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第八話 ヒカリを喰らう者


「俺はルナ・ヴァークハルト。お手伝いに来てたんだけど、覚えてるかな?」


 男は亜人ではなく、人間であった。確か、軍の命令で、父と母の手伝いをしていた男だ。軍人ながら、多少の医療の心得はあるようで、父と母を除けば、最も熱心に働いているように見えた。

 口下手だが、子供の扱いも上手いようで、私も何度か、彼とお話したことがあった。


「今は時間が惜しい。ヴァルゴって男がどこにいるか知っているかい? あと、できれば手伝ってほしいんだけど……、皆を救うために、手を貸してくれるか?」


 男はそう言って、手を差しだした。私はその手を取ろうとして……やめた。


「私には……できません。父と母を人質にされてるんです。だから、私は、裏切ることは許されないのです」

「なるほど、それで……」


 男は一瞬、考える素振りを見せたが、すぐに再び手を差しだした。


「でもさ、たぶんこのままでも、父さんと母さんは助けられないぞ」

「え……?」

「そもそも、相手側に君の要求を呑むメリットがない。君を利用するだけ利用して、二人を殺してしまっても、何の問題もない」

「そんな……なら、どうしたら……」


 よく考えれば分かることではあった。しかし、奇跡を願っていた。父と母と一緒に、故郷に帰るという奇跡を。


「いいかい?」


 男は私と視線が合うように屈むと、手を伸ばした姿勢のまま、優しく語り掛けた。


「誰かを助けたいと、何かを成し遂げたいと思うのなら、行動の中心には自分がいなきゃならない。他人に最終的な決定権を握らせたままでは駄目だ。君自身が考えて、君自身が行動に移し、君自身が運命を決めるんだよ」


 私は、男の言葉を受け止めて、震える手を差しだした。男の言葉に、縋りたいと思ったから。

 しかし、男の手に触れる前に、男は私の手を引っ張って、私を抱き寄せた。


「えっっ?」


 瞬間、轟音、衝撃。


 見ると、剣と剣が、私のいた位置で十字に切り結ばれていた。


「さすがだなァ副隊長ぉ、この攻撃を弾くとはァ……」


「そうでもないさ。ヴァルゴ、貴様は腕が鈍ったんじゃないか?」

「はっはっはっ! 俺にそれを言うなんて、最高のジョークだなァ副隊長ぉぉおおおおお!!!」


 私は、二人の剣戟の余波だけで吹き飛ばされそうになった。目前に盾系の魔法を展開し、何とか防ぐ。

 それにしても……。

 黒服の男の動きは圧巻だった。明らかに単純な力のみではヴァルゴとかいう男の方が強いが、魔力の体内操作が人並外れて上手いのだろう。向上魔法のような強化も見られないのに、明らかに人外の動きだ。


「ははァ……、さすがの俺も『不滅の亡者』が相手は苦しいかァ……。よし、おい、女、手を貸せ」

「……え?」

「その男を後ろから攻撃するんだ。俺の言っていることが分かるな? 逆らえばどうなるかも、分かっているな?」


 私は視線を黒服の男に向けた。彼はスキンヘッド男に剣を会わせるのに集中していて、私の方まで意識が向いていないようだった。


 今なら、殺せる。


 一点に力を集中し、魔法を放てば、その脳髄を撃ち抜くことができるだろう。


 震える手を、抑えて構える。視界はぐにゃりと歪んでいる。撃たなければならないのに、撃っていいのか、本当にそれでいいのかと、何度も魂が警告する。


 ふと、彼が言っていたことを思い出した。


『他人に決定権を握らせたままでは駄目だ』


 今、もし、黒服の男を殺して、大男に従ったとして、そこに未来はあるのだろうか。


 いや、私を解放するメリットが、あの男には何一つない。なら、これからもずっと、両親を人質にして、私を利用するであろう。


『君自身が運命を決めるんだよ』


 今まで、自分で何かを決めたことなんて、あっただろうか。


 勉学も、食事も、全て親が与えてくれたものだ。その親が人質にされているというのに、私はテロ組織の長に従っているだけだ。


 私が、決断するんだ。誰かではなく、私が。


 手を震わせていた何かは消え去り、視界はクリアになった。やったことのない術式。されど、今、きっともっとも必要な術式。それを唱える。


 私が運命を決める。けれど、私じゃ、あの男は倒せないから。


 思念で手の前に魔法式を構築する。魔法を短縮するグローブも持っていないので、正式な術式として、それを顕現させる。


「我が魂を彼の者に・我が運命を彼の者の手に・彼の者に力を」


 私の手が赤く発光する。黒服の男と剣を交わしているヴァルゴは、魔法の内容まで理解できなかったのか、ほくそ笑んだ。


「よくやった。君は、選んだんだ。自分の力で」


 一瞬、黒服の男は優しく微笑みかけると、その瞳は、赤く、鈍く、染まった。

 異変に気付いた大男が声を荒げるが、もう遅い。


「終わりだ、ヴァルゴ・ヴェルデゴーレ!」


 黒服の男は、空中で反転し、黒鉄の刀は、半月の軌道を描いて、ヴァルゴとかいう男の左半身を斬った。もともと魔力操作で自身の膂力や速度を何十倍にもしていたのだ。向上魔法で強化され、繰り出された斬撃の速度に、対応できるものなど、そうはいないだろう。


「おっおっおっ……あ? がぁああああああああああああ!」


 大男の左半身は、しばらく斬られたことに気づいていなかったようだ。二秒、三秒と経って、ようやく、ずるりと落ち始めた。


「へっ、はあああぁあああああああ!? いいのかぁ? てめえの親を殺すぞぉぉお?」


「殺させません。私が、あの二人を救うんです。あなたを、ここで倒して!」


 私は叫んで、再度手を前に構えた。この男は、私が殺さなければならない!

 しかし、またしても、私の体は、黒服の男に突き飛ばされることとなる。

 何事かと思い、立ち上がろうとしたが、それは叶わなかった。


「――っ!」


 感じたことのない威圧が、魔力が、私の足を縛り上げていたのだ。しかも、黒服の男は、私を庇うように盾系の魔法を全面に広げている。それで、この衝撃。

 黒服の男も、驚愕しているようであった。

 対面に立つヴァルゴとかいう男は、体中に血管を浮き上がらせ、泣きながら嗤っていた。その表情は、狂気に満ちていた。


「ヴァルゴ、貴様、魔法師を『喰った』のか……? この魔力、いったい何人?」

「へへへぇぇえあああ、数なんて忘れたねぇえ、あと、副隊長ぉ、「魔法師」だけ、じゃないぜ」


 ヴァルゴは言いながら、右手を水平に広げた。その先には、黒い靄がかかった、穴のようなものが出現した。


「まさか貴様、ラルゴを……」

「ああ、簡単だったぜぇ、寝ている奴を撃ち殺して喰うのは……。魔力が強え奴ってのは、何であんなにジューシーでうめえんだろうなぁ」

「すでに人の心は無くしていると思ったが……分かっているのか? 人が体外から過剰に魔力を摂取したら、正気なんて保てなくなる。毒を飲んでいるのと同じなんだぞ!」


 その言葉を聞いて、スキンヘッドの男は、その頭を時計の針が動くようにカチリと動かして、その面からは表情が消えた。


「そんなことは分かっている。だがなぁ、副長ぉ、こんな世界で、正気なんて必要だと思うか?」

「戦争は、終わったんだぞ、ヴァルゴ」

「戦争? ははっ、戦争なんてなくたって、この世界はもともと狂ってやがるっての! 戦争なんてなくたってなぁ、人を締め上げる抑圧は終わらない。争いも、殺しも、なくならない! 平和なんてもんは、訪れねぇのさ」

「なら……俺たちは、一体何のために戦ったと言うんだ?」


 ヴァルゴは姿勢をまっすぐに正すと、対照的に目を見開き、よだれを垂らしながら嗤うという異常な表情を浮かべた。


「何のためぇ? そんなもん、自分のために決まってんだろうが! 今回のテロだって、俺が、俺のために利用したに過ぎねえ。俺はあの戦争で契約者になってから誓ったんだ。自分のためだけに生きるってなぁ。欲望の向くままに進むぅ! あんただって契約者なんだから分かるだろぉ? 人は結局ぅ、自分のためにしか生きられねぇ!」


 黒い穴は、大男が入れるほどの大きさまで広がった。あの穴が何なのかは分からないが、危険なモノだということは分かった。

 私は、現存する魔力をかき集めて、魔弾を放った。属性も何もない、ただの魔力の塊。けれど、少しでも隙を作れば、黒服の男に好機を与えることができるかと思ったからだ。

 しかし、男は頭に直撃しそうになったそれを、小指で弾くと、高らかに笑った。


「はははは! にしてもなぁ! 今日一番面白かったのは副長との闘いじゃねえ! あの小娘さ!」


「何を、言っている?」


 黒服の男が聞き返す。私は嫌な予感がして、耳を塞ぎたくなった。けれど、大男の声量は強く、礼拝堂の中を響かせていた。


「ふひひひひひ! だってよぉ、あんなに必死に俺を殺そうとしてきやがってよお! 『私が、あの二人を救うんです』って! ひゃひゃひゃひゃひゃ! もうあの二人、とっくに死んでるってぇのに!」


「………………え?」


「最高だったなぁ、傑作だあ! 味の感想でもしてやろうかぁ? まずあの女だがなぁ……」


 大男が言いかけて、風の音が鳴った。黒服の男が刀で斬りかかったのだ。しかし、お男は黒穴に半身を投じており、左耳の先が斬られるにとどまった。


「怖いねぇ副長ぉ、まだアンタは殺せねぇようだ。準備ができたら、また殺しに行くよぉぉお、その小娘も一緒になァ」


 大男は、黒穴に消えていった。どういう仕組みかは分からないが、大男は、その場から、完全に姿を消した。




 礼拝堂には、月の光に立ち尽くす二人の影だけが残った。


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