第26話
前話のあらすじ:
天宮と紅川、相手チームから謝罪される。
太一ら、先輩から話しかけられる。
「せ、先輩方だったんですね。そうとは知らず、大変失礼しました」
「いやいや、名前も名乗らずにいきなり話しかけたのはこちらだからね。そんな風に身構えてしまうのも仕方ないよ」
「烏岩先輩...どこかで見たことがあるような...」
「順一郎、この人と知り合いなのか?」
「鎖藤君、『この人』じゃなくて烏岩先輩です。さっき自己紹介されたばかりなんですから、きちんと名前で呼ばないとダメですよ」
「あいにく、人の顔と名前を一致させるのは得意じゃなくてな...(こうやって近づいてきたのも単なる挨拶じゃなくて、演習の監視方法を教えてないかの様子見...って意味合いもあるだろうから、こういった対応がいいだろうな。まあ、実際何も教えてないけど)」
烏岩たちが近づいてきた目的を推察した太一は、相手と顔見知りであることを順一郎たちに悟られないよう、いつもの通りそっけない態度でその場を乗り切ろうとするも、そんな失礼な態度を彩音が許すはずもなく、太一に対して釘を刺した。
「だったらこれからはちゃんと覚えて、先輩方に失礼のないように注意してください」
「はいはい」
「『はい』は1回です!」
「白崎、大事なことってのは2回言うもんだ」
「鎖藤君のそれは全く当てはまりません!」
「(...わざとやっているという可能性を完全に否定はできないけど、この様子からすると彼は約束通り、監視のことを他の生徒に教えたりはしていなさそうだね)」
太一と彩音のやり取りを黙って観察していた烏岩だったが、太一の予想通り、3人のところに近づいてきたのは、太一が演習の内容について周囲に口外していないかを確認するというのも含まれているようであった。
「もう、鎖藤君がこういった調子だから、先生からもあんなことを言われるんです...」
こちらが注意してもそれになかなか従おうとしない太一に、彩音は少し怒った様子で愚痴をこぼした。
「ああ、さっきの講評の時に『夫婦喧嘩』って言っていたことだね...確かに先生らしからぬ発言だったかもしれないけど、この様子を見ていると、そこまで外れた表現ではないんじゃないかとも思うよ」
「く、烏岩先輩まで...」
「まあ、個人的には『夫婦』というより『出来の悪い弟としっかり者の姉』といった表現のほうがしっくりくるけどね」
「ぜひ、そのような認識に改めてもらえると嬉しいです」
「(『しっかり者の姉』ねぇ...どっちかといえば『負けん気の強い妹』ってほうが合ってる気がするけどな)」
「鎖藤君、何か失礼なこと考えてませんか?」
「そんなことはない」
「...なら、そういうことにしておきます」
これ以上何を言ってもらちが明かないと思った彩音は、納得していない目で太一を見つつも、追及するのはやめた。
「しかし、本当に君たち2人は見ていて飽きないね」
太一と彩音の切れ目のない掛け合いに思わず苦笑する烏岩だったが、そんな彼に順一郎が声をかけた。
「烏岩先輩、一つお聞きしてもいいですか?」
「ん、何だい?」
「先ほど、『関東第一の卒業生』と仰っていましたけど、間違いじゃなければ烏岩先輩は在籍中に、生徒会長をされていませんでしたか?」
「確かに在学中に生徒会長をしていたけど、君たちとは3年離れているから、高校生活で被っていたということもなかったと思うけど、よくそんな前のことを覚えていたね」
「毎年秋に中学3年生を対象としたオープンキャンパスが開催されると思うんですけど、覚えていますか?」
「そう言われれば、そういったものもあったね...ああ、そうか。その時に見たことがあったということか」
「はい。私も3年前にオープンキャンパスに参加していたのですが、その時に学生代表として話された当時の生徒会長と烏岩先輩が似ているような気がしたので」
「あ、そう言われると確かにそんな気がします!」
「なんだ白崎、一度見たことある相手のことをお前も覚えていなかったんじゃないか。当時の生徒会長ってことなら自己紹介もあっただろうに」
「だ、だってあれはもう3年も前のことですよ!私もオープンキャンパスには参加しましたし、それに参加してからこの学校に行こうって決めたのも間違いじゃないですけど、私たちの学校は学力試験のレベルも相当高いので、試験に落ちないようにそれからは受験勉強に必死だったんです」
「ふーん...まあ、そういうことにしておこうか」
「むぅ...自分は編入学だから違うと思ってー」
「事実だから仕方ない。ところで順一郎、先輩が元生徒会長...ってことなら、次の生徒会選挙で気を付けて置いたほうがいいこととか、聞いてみたらいいんじゃないか?選挙活動で参考になることもあるかもしれないし」
「そうか、もう少ししたら生徒会選挙の時期だったね。石動君...だったかな、次の会長選に立候補する予定ということは、君はもしかして生徒会関係者かい?」
「はい、今は副会長をやらせてもらっています」
「副会長から会長ということは私と全く同じルートをたどっているみたいだね...当時と今では状況も変わっているだろうから、どこまで参考になるかはわからないけど、当時の選挙に関するデータを探して、後日君宛てに送っておこう。整理にちょっと時間がかかると思うけど、それでもいいかな?」
「そこまでしていただけるなんて思ってもいなかったので、恐縮です」
「これから会長選に向けて大変だろうし、会長になったらなったでそこから1年間、今よりもさらに忙しくなるというのは、私自身が経験したことでもあるから、頑張っている後輩のために一肌脱ぐことくらい、どうというものでもないよ...それに、これは一種の先行投資、みたいなものでもあるからね」
「先行投資...ですか?」
「それが先輩たちがこっちに来た一番の目的ってことだろ?単に挨拶しに来たんだったら、後ろの人たちの紹介があってもおかしくないのに、全員まだ一言もしゃべってないからな...それに、そこの人はさっきからこっちを品定めするような目で見てきてるしな」
「へぇ...話はいろいろ聞こえてきちゃいたけど、これはかなり期待できそうだな。烏岩、こいつら...特に太一と石動はもう決まりってことで話を進めてもいいんじゃないか?」
烏岩の後ろで太一たちの一挙一動や言動を観察するような目で見ていた1人の先輩が太一の指摘を受けて閉ざしていた口を開けた。
「姫川先輩、それはこれからの演習の成績も踏まえながら来月の選考委員会で決めることになっているんですから、今この瞬間では決められないですよ」
「相変わらず固いねぇ...そりゃ建前はお前の言う通りだが、今回の大会の時期や練習時間を考えたら、今の時点で2年のメンバーもある程度の目星は付けとかなきゃ間に合わないだろ?それに、お前が石動に進んで協力するってのも、そういった事情を踏まえてのことなんだろうし」
「それは...そうですが」
「それに、他のクラスの演習は全部終わってるわけで、あとは特進の結果待ちって状況だったんだから、今回の結果を加味すれば自ずと候補者も絞られるだろうし」
「...はぁ、わかりました。今日はあまり詳しい話はしない予定でしたが、今の時点で教えられる情報は彼らに教えておきましょう。それでいいですよね?」
「まあ、なんか言われたときは俺が言わせたってことにしておけばいいさ。そもそもを言っちゃ原因はあっちにあるわけだから、怒られる筋合いがそもそもないと思うけどな」
「そうなった時はもちろん、そうするつもりです」
「あのぉ、話があまり見えてこないのですが、一体何のお話をされているんでしょうか?それと、そちらの方は烏岩先輩の先輩...ということで間違いありませんか?」
「内輪の話になってしまってすまないね。まず、こちらの人を紹介すると、彼は姫川蒼真さん。学年は私の1つ上で、姫川先輩もまた関東第一の卒業生だから、君たちにとっても先輩ということになるね」
「姫川先輩も...ということは、もしかして周りの皆さんも?」
「うん、ここにいるのはみんな、関東第一のOBで間違いないよ。そして今、先輩と話をしていたのは今年度に開催される魔法大学と魔法高校の合同演習についてなんだけど...」
「それってたしか、今度の1~3月のどこかで開催する予定って言われているイベントですよね?」
「そのことなんだけど、どうやらその内容が『合同演習』から変更されるらしくて、それに伴って開催時期も『年度内』から『年内』に変更されるみたいなんだ」
「えっ...年内ってもう半年くらいしかないと思いますけど、それっていつ決まったお話なんですか?」
「正式な連絡が来ているわけじゃないんだけど、ここ最近決まったみたいだね。私たちも一昨日、うちの学年の情報通経由でその話を知ったばかりなんだ」
「でも、どうして今回だけ前倒しなんでしょうか」
彩音が当然のような疑問を呈するがその疑問に答えたのは太一だった。
「今年度は冬季オリンピックが国内で久しぶりに開催されるから、演習に回してる警備もできるだけそっちに回したいみたいな意向があったんじゃないか?烏岩先輩、俺は時期より内容の変更って方が気になるんですが...何があったんですか?姫川先輩の話からしたら、なんか嫌な気しかしないんですが」
「こちらが把握している時期変更の理由もそんな感じだったね...それと内容変更については、これまでは君たち高校生が関東と関西、それぞれのキャンパスで開催される演習に参加して、密度の高い練習や高度な技に触れることでそれぞれの技を高めていく、というのが目的だったりしたんだけど、今回は出身校別の対抗戦に変更されるみたいなんだ」
「ただ、その対抗戦に参加する基準ってのがちょっと曲者でな。今のところ高校2年以上の各学年からそれぞれ参加させなきゃならないって方向で調整が進んでいるらしいんだ」
「今の時点で判明しているのはそこまでで、各学年のエントリー人数や競技の内容といった詳細はまだわかっていないんだけど、魔法版の国体みたいな感じになるんじゃないかって予想してちょうど動き始めたところだったんだ」
「げっ、そういうことか...」
「勘のいい奴はきづいたっぽいが話を続けるぜ...今年うちに入学してきた1年や来年入ってくるだろう高校3年は、これまでの合同演習とかで実力は大体把握してるから選ぶのに苦慮するってことないんだが、問題は2年だ」
「一応、今年の卒業生...君たちが入学した当時の3年生から、君たちの中で入学時点から有望と言われていた生徒やこれまでの基礎演習で成績が良かった生徒がいなかったか、聞き取ったりはしたんだけど、フィールド演習になった瞬間に成績が落ちる生徒っていうのは、どうしても一定数いるからね。事前調査は調査で参考にするけど、最終的には自分たちの目で実際に見て判断しようってなったんだ」
「姫川先輩の先ほどのお話にはそういった背景があったんですね」
「とはいってもまあ、結果は事前に聞いてた評判とだいたい一致してはいたんだが...中には予想外の掘り出し物もあったってところだ」
姫川はそう言いながらその視線を太一のほうへと向けた。
「なるほど、それが太一だったと...たしかに太一は基礎演習の時、周りが違和感をあまり感じない程度に手を抜いていたので、今回の結果だけを見たらそう思われると思います」
「ああ、そういう奴ってたまに出てくるんだよな」
「あの...もし教えていただけるのならですけど、事前に聞き取られた中で評価が高かった生徒って誰になるんですか?」
「太一と違って、とにかく最初から評判が良かったのは石動だな。それから今回3位の天宮...だったか?そいつは突破力って観点でかなり期待できるって意見があったな」
「そうなんですね」
「もちろん、天宮君とチームを組んでいた紅川君や白崎さん、君の評判もかなり高かったんだよ?」
「わ、私もですか!?」
「見ている人はきちんと見ている、ということだね。基礎訓練も含めて、こういった実技では見た目が派手なものにどうしても目が行ってしまうけど、例えばチーム戦ではサポート系の魔法を得意とした人が加わるだけで、戦い方の幅が大きく広がったりする。君と彼ではサポートの内容に違いはあるけど、どちらの評価も高かったというのは本当だよ」
「あ、ありがとうございます」
「最終的な決定は詳細が分かってからにはなるが、イベントの規模を考えたら2年のエントリー数が1人や2人ってことはないだろうから、声がかかる可能性が高いだろうってことは思っておいてくれ...ただ、鎖藤と石動はほぼ内定だからな」
「期待に応えられるように準備しておきます」
「正直言うとめんどくさいんですけど、話聞いてると拒否権はなそうなので、派手に動くようなものは全部石動に押し付けて、俺は大量のトラップを仕込んでおきます」
「太一、君という人は...」
「あー、今回色々仕掛けてたあのトラップ群だな?うちににもそういったのを得意とする奴がいるから、次合う時までにえどんなことができるのか、リストアップしておいてもらえると助かる」
「了解です」
「おーい、待たせたな...って、何の話してるんだ?」
「この人たちが誰なのかからもう一回説明していくとちょいと時間かかるんだが...先輩、どうしますかね?」
「こっちに来たバスももう少しで出発するだろうし、帰りの道中で代わりに説明しておいてもらえるかな」
「...ってことだから順一郎、こいつらへの説明は頼んだ」
「...?一体、何の話をしてるんだ?」
「そうなると思ったよ...2人とも、詳しい話はバスの中でするからまずはここを出よう。先輩方、それではこれで失礼いたします」
そういって太一たちは烏岩たちに別れを告げて教室を出ていった。
2話連続で更新タイミングが遅くなってしまいましたが、本日、第26話を更新しました。
今回、烏岩先輩が先々代の生徒会長だったことが明らかになり、姫川先輩というちょっと個性の強いキャラが新たに登場しましたが、この2人は今後もたびたび登場する予定ですので、今後の活躍を期待?いただければと思います。
また、今回の更新内容に合わせる形で第8話(烏岩先輩登場の回)の内容も修正していますので、併せてご覧いただければ幸いです。
これからも引き続き、よろしくお願いいたします。