第29話
前話のあらすじ:彩音、太一と2人で商店街を歩く
「...あれ、太一さん?」
声がした方角に太一が顔を向けると、そこには彩音と同じ制服に身を包んだ若い少女が立っていた。
「誰かと思ったら遥か。今日も部活で遅くなると思ってたんだが、早かったんだな」
「はい、今日はミーティングだけで早く終わったので、パスタとか野菜とか、ストックが減っている物を中心にちょっと買って帰っていたところだったんですけど、太一さんの方も相当買い込んだみたいですね...何を買ったんですか?」
「魚介と肉が大半だな。ちなみに今日はエビチリにしようと思っているから、先に帰るようだったらそう答えておいてくれるか?あいつら、確実に聞いてくるだろうし」
「私も買い物袋を持っていますし、太一さんの言う通り、帰った瞬間に聞いてきそうですね...ただ、辛いのが苦手な子もいるので、エビチリじゃないものも準備したほうがいいんじゃないですか?その分、太一さんの準備も増えてしまいますけど」
「あんまり辛い味付けにはしてないんだがなぁ...じゃ、エビのマヨネーズソースでも作るわ。あれだったらさほど手間もかからないだろうし」
「もしかしたら見た目が赤いので、無意識に敬遠しているのかもしれませんね。エビマヨはすぐに売り切れになりそうですけど」
その少女は苦笑しながら、太一の発言に同意するように答えたのだが、そんな2人のやり取りについていけていなかった彩音が太一に質問をした。
「えっと、鎖藤君、こちらの方は...?」
「この娘は沖田遥佳。学年は俺たちの一つ下だから、直接会って話したりすることはほとんどないと思うんだが、見ての通り、俺たちと同じ関東第一の生徒だ」
「あ、そうなんですね。はじめまして、白崎彩音といいます。鎖藤君とは同じクラスの同級生になります...で、いいのかな?」
「太一さんから紹介がありましたけど改め直して、沖田遥佳といいます」
「沖田さん、丁寧にありがとうございます。それで、鎖藤君と沖田さんはどのような間柄なんですか?」
「簡単に言ってしまえば俺の同居人」
「ど、同居ってことは鎖藤君は今、彼女と一緒に暮らしているわけで...つまりそれは、お二人はそういう関係...ということですか?」
「ちょっと待て白崎、お前は一体何考えてるんだ?」
「だって、鎖藤君さっき『同居人』って言ってましたよね?それってつまり...同棲ってことなんじゃないんですか?」
「いや待て、どうしてそうなった」
どう考えたらそこまで飛躍する、と言いたそうな表情をしている太一であったが、そんな様子を見かねた遥佳が横から助け舟を出した。
「太一さんの説明があまりにも省略されていたのが原因じゃないかと...」
「あー...そうか、家を見に来るんだったら、その辺りの説明もしなきゃならないんだな。とりあえず白崎、俺と遥佳との関係については、お前が頭の中で考えてるような関係じゃないってことだけはこの場で断言しておく。そのあたりの細かい説明はここでするより、実際に家を見てもらった方がわかると思うから、食べ終わってない中で悪いんだが、もうそろそろ動けるか?」
「わかりました。ただ、残りあと少しなので、出来ればちょっとだけ待ってくれませんか?」
「了解。まあ、その量だったらそんなに時間もかからないだろうし、あんまり急いで食べなくてもいいぞ。無理に食べてのどに詰まらせでもしたら、そっちのほうが大変だしな」
太一からそう言われながらも、彩音は手に持っていた残りのたい焼きを急いで食べると、ベンチに置いた荷物を持ち、空いた手で口を押えながら立ち上がった。
「ふみまへん...ほ待たせひまひた」
「急いで食べなくていいって言っただろ、白崎。窒息したら冗談抜きで洒落にならないから、とりあえずそのほお袋いっぱいにため込んでるものを何とかしろ...ほれ、お茶」
まるでリスかハムスターのようにたい焼きを口いっぱいにほおばった状態で立った彩音を見た太一は、半ば呆れながら彩音にペットボトルのお茶を差し出した。
「ん~!ん~!」
「口にもの入れた状態で喋られても何て言ってるか全く分からないから、とにかく飲み込んでから話せ」
そんな太一の発言に彩音は抗議の声を上げようとするも、口の中に入っているたい焼きのせいでうまくしゃべることができなかったため、太一が差し出したお茶をしぶしぶ受け取ると、再度ベンチに座り込んだ。
「遥佳も悪いな、荷物持ってるのに待ってくれて」
「待っているといってもそんな長時間じゃないですし、私の意志で待っているわけなので、そんなに気にしないでください。それに、家もすぐそこですから」
太一と遥佳がそんな雑談をしている間に彩音も口に含んだたい焼きを食べ終えたようで、改めて荷物をもって立ち上がるのだったが、開口一番、太一に向かって苦情を言った。
「鎖藤君!『ほお袋にため込んだ』とか言わないでください。まるで私がものすごい食いしん坊みたいに聞こえるじゃないですか!」
「だったら口をモゴモゴさせながら立つな、ついでにそんな状態で喋るな」
「うっ、それはそうですけど...」
「クスッ、面白い方ですね」
「ああもう、鎖藤君のせいで後輩の彼女にも笑われちゃったじゃないですか!」
「いや白崎、それはお前のせいd...「この件は流石の私でも許せないので、今度何かおごってもらいます。それでお相子にしてあげます」...なんつー理不尽な」
「太一さん、ここは引いたほうが賢明ですよ」
「へいへい、今回は俺が悪うございました」
「むぅ...なんか反省して言っているとは到底思えない言い方ですけど、今日は鎖藤君の家をきちんと確認することが一番の目的なので、とりあえずよしとしましょう。ほら、行きますよ」
「はいはい」
「今日の午前中にも言いましたけど、『はい』は1回です」
そう言いながら彩音と太一が横に並びで先頭を歩き、そんな2人の少し後ろを遥佳が遅れてついていくような形で3人は太一と遥佳が住む家へと歩を進めていった。
「それで、鎖藤君の住まいはどれになるんですか?石動君はたしか、お寺のすぐ近くのマンションって言っていたような気がしましたけど」
もと来た道につながるT字路を曲がりながら彩音が太一へそう質問すると、太一は少し歩いたところで、とある方向を指さしながらこう言った。
「...あれ」
太一が指さした方向を見ると、そこには6階建てのマンションが建っていた。
「新しそうなマンションですね、建ってからまだ間もないんじゃないですか?」
マンションの前に到着し、その外観を改めて確認した彩音は、その建物が完成してからそれほど時間が経っていない築浅のマンションであることに気づいた。
「完成したのが去年の秋頃だったから、築1年弱ってところだな。ちなみに玄関はオートロックで窓は全て強化複層ガラス、周囲には防犯カメラが複数台と、セキュリティ面も相当しっかりした造りになってる」
「そ、そうなんですね...でも、この地域は治安がそんなに悪い場所じゃないと思うので、そこまでやらなくてもいいんじゃないかって思ったりしますけど」
「それについては、この家が他の家と違う特殊な事情を抱えてるってのに起因するもんだから後でまとめて説明する。俺の部屋は順一郎の奴が部屋番号を渡したりしてるから知ってると思うが、ここの5階なわけだが、彼女の部屋は1階...ってわけで俺と同じ部屋に住んでるわけじゃない」
「えっ...でも鎖藤君さっき、彼女と同居しているって」
太一の口から発せられた意外な内容には彩音は驚いて太一に聞き返した。
「白崎、この建物どう見える?」
「どうって...こうやって見る限りでは低層の普通のマンションですよね?セキュリティはあれですけど」
太一から質問され、改めてマンションを確認する彩音であったが、外観はやはり至って普通の低層型のマンションであり、先ほど聞いたセキュリティ面以外では特に違和感のあるところは見受けられなかった。
そんな彩音の反応に、遥佳が苦笑しながら太一に代わって答えた。
「やっぱり、外観だけで判断しようとするとそう見えますよね。私も最初見たときはそう思いましたから」
「『外観を見ただけで』ってことは、周りからではわからない部分...例えば内装とかが普通のマンションとは違うってことですか?」
「内装というよりも、建物そのものの使い方が普通のマンションとは違うんです。ところで太一さん、あの場所では詳しく聞きませんでしたけど、こちらの方を家に入れるということはこの家について説明される、ということですよね?先生に事前の了解はとらなくても大丈夫ですか?」
「そのおっさんが俺のクラスメイトにこの家の鍵を俺の部屋番号とともにしれっと渡してたんだよ。しかも2つ」
「...ごめんなさい、全く背景がつかめないんですけど、どうしてそういうことになったんでしょうか」
遥佳は頭に手を当てながら太一に質問する。
「あのおっさんがどんな思惑を持ってそんな行動をとったのかは俺も全く聞いてないから、その辺りは今晩にでも本人に聞いてみる」
「よろしくお願いします。それとわかったら私にも教えてください」
「全員に説明しても大半は理解しないだろうけど、お前たちにはきちんと説明するさ」
「ありがとうございます」
「あのぅ...お二人のやり取りの意味がよくわからなかったんですけど、沖田さんが言っていた『先生』というのは鎖藤君のご両親...というか、親御さんのことですよね?他の家のことをそんなに根掘り葉掘り聞いちゃいけないのはわかっていますけど、一緒に住んでいるのに鎖藤君も含めて、どうしてそんなに他人行儀みたいな態度なんですか?」
「白崎、さっき俺は『この家は特殊な事情を抱えてる』って言ったよな?」
「はい」
「この建物が他の家に比べてセキュリティ面で異常に強固なのも、うちのおっさんに対する俺たちの態度がよそよそしく感じるのも、全部それに起因するからなんだ。ただ、その話はこんな道のど真ん中で喋れるような内容じゃないから、残りは中に入ってから話したいんだが、もう少しだけ時間もらえるか?」
「あ、はい。わかりました...」
有無を言わせないような太一の発言に若干すごみながらも彩音はその提案を受け入れ、太一の後を追ってマンションの中へと入るのだった。
第29話を更新しました...が、話が全体的に長くなってしまったので、内容を急遽2話に分割することにしました、大変申し訳ありません。
後半もおおよその形は出来上がっており(他方、校正で書き直す可能性は大ですが...)、チェックが終わり次第アップする予定なので、しばしお待ちいただければ幸いです。
今話(前半)は、前回のデート回(買い物回)の最後に登場した少女が何者であるのか、そして外観だけですが太一の住む家が紹介されましたが、次話(後半)は家の中の様子や5階と1階に住んでいながら、太一と遥佳が同居していることになるのかなどが明らかになる予定です。
これからも引き続きよろしくお願いいたします。