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四月の空の下、君は咲う。  作者: 空野 創
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第1話 いつもの自分。

最初の投稿から気が付けば物凄い月日が流れておりました…。

少しずつ完結に向けて進めているので、あまり期待せず長い目で見てくださると嬉しいです!

“簡単すぎる人生に、生きる価値などない”。


 これは古代ギリシアの哲学者、かの有名なソクラテスの残した言葉である。

 ただ、別に僕は哲学に興味はないし、「かの有名な」などと言ったものの、ソクラテスが古代ギリシアの哲学者だったことなどつい数十秒前まで知らなかった。

 さっきの名言も『偉人の残した元気の出る名言』というワードでネット検索して偶然見つけただけである。


「はぁ……」


 授業中に何でこんなものを調べていたんだろう、とふと我に返り、すぐにブラウザバックしてスマホをポケットにしまう。

 元気づけられるどころか、逆に元気を吸い取られた気分だ。


「おい、授業中はスマホ触るなよ」

「……すみません」


 それまで静かだった空間に、威圧感のある担任の声が響く。ずっとこちらに背を向けて板書しているからバレていないのかと思っていたが、担任にはお見通しだったようだ。


 普段、特に授業態度には厳格で毎日のように生徒に怒鳴り散らしているらしい担任が、今回は特に怒鳴ることなく釘を刺すだけで終わるのは珍しいのか、周囲の視線が一瞬こちらに集中する。

 その視線からは「何でアイツは怒鳴られないんだよ」という心の声が手に取るようにわかったが、それでズルいだの、特別扱いだのと思われるのは正直気分がよくない。

 確かに屋上にいる時の癖でスマホを触っていたのは僕の落ち度だが、そもそも注意するかしないか、またその注意の程度は担任の裁量なんだから、文句を言うなら僕じゃなく担任に言えって話なのだ。


 まあ、そんなことを担任に面と向かって言える勇気を持っている奴がこのクラスにいるわけもないが。

 クラスメートの一部は僕を鋭く睨みつけると、またすぐに視線を黒板や各々の教科書に戻した。


「はぁ……」


 再び小さなため息を溢す。

 ちなみに、周りと違って自分の机に広げた教科書とノートは使われた形跡の全くない新品そのもの。それはそうだ、二年生に進級してから一度たりとも授業を受けていなかったのだから。


「じゃあ、この問題を……佐倉、解いてみろ」

「へーい」

「返事は『はい』だろうが!」

「は、はいぃ!」


 前方の席のチャラそうな男子生徒が指名され、怠そうな返事をした途端、聞いたこともないような担任の怒号が教室に響いた。それと同時に机でウトウトしたり、突っ伏して居眠りに興じていた連中も一斉に反射的に身体を跳ねらせる。正直、心臓に悪い。


「ひぃぃ……」


 男子生徒は黒板に書かれた基礎的な複素数の計算式を、足を竦ませながら解き進める。解き進めるといっても、実数と虚数を別々に足し引きするだけの簡単な問題である。

 ただ震えながらチョークを持っているせいで、読めなくはないがとてつもなく字が汚い。


 それにしても授業を受けているだけだというのに、教室の空気が異様に重い。

 担任が怖いから――それも一つの要因ではあるだろう。ただ、それだけではないことは僕には痛すぎるほどよくわかっていた。


「正解。まあこのくらいは誰でもできるだろうから、解説はナシで次行くぞ」


 そんな苦しい空気から逃避するように、僕は窓から見える空を眺めていた。今日は雲一つない快晴だ。

 本来であれば今頃は屋上で何も考えず木のそばで空を眺めていただろうに、今日は不運にも廊下を歩いているときに担任に見つかってしまったのである。今日と明日は小テストに出る範囲をやるから絶対参加しろと、いつも以上にしつこく説得され、担任の数学の授業にだけ無理やり参加させられて今に至る。

 説得の際、やはり怒鳴られたのかと思われるかもしれないが、実はそうではなく、今日明日授業に参加したらもう後は好きにしていいと言われた。時間にして合計一〇〇分。その時間を息苦しい教室で過ごせば好きにしていいと言われればそれはもう参加するほかはないだろう。いい加減、担任やほかの教師に職員室に呼び出されるのも鬱陶しかったし。


 そんな担任だが、一年の頃には一度も見たことがなかった。噂によると今年うちの学校に赴任したばかりの新人であり、教育に対する熱意が買われたのか、わずか教師二年目で担任として僕たちのクラスに君臨し、見事なまでに統治しているのである。


「花森、いつまで計算してるんだ」

「……すみません」


 正直、僕は当たりの強いこの担任がどうしても好きにはなれなかった。無論、このクラスのことも。



 ――キーンコーンカーンコーン……



 本日最後の授業終了を知らせるチャイムが鳴る。いつもならあっという間の五〇分がこんなにも長いものだったとは、と改めて思い知らされた。

 ふと周囲に目を向けると、クラスの連中はそそくさと教科書やノートを鞄に詰め込んでいる。


「そんじゃ、チャイム鳴ったから続きはまた明日な。ちなみにうちのクラスは特別にこんだけ教えてる以上、来週の小テストで学年平均以下だった奴は一週間課題地獄にするから覚悟しとけ」

「ちょっ、マジかよ⁉」

「それはさすがにないだろ!」


 担任の発言に対し、当然のごとく生徒からはブーイングが飛び交う。長い間授業に出ていなかったため、こんな光景を見るのも久しぶりである。

 しかし、そうは言っても五月蠅(うるさ)いことには変わりない。先ほどまでのあの重苦しい空気はどこへ行ったのやら。


「……小テスト、明日にしてやってもいいんだぞ?」


 あまりの騒ぎようにイラついた担任がドスを利かせた声でそう言い放った途端、若干三〇人ほどいる空間がしんと静まり返る。

 担任が怒ることは決して珍しいことではないが、ここまで物凄い気迫の担任の姿はあまり見たことがなかったため、関係ない僕まで少し身を(すく)めてしまった。


「文句言う元気があるなら勉強しろ。以上! 寄り道せずに帰れよ!」


 至極正論。これにはクラスの連中も何も言い返すことができず、教室から出ていく担任の姿を黙って見送るしかなかった。


 しかし、教室の扉が閉まって間もなく、再び教室は喧騒を取り戻す。


「あーあ、小テストやだなー」

「あんな鬼教師がいるなら理系にするんじゃなかったわマジで」

「アイツ今年から来たし、まあしゃーねぇわな」

「来年文転しようかなぁ……」


 そんな担任への愚痴り合いに加わることはなく、僕は静かに椅子から立ち上がり、教科書を入れた鞄を持つとすぐさま教室を出る。その際、ぼそぼそと僕の方をちら見しながら話している一部の生徒が視界に入ったが、気にも留めなかった。

 廊下を歩いていても、決して誰とも目を合わせることはない。だが、方々からは刺すような視線が向けられる。



 ――今日もまた、それらを潜り抜けるようにして校門を出て一人家路につく。




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