ダイという名の精霊魔術師
私の名はガーネット=ローバン。
元はこの国の王女で今は侯爵夫人をしております。
政略結婚とはいえ愛する旦那様と
四人の息子に嫁たちと三人の孫。
つい最近嫁がもう一人増えてとても幸せな生活を
送っていましたの。
そんな中、末っ子のセルジオが
しばらく妻を預かって欲しいと言って来ました。
ややこしい事。
今、帰国した第三王女がややこしい事になっており、全く家に帰れてないらしいのです。
ただでさえ任務に忙殺されているというのに、
近頃は妻と自分を取り巻く環境が怪しくなって来たというではありませんか。
私としては嫁と暮らせるのは嬉しいので、
二つ返事で了承しましたがまさかこんな事態になっているなんて……。
戸惑いながらも真実を話してくれたアニスちゃん。
セルジオと姪のグレイスの抱擁と手繋ぎの現場を見て、自ら身を引く事を決めたというのです。
しかもセルジオの子を身に宿しながら
恨み言を言うまでもなく、潔く去ろうなんて……!
なんて健気なの!
そんないい子、
母として逃すわけには参りません。
生まれてくる四人目の孫のためにも
ひと肌もふた肌も脱ぎましょう。
善は急げと申します、
私は悠長に馬車などに
乗っている気にはなれず
単騎、王宮へと馳せ参じました。
ふふふ。
先触れも出さずに来たから
近衛の団長が慌てて飛んで来ましたわ。
え?なに?
セルジオは他国からの客人を引き連れて王女宮へ
向かった?
全く、こんな時に何をしているのかしら
あのバカ息子は。
25にもなって母親の手を煩わせるなんて、
これは二十数年ぶりに
お尻ぺんぺんの刑ね。
乗って来た馬を団長に預けて、
わたしは急ぎ王女宮へ向かいました。
するとグレイスの侍女長を務める、
名は何といったかしら……ダメ思い出せない。が、
「突然来られても困ります!
一体何のご用で来られたのです!?
まさかローバン卿に会いに来られたとか!?
ローバン卿は姫さまの為に呪いを解く方法を見つけて来て下さいました!やはり姫さまにはあの方は必要な方なのです!」
と、ほざきやがりましたの。
その言葉を聞き、
わたしは瞬時に全てを察しましたわ。
あぁコイツか、と。
この者の手引きにより
セルジオとアニスちゃんの間に
行き違いが出来てしまったようですわね。
私は家族から“絶対零度”と称される
眼差しでキツく見下してやりました。
「お黙りなさい。
お前、誰に向かって口を利いているの?
忠義心が強いのは認めますが、真実を見誤るなんて愚かしい事を。セルジオはグレイスのためではなく、妻のアニスのためにこの問題を早々に解決しようとしているのです。
でも私は正直、この王家のためにそこまでやってやる義理はないと思っておりますの、
だからセルジオはもうこの件から手を引かせます」
すると侍女長とかいう女は
金切り声を上げて叫んで喚き散らし出しました。
「な、な、なんて事を仰るのです!!
なんて無礼なっ!!王族のために力を尽くすのは民として当然のはず!不敬罪で捕縛しますよっ!!」
「……お前如きが誰を捕縛するですって?不敬はどちらか。これ以上、私を怒らせたくないのなら今すぐそこをお退きなさい」
私は前方に立ちはだかる
侍女長に向かって言い放つと、
侍女長は
忌々しげに通路の脇に寄りました。
わかればよろしい、
とそのまま通り過ぎようと思いましたが、
アニスちゃんに辛い思いをさせたお礼はきっちり返しておかねばと思い、
横を通るついでに思いっきり足を踏んづけてやりましたの。
痛みで蹲っていたけれども、
この程度で済んだ事を
感謝して欲しいくらいですわ。
とんだ邪魔が入って
無駄な時間を取ってしまいましたが、
ようやく王女宮に辿り着きました。
ああ居た居た。
我が息子セルジオ。
髪の色は私寄りだけれど
憎たらしいくらいに愛する旦那様にそっくり。
だからつい甘やかして育ててしまって……。
でもその事を周りに言うと、
「アレでっ……!?」
と驚愕の目で見られるのは何故かしら。
もちろん私は即行で
息子に声をかけましたわ。
「セルジオ!!」
「は、母上っ!?」
驚きで目を丸くするセルジオ。
それもそうよね、
まさか私が王女宮に現れるなんて
思ってもみなかったでしょうから。
一分一秒が惜しい私は
すぐさま息子に捲し立てます。
一刻も早く、アニスちゃんの元へ走らせたいですからね。
「貴方、今すぐ侯爵家に帰りなさい。
つべこべ言わせないわ、とにかく、今直ぐ、アニスちゃんの元へお行きなさい」
「っアニスに何かあったのですか!?」
ふふ、焦ってるわね、
この子がアニスちゃんに
ベタ惚れなのはバレバレなのよ。
本人に伝わってないのが痛々しいけど。
「アニスちゃんは無事よ。ちゃんと屋敷に着いたわ。屋敷にはウチの専属騎士団もいるし、直ぐそばにはホワードを付けてます。何も心配は要らないわ。
アニスちゃんは問題ないけど……貴方が問題有り有りなのよっ!!」
そう言ってわたしは
息子を睨みつけました。
「全く、何をやっているの貴方は。
とにかく、アニスちゃんを失いたくないなら、
今直ぐ帰りなさいっ」
「アニスを……失う?」
顔色の変わった息子に尚も
言い募ろうとしたその時、
横から聞き慣れない声がしました。
「ローバン卿、事情はよくわかりませんが、ご婦人がここまで言われる時は大概従った方が身の為だ。ここは大丈夫だから直ぐに帰宅なさるがよろしいかと」
見たところ40代中頃かしら、
文官風とも武官風とも言えない男性でした。
どなたかしら?
すぐ側には居られなかったと思うのだけれど。
「ランバード辺境伯……しかし……」
「!ランバードって……、ハイラム王国の?」
私が驚いて見上げると
その男性、ランバード辺境伯は
胸に手を当て、私に挨拶して下さいました。
「お久しぶりでございます。
とは言っても貴女は覚えておられませんでしょうが。一度、貴国を訪れた時の夜会でご挨拶をさせていただいた事があったのです。
ガーネット=ローバン侯爵夫人、
ランバード辺境伯ローガンです」
「もちろん覚えておりますわ。
もうかれこれ20年くらい前になるかしら。
ランバード伯、ご機嫌よう。
イズナシア侯爵ダスティン=ローバンの妻、
ガーネットにございます」
わたし達はお互い名乗り合いました。
でも驚いたわ、
何故彼がここに?
私が息子を見上げるとセルジオは答えました。
「ランバード伯のお知り合いの精霊魔術師の方に、グレイスの呪いを解いていただける事になったのです」
「精霊魔術師?聞いた事ないですわね」
魔術師は魔術師、
精霊使いは精霊使いと、
この世界では分けて識別されております。
なのに精霊魔術師とは……?
その時、
またまたわたしの耳に
聞き慣れない声が聞こえましたの。
「私が自分で自分の事をそう呼んでいるのですよ、
ローバン侯爵夫人」
ゆっくりとした足取りで
私に近付いてくるその青年。
青い髪に黒い瞳。
年若い外見なのに
その目は何百年も色々なものを
見続けて来たような目をしていました。
「貴方は……?」
私が彼に尋ねると、
彼はこう名乗りました。
「お初にお目にかかります。
精霊魔術師ダイ=ケンジャと申します」
物語の最後に登場した精霊魔術師。
彼を連れて来たランバード伯もそうなのですが、
作者の多作品、『だから言ったのに!(婚約者は予言持ち)』の登場人物になります。
アルファポリスで連載中は今作と2本同時に連載をしており、お話しをリンクさせました。
『だから言ったのに!』は小説家になろうでも連載中なのでよろしければそちらも読んでいただけると幸いです。