夏宮の主 2
それから何日か不毛なやり取りが続き、反省の様子がない姿に苛立ちを覚えた洋々であったが、玉皇即位の準備に駆り出され炎雄の元へ行く時間を作れずにいた。
とりあえず食事は持って行くように手配しておいたので生きてはいるだろう。
流石に様子を見に行こうと久々に夏宮に向かう。
「炎雄様ー!炎雄様ー!入りますよー!」
窓を開けていない室内は薄暗く、どうなっているか見当もつかなかった。
予想通り炎雄はまだ寝ているようだが、何やら臭う。
寝台に近づく度、臭いが強くなり発生源は明らかであった。
「炎雄様ー!死なないでくださいー!陛下に申し訳が立ちませんー!」
思い切り自分本位の理由ではあるが、そこは仕方ない。
身体を強く揺さぶり、頬を強く何度も叩く。
すると、んがっと間抜けな寝息が聞こえ一安心するが、更に強烈な臭いに襲われた。
「うっ…。」
急いで部屋中の窓と扉を空気を入れ替える。
でなければ洋々が窒息死してしまいそうだった。
官服の袖で鼻を覆いながら改めて炎雄と室内の惨状を目にすると目眩がしそうになる。
どうすれば数日でここまで汚せるのか、まったく理解できない。
「炎・雄・様!」
最早近づく事さえ憚られ、部屋の隅に置かれた木刀でつつく。
何度目かでようやく目を覚ましたようだが、薄汚れた夜着と無精髭でも残る精悍さが憎らしい。
「何だ?」
「何だじゃありませんよ!どうしたらこうなるんですか!」
服は脱ぎ捨てたまま、食器は食べ散らかしたままで片付けた痕跡は一切ない。
おまけに湯浴みもしていないせいで非常に臭い。
「偶康がいないから仕方ないだろう。」
「それ位、いなくても出・来・ま・す!」
一休どういった育て方をすればこうなるのだろうか、洋々には不思議でならなかった。
後宮に来る前は国境で蛮族から国を護る任に就いていたと聞いていたが、本当だろうか。
言いたい事は色々あるが、まずは臭いの元をどうにかした方が良さそうだ。
「湯を沸かして参りますので、炎雄様は食器を片付けてください。」
「断る。それはお前の仕事だろう。」
自分がそんな事する必要はないと寝台でふんぞり返る炎雄に洋々の我慢は限界だった。
「い・い・え!」
「宦官風情が偉そうにするな!」
そう罵られても洋々にとっては痛くも痒くもない。
「ではお聞きしますが炎雄様のお仕事とは、何でしょう?」
「そ、それはだな、皇の夫としてこう立派にだな、こう…。なんというか…。」
痛い所を突かれたようで言葉に詰まる。
「後宮とは陛下に安らぎを与え、お世継ぎを作って頂くための場所です。夏宮の主である炎雄様はその責を果たせていらっしゃいますか?」
「その時が来たら立派に果たしてみせる!」
どこからその自信が湧いてくるのか疑問だが、洋々は鼻で笑う。
「こんな汚い場所で汚い男と褥を共にする奇特な女人など、居・り・ま・せ・ん。」
「しかも飲酒淫行で謹慎中ですよね?今のままではお勤めを果たす機会など永遠に来・ま・せ・ん。」
はっきりきっぱりと洋々に言い切られてしまい、何も言えないようであった。
「お前に俺の何が分かると言うのだ。」
「とりあえずいい歳をして何も出来ない割には自信満々な方だとよーく分かりました。」
「無礼だぞ!」
炎雄が寝台から立ち上がり洋々に詰め寄り、腕を振り上げた。
大柄で鍛えている炎雄なら華奢で小柄な洋々など一発で倒せるだろう。
殴られることを覚悟したが、振り上げられた腕は力なく下ろされる。
「出ていってくれ…。」
そう呟いて項垂れた炎雄は今まで見たことのない表情をしていた。




