないと嫌っ!!

ジオじゃないと私を守れないわっ

またイジメられたらどうするのっ!?

もう嫌よっ……嫌っ怖いっ……」



そう言ったかと思った次の瞬間、


王女様がいきなり仰向けで倒れた。



(すんで)のところでセルジオ様が抱え込み、

後頭部への衝撃は避けられた。



が、よく見ると王女様は痙攣してる。


やはり頭を打った!?



セルジオ様はわたしに、


「すまないアニス、話はまた今度だ」


とそう言い、そして部下達に指示を出す。



「おい!直ぐに王女宮へ運ぶぞ!」



そう言って王女様を抱き上げようとした。



わたしはすかさずそれを制止する。



「ダメよ!今、動かしては!痙攣してるわ、

吐瀉物などが気道に入らないように横向きにして」



わたしはそう言いながら

王女様の衣服の首元とウエスト部分を緩め、

痙攣を鎮める治療魔法を施す。



セルジオ様やその場に居た人たちが

驚いたようにわたしを見ていたが、

今はそんな事を気にしている場合ではなかった。



わたしは王宮医療魔術師だ、

この場に居合わせたのも何かの縁。

最善を尽くさねば。



この様子、何かがおかしい。


痙攣の原因は何?


頭を打った様子はない、


外傷性ではない、


でも病の気配がないのは何故?



わたしは原因を探ろうと


治療魔法の継続と新たに検査魔法の術式を

展開する。



その時、わたしの魔力に

ザラリとした嫌なものが触れた。



「!!??」


わたしは思わず王女から距離を取ってしまう。



これって……!



「アニス……」



セルジオ様が気遣わしげな顔でわたしを見る。




わたしは思わずお腹に手を当てて

浄化魔法を掛けた。



その時、

わたしの耳に聞き慣れた声が届いた。



「よく気付いたわね、アニス。

()()()今のあなたが触れていいものじゃないわ。

グレイス王女から離れなさい」



「ミセストンプソン……」


王宮医療魔術師としてのわたしの上官であり、

近頃は姉のように母のように頼らせて貰っている

ミセストンプソンが数名の医療魔術師と王宮魔術師を引き連れて前方から歩いて来ていた。



「アニスの治療魔法のおかげで痙攣は治っているわ、今のうちに王女宮へお運びして」


ミセストンプソンが周りの人間に指示を出す。


担架が用意され、王女様は連れて行かれる。


ミセストンプソンや魔術師達が

先ん出て歩いて行った。 



セルジオ様も他の騎士たちと

慌ただしく立ち去ろうしている。



でも不意にわたしの方へ向き、



「すまなかった。

キミがいてくれて本当に助かったよ。

今は事情を説明出来ないがいずれ必ず。まだまだ

帰れそうにないが、色々と気を付けてくれ」



そう言って足早に去って行った。




後には一人、

ぽつんと残されたわたし……。



もう何がなんだか呆気に取られ、


理解が追いつかない。



王女様の身に一体何が?



()()は只事ではない。



()()は………



“呪い”の類のものだ。



あのザラリと憎悪に満ちた魔力……。



わたしは怖くて仕方なかった。



ただお腹を庇い続けるしか出来なかった。



一体何が起きてるの……?



わたしは転ばないように注意しながら、


震える足を必死に動かしてその場を去った。




その日の診療に特に手のかかる治療がなくて

本当に良かった。



なんとか気を引き締めようと頑張っていたが、

どうしても集中力に欠けてしまっていたように思う。



やっと今日の仕事が終わり

帰宅しようとしていたわたしに、


ミセストンプソンが声をかけてくれた。


「アニス、少しいい?」


「はい、大丈夫です」


昼間の事だろうなと

言われなくてもわかった。



会話を誰にも聞かれないよう、


わたしは自宅にミセストンプソンを招いた。



「何もお構いは出来ませんが……」


そう言いながらお茶と

昨日焼いたパウンドケーキを差し出す。



ミセストンプソンは

「嬉しい、疲れて甘いものを欲していたのよ」


と言い、美味しそうにパウンドケーキを

食べてくれた。



自宅のこのテーブルに誰かと

向かい合って座るのは久しぶりだ。



最後にセルジオ様とこのテーブルで

食事をしたのはいつだっか。



今ではすっかり一人暮らし染みたわたしの毎日。



何もかもがここ2ヶ月ほどで

すっかり様変わりしてしまった。



ミセストンプソンは

今、王女宮で起きている事を秘密裏に

全て教えてくれた。



隣国の後宮で

グレイス王女が王妃や他の側妃達から

酷い虐めを受けていた事。


そしてその事により流産もしている事。


それら全てを怨みの糧として


王女が呪いに手を出してしまった事。



そして……呪い返しに遭い、


その呪いが自身に掛かってしまった事。



呪いのせいで


王女様は時折、

日が暮れてから獣のように凶暴になるそうだ。


その力はとてもか弱い女性のものではなく、


屈強な騎士たち数名で

取り押さえねばならない程だそうだ。


王女宮に騎士の配置が増えたのは

そのせいだという。



王女様は心身共に不安定な状態で、


いつも何かに怯え、泣き暮らしているそうだ。


でもイトコであり、

幼馴染であり、

初恋の相手であるセルジオ様が側にいる時だけ、

以前のように純粋で屈託のない明るい

王女様に戻られるのだそうだ。

その時の王女の精神年齢は15歳の頃に

戻っているらしい。


王宮魔術師の話では

隣国に嫁ぐ直前の、人生で一番輝いていた頃に

戻りたいという強い願望がそうさせているのだとか。



まさか王女が他国の王妃や側妃に

呪いを掛け、

その呪いが我が身に掛ったなどと

公表出来るはずもなく、

この事は極秘とされた。

それはもちろんそうだろう。



しかし事情の知らない貴族議員たちは

王女様を再び外交の手段として

他国と縁付かせようとしているらしい。



国王や王太子が

王女様の体調不良を理由に“療養”に専念させると

議会を捩じ伏せたばかりだという。


今はまず、

あの呪いをどう解くか。

解けるものなのかそれとも解呪は不可能なのか

手を尽くして調べているらしい。



「……貴女の旦那さまが一向に帰って来れない理由はこれなのよ。

妊娠の報告と離婚を考えている事を両方告げられた時に話そうか迷ったんだけど、

その時は色々と手一杯で出来なかったの。でも貴女を少しでも安心させたくて、産科医療魔術師の紹介と

後見人の承諾をしておいたのよ。

後手に回った事を謝るわ、本当にごめんなさい」


ミセストンプソンはそう言って

わたしに頭を下げた。



「そんなっ……頭をお上げください、

ミセストンプソンに謝罪していただく事など

何もありません。

むしろ感謝の気持ちしかないのですから」


「アニス……」



そうだったのか……。


セルジオ様が帰宅出来ないのには

そんな理由があったのか……。



王女様の心許せる相手がセルジオ様だけなら

そりゃあ側から離れられないだろう。



……でも、そこに恋情がないとは言い切れない。



あの日

抱き締め合っていた二人。


人気(ひとけ)のない庭園で

手を繋ぎ歩いていた二人。



それを知ってしまっているわたしには

どうしても素直に彼を信じると言えなかった。



そんな事を考えていたわたしに

ミセストンプソンは話しかける。



「……アニス、妊娠の事はまだ誰にも言ってないのよね?」


「?……はい。セルジオ様にさえまだ何も言えてません」


「そう……アニス、このままお腹が大きくなり始めるまで誰にも言わない方がいいわ」



ミセストンプソンの発言に

わたしは思わず目を丸くしてしまう。



「え?そ、それは何故ですか?」



「……王女宮の中にはローバン卿の妻である貴女の存在を邪魔に思っている人間がいるの。ローバン卿を

グレイス王女の側に引き留めておくために」


「そんな、わたしなんて気にする必要ないのに……

わたしなんてただ王命に従って迎えただけの妻ですよ?」



「アニス、あなた何も聞かされてないの?」


「?」



わたしが首を傾げると

ミセストンプソンは少しだけ呆れたように

笑って言った。



「ローバン卿も案外ダメダメなのね。アニス、貴女は確かに王命により結婚を命じられた。でもお相手の

ローバン卿は自ら貴女の伴侶に立候補したのよ」



…………………え?



「えぇっ!?」


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