医療魔術師の妻と近衛騎士の夫の出会い
わたしが彼に出会ったのは、
王宮の医務室だった。
訓練中の部下が怪我をして、
彼はその部下に肩を貸しながら医務室へと
運んで来た。
高所訓練中にうっかり足を滑らせて
落ちたのだそうだ。
医療魔術師であるわたしは
早速その部下の治療にあたる。
診断は捻挫と打撲。
痛みを取る治療魔法を施し、
治癒を促す術式が書かれた包帯を巻く。
「腫れが引くまでは軽くシャワーを浴びるだけにしておいて下さいね」
そう言って怪我をした部位に手を当て、
目をつぶりまじないをかける。
「どうか早く治りますように……」
患部が薄らと光を帯びた。
わたしのその様子を彼が食い入る様に
見つめていたのを覚えている。
治療魔法が珍しいのだろうか?
それともこのまじないが?
あまりにも真剣に、そして目を輝かせて見る
その姿が心に残った。
暗めの銀髪に黒曜石の瞳。
それも何故かとても印象深かった。
治療が終わり彼らが退室した後で
今のは誰だと先輩に尋ねてみた。
すると先輩に「知らないのか!?」
とかなり驚かれた。
そんなにも有名人だったとは……
「あの美貌の騎士を知らない女がいたとはなぁ。
さすがはキミだ」
今のは褒められたわけではないというのは
なんとなくわかった。
わたしはどうもボンヤリと生きているらしい。
わたしは生まれた時から魔力量だけはやたらと多く、でも使える魔術は医療魔術だけというかなり
偏った魔術師だ。
貧乏男爵家の娘で、
早くに母を亡くして男手ひとつで育ててくれた父も
去年他界した。
生家の男爵位は父の弟、つまり叔父が継いでくれた。
年は17。
凡庸な赤茶の髪に凡庸なアンバーの瞳。
中肉中背のどこにでもいる女だ。
でも、
名前だけは気に入っている。
亡くなった母が父と一緒に付けてくれた名前。
「アニス」両親がくれたわたしの宝物だ。
先輩が教えてくれた情報によると、
彼の名はセルジオ=ローバン。
年齢は24か25歳くらい。
現国王の王妹が降嫁した侯爵家の四男坊だそうだ。
魔力はあるのだが、ほとんど無いに等しく、
その為に騎士の道を選んだのだとか。
現在は近衛騎士で王太子殿下の身辺を護衛している
らしい。
王太子の騎士となれば
かなりのエリートだ。
それに出自もよく、
見目も麗しい若き騎士とくれば周りが放っておくはずはない。
彼の周りはいつもご令嬢方で
溢れかえっているという。
〈令嬢で溢れかえるってどんなだろう……〉
わたしはまたボンヤリとそんな事を考えた。
先輩にはわたしがまた変な事を考えていたのが筒抜けだったらしく、
笑いながら頭をポンポンはたかれた。
近衛騎士、王太子付き、高位貴族の令息、
そして美形……
これはもう住む次元が違い過ぎて笑ってしまう。
べつに一目惚れしたとか憧れを抱いたとかではなく、
あまりにもわたしの魔法を食い入る様に見ていたので、どんな人か気になっただけだ。
だからこれで終了。
騎士と医療魔術師とは無関係では無いが、
王宮医療魔術師はわたし以外にもわんさかいるし、
住む世界が違うのだ。
もう会う事もないだろう。
と思っていたら……
次の日も、そのまた次の日も、
彼は同僚や後輩が怪我をしたら必ず付き添いとして
医務室を訪れた。
そしていつも真剣な眼差しで
わたしの治療を見つめる。
医療魔術師にでもなりたいのだろうか……
誉れ高い近衛騎士が?
うーん…さっぱりわからない。
そんな生活を繰り返していたら
いつの間にか月日は過ぎ、
わたしは18歳になり、結婚適齢期へと突入した。
この国の魔術師は……というより魔力を持つ者は、
18歳までに婚約者等の決まった相手がいない場合は
国が定めた相手と結婚する事が決められている。
魔力のある者と魔力のある者を添わせ、少しでも魔力保持者が生まれてくる確率を上げるのだとか。
当然、相手との相性はあるので、
どうしてもこの人は無理……となると相手のチェンジはして貰えるらしい。
そして18になったわたしも
とうとう国が決めた相手との初顔合わせをする日を
迎えてしまった。
わたしはともかく、
相手は絶対にチェンジ!と言うだろうな……
こんな平凡な女で申し訳ない。
チェンジの“チ”の字でも聞いたら、
即行で了承しよう。
そんな事を考えながら
王宮内の指定された一室へ向かう。
一応、年頃の娘として
服装には気を遣った。
この日のために新調した
淡いサーモンピンクのふくらはぎ下丈のワンピース。
髪は緩く編み込み、サイドに流した。
お化粧も今日は特別。
下宿先の奥さんに教えて貰いながら頑張った。
「素材はかなり良いんだからもっと
オシャレしなさいよ~」
と言われたが、社交辞令である事はわかっているので調子にのることはない。
それでも少しは見れるようになったという事だから
喜んでおこう。
深呼吸をひとつ。
そして意を決してドアをノックする。
すると医療魔術師の上官である
ミセストンプソンがドアを開けて迎え入れてくれた。
ミセストンプソンは
とても医療魔術に長けた方だ。
ご理解あるご主人のおかげで、婚姻後も王宮医療魔術師としての仕事を続けておられる。
初顔合わせには大概
どちらかの上官が立ち会う事になっているので、
わたしのためにわざわざ時間を作ってくださったのだろう。
「時間通りね、アニス。さすがだわ、普通の貴族令嬢ではこうはいかないもの」
ミセストンプソンが微笑む。
わたしは、
「もう貴族令嬢とはいえませんもの」
とだけ言っておいた。
「お相手の方はもうお待ちよ」と
言いながら、ミセストンプソンはわたしを部屋へ
促す。
緊張でぎこちなくなりそうな足をなんとか動かしながら入室した。
その時、
応接室のソファーから立ち上がる
一人の男性の姿が目に飛び込んで来た。
「!?」
嘘でしょう?
どうして彼がここに?
なんと部屋には
あのセルジオとかいう騎士サマがいたのだから、
わたしが驚いても仕方ないと思う。
あ、彼も立ち会いかな?
彼の部下の誰かがお相手か。
うぅ……またまた緊張してきた。
ミセストンプソンにエスコートされ、
促されてわたしがソファーに座ると
その向かいに彼が着座した。
「…………?」
あら……一人、かしら?
わたしのお相手の方は……?
もしかして会う前からチェンジ?
なんて事をボンヤリ考えるわたしの耳に、
ミセストンプソンの涼やかな声が響く。
「それでは紹介するわねアニス。こちら、
セルジオ=ローバン。今回、貴方の伴侶候補になった方よ。ローバン卿、アニス……の事はご存知なのよね」
「はい」
………え?
「え?」
この時初めて、
わたしは医務室以外で彼の姿を見たのだった。
しかも自分の伴侶候補として……