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ふたりの暮らし

結論から言うと、

わたし達の初顔合わせは上手くいったという事だったのだろう。

あの後わたしはチェンジを告げられる事もなく

数回のデートと称された顔合わせをして

とくに何事もなくそのまま結婚……

という運びになったのだから。


……なぜわたしのような凡庸なボンヤリ女があんな

エリートの妻になれたんだろう……

あ、王命だからか。

それは嫌でも断れないわね、

などと自分を納得させながらわたしは

ウェディングドレスに身を包んだ。


ミセストンプソンが一緒に選んでくれたドレスは

とてもわたしに似合っていた……と思う。

自分で鏡を見た時もそう思ったし、

ブライズメイドを引き受けてくれた友人も

そう言ってくれたし、

彼も……セルジオ様も

ぼそりとだけど「キレイだ」と言ってくれたから。


わたしの両親が既に他界していることと、

侯爵家とはいえどまだ騎士爵も持たない四男坊の

結婚……という事で式はささやかなものとなった。

でもわたしにはそのくらいで丁度よいのだ。

5月の爽やかな風が薫る素晴らしい陽気の日に、

わたし達は結婚式を挙げた。


ささやかながらと言いながらも、

お互い職場の関係者は式に

参列してくれるわけであり、

またその連れの方々も来られるわけで……

とくにセルジオ様の同僚の方々の同伴者のご令嬢たちは、

その日わたしに様々な事を耳に吹き込んで……

もとい、教えてくださった。


セルジオ様が今の今まで独身を貫いていたのは昔に

引き裂かれた第三王女を今も想っているからだとか。

それでもご自身も魔力を持っている為に仕方なく王命に従ってわたしと結婚したのだとか。

王命だし、魔力保持者の確保は重要だから結婚は

しょうがないけど、子どもが出来たらさっさと彼を

解放しろだとか。


とにかく色々な事を話してくれた。


でもわたしはそれらを聞いても

今更どうしようもないので、

「はぁ……」とか

「そうなんですね……」とか

「子どもは作っていいんですね」とか言うと、

ご令嬢方は更にヒートアップして各々キーキー

金切り声を上げて捲し立ててきた。

それに気付いた

ミセストンプソンと

ブライズメイドを引き受けてくれたわたしの友人が

ご令嬢方を追い払ってくれたが、

わたしの胸には何か小さな“しこり”のようなものが出来てしまっていた。


『昔引き裂かれた第三王女を今も想っている』


本当だろうか?


第三王女といえば

15歳の時に隣国の側妃として嫁いだという美貌の

お姫様……よね?


その人を今も想い続けていて、

それなのに妻に迎えなければならなかったのが、え?わたし?


こ、これは……なんと気の毒な……。


彼には優しくして差し上げないと。


せめて暮らしが穏やかなものであるように、

わたしが頑張らないと。


だけど

わたしが決意新たに意気込む必要もなく、

わたし達の新婚生活は穏やかに過ぎていった。


どうやらセルジオ様も“理解あるご主人”の類のようで、

結婚後もわたしは医療魔術師として王宮で働き続ける事が出来た。

この仕事が大好きだから嬉しい。


「アニスの医療魔術が好きなんだ。とくにあのまじないが」

とセルジオ様は言った。

医療魔術マニアだったのか。


だから付き添いとして

医務室に通っていたのね。


なるほど、

たしかにまじないを掛けると淡く光を放つ。

アレは確かにキレイだ。


それを知ってからわたしは、

彼が擦り傷でも切り傷でも作って帰ってきた時は

必ず、

「早く治りますように」とまじないを掛けてあげた。


その時に浮かべる

セルジオ様の嬉しそうな柔らかな笑顔が、

わたしはとても愛おしいと思った。


彼は無口な質だが、

わたしもお喋りな方ではないので丁度いい。

彼の隣は居心地が良かった。


セルジオ様は不規則な騎士の業務の合間にでも

きちんと帰宅した。

(帰れない日も多かったが)

そしてわたしの作る食事が美味しいと言って

全部平らげてくれて、

家事を全て任せてしまっている事を申し訳ないと

言い、

(べつにいいのに)

夜は丁寧にわたしを抱いてくれた。


まるで愛おしいものに触れるように

彼はわたしに触れる。


優しくて温かくて、

その心地よさが逆に

自分が寂しい人間だったんだと気付かされた。


でも今は彼がいてくれる。


たとえ彼の心に誰かが居たとしても、


たとえ誰かの代わりに抱かれているのだとしても、

わたしは幸せだった。


この温もりを手放したくないと、

心からそう思った。



あの部屋で、

セルジオ様と王女が抱きしめ合っているのを

目の当たりにするまでは。


その少し前に

隣国の王が身罷られた事を知り、

お子のいなかった王女が帰国される事を

知ったわたしは、

それでもどこか彼を信じたいと思う心があったのだろう。


たとえわずか半年だったとしても、

わたし達が夫婦として共に過ごした時間が、

わたしに彼を信じさせたいと思わせたのだ。


でも、


彼はそうではなかったらしい。


もともと不規則な勤務だった彼だが、


王女と抱きしめ合った日を皮切りに


それきり帰って来なくなった。


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