お義母さま
「奥さま。ご所望の件、
調べがつきましてごさいます」
「ありがとうホワード。さすが仕事が早いわね。
このところ王女宮が何やら騒がしいでしょ?
それに急に妻を預かってほしいなんてセルジオが
言うものだから絶対何かあると思ったのよね」
「セルジオ坊ちゃまは完全に巻き込まれておられますな」
「あの子は優し過ぎるのよ。
というか甘いのね。自分に関係ない事なんだから
放っておけばいいものを」
「でもそこが坊ちゃまの美点でもあります」
「そうね、おそらく侯爵家と妻の生家に害が及ばないようにしてから、国外にでも行くつもりなのね、きっと」
「その可能性は高そうでございます」
「まぁいいわ。
いざとなったら私も助力は惜しまないつもりだもの。それよりも楽しみだわ、
アニスちゃんと一緒に暮らせるなんて」
「ようございましたね、奥さま」
「ふふふ」
◇◇◇
セルジオ様とミセストンプソンの勧めで
わたしはセルジオ様のご実家のローバン侯爵家に
お世話になる事になった。
どうして急に?
でも二人が強く勧めるのだから
そうした方がよいのだろう。
今週末に侯爵家からお迎えが来る事になっている。
わたしは持って行く荷物をトランクに詰めながら
まだ妊娠をセルジオ様に告げていない事を考えていた。
そろそろ、
ホントにそろそろ伝えないとダメだろう。
離婚するにしろしないにしろ、
父親であるセルジオ様には
ちゃんとお話しないと……。
そんな事を悶々と考えているうちに
あっという間に週末がきた。
侯爵家の家令を務めるほどの方のお迎えに
わたしは思わず恐縮してしまう。
貧乏男爵家出身のわたしなどに
アニス様と敬称をつけて敬ってくださるし。
いえいえ、わたしなどセルジオ様の妻と名乗ってもよいのかわからないような立場ですので気にしないでくださいと言いたい。
迎えの馬車に乗り侯爵家へと向かう。
セルジオ様のご実家である侯爵家の方々とは
結婚式にお会いして以来だ。
これからお世話になる屋敷には
現侯爵でいらっしゃるお父様とお母様、
そして次期侯爵のご長男とその奥様と息子さんが
住んでおられる。
格下過ぎる家の娘であるのに
快くわたしをローバン家へ迎え入れてくださった。
王命で嫁いだだけの嫁なのに
本当にありがたい。
そしてとうとう馬車が屋敷へと到着した。
家令のホワードさんの手を借り
馬車を降りると、
そこに一人の女性が立っていた。
わたしはハッとして
その女性に挨拶をした。
「お義母さま、ご無沙汰しております。
この度は突然お世話になる事になり、申し訳ありませ……「もう!アニスちゃん!そんな他人行儀な
挨拶はやめて頂戴!
嫁がまた一人増えて、本当に嬉しいのだから!」
お義母さまは
わたしの言葉に被せるように仰った。
そこにいるだけで
周りがぱっと明るくなり場が華やぐ
まさに麗人……。
さすがはセルジオ様のお母さま、
相変わらず麗しい。
セルジオ様よりもずっと明るい銀髪に
深い深いブルーの瞳。
とても小柄な方なのに
存在感のせいかとても大きく感じる。
わたしのような者にも優しく接してくださる
大らかで懐深いお方だ。
「ますます綺麗になってゆくわねアニスちゃん。
なんだか内側から輝いてるみたいな……
でも少し疲れてる?魔力の波長に乱れを感じるわ」
お義母さまは
現国王の妹君であらせられ、
かなりの高魔力保持者だ。
わたしの顔を見ただけでそこまでわかるとは……
これは妊娠の事もすぐに気付かれてしまいそう。
セルジオ様よりも
先にお伝えしてもよいものかしら……。
でも離婚するにしても
しないにしても、
お腹の子がローバン家と無関係ではないのだから
伝えてもいいかもしれない。
次にいつ会えるかわからない
セルジオ様を待っていたら
あっという間に産月になってしまう。
それに
侯爵家に滞在しながら離婚の手続きや話し合いをするのだから、
予めきちんとお話ししておくのが筋というものだろう。
わたしは意を決した。
「あのお義母さま、じつはちょっとお話が……」
「あらアニスちゃん、あなたもしかして……」
わたしが言うのと同時にお義母さまが仰った。
やはり察せられてしまったか。
すぐにお話をしなくては。
「はい。少しお話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ!あぁダメ、嬉しくて顔がニヤけちゃう。サンルームでお茶にしましょう。ホワード、
お茶の用意を。アニスちゃんにはノンカフェインのものをね」
お義母さまが家令のホワードさんに
そう告げると、
ホワードさんは瞬時に察したらしく
ただ「かしこまりました。お体によいハーブティーをご用意いたします」
とだけ言った。
さすがは侯爵家の家令……。
お仕事が出来る方だわ。
サンルームでお茶を楽しみながら、
わたしはお義母さまに
妊娠した事、セルジオ様のために離婚を考えている事、離婚後はもう再婚はせずに一人で子どもを育ててゆきたいと思っている事を全てお話しした。
お義母さまは、
わたしの話を聞きながら
最初は口を大きく開けていらしたが、
その後は段々と眉間に深いシワを刻まれた。
そしてわたしが全て話し終えると
バッと立ち上がり、
わたしの手を取り謝られた。
「ごめんなさいアニスちゃん!大凡の調べは付いていたのだけれど、まさか貴女たち夫婦がそんな事になっていたとまでは知らなかったわ!もう完全にセルジオが悪い!言葉足らずも甚だしいわ!そして王家のヤツら……許すまじっ……貴女をそこまで思い詰めさせて…なんて情けない!」
「そんなっ、お義母さまが謝られるような事ではありませんっ、それにセルジオ様は何も悪くはありません。わたしのような者でもお会いした時はきちんと
妻として接してくださいますもの……!」
「そんなの当たり前です!
……待っててアニスちゃん、必要とあらば出張ろうと思っていたけど、そんな悠長に構えてる場合じゃなかったわ!今すぐセルジオを引っ張って来ますから、二人でちゃんと話し合って頂戴!」
「で、でもセルジオ様は今、
王女様の事で大変な時でっ……」
「そんなものクソ喰らえです!あら失礼。
とにかく、私に任せて頂戴ね。ホワード、すぐに出かけます。アニスちゃんをよろしくね」
「かしこまりました」
ホワードさんが頭を下げて了承すると
お義母さまはすぐに踵を返して
サンルームを出て行かれた。