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第七話 私のヒーロー


 ごぼごぼ、と慌てて息を吐くが、不思議と、ここでは呼吸できるようであった。

 私が目を覚ますと、そこは透明な液体の中であった。


「(あれから、どうなったのでしょう……)」


 私の体は、透明な液体、おそらく薬品のようなものに、裸にされて入れられているみたいだった。周囲を見渡すと、同じように裸にされた、私と同年代ほどのエルフの少女たちが、薬漬けにされていた。私が入っている液体は無色透明であるが、周囲の、容器に入れられたエルフたちが入る液体は、薄黄色になっていた。


 見るに、ここは亜女薬の開発室であろう。薄暗く、でもさっきまでいたところよりも明らかに大きな礼拝堂。何人ものエルフが、闘技場の観客席の半分のように、敷き詰められていた。そこまで狭くはないが、暗さから、圧迫感を感じる。



 でも、私は、この場所を……知っている?



 気にかかったが、無駄な時間だと思い、状況の整理に戻る。

 誰もが、ビクビクと体を震わせて、恐怖で慄いていた。少女たちの表情は暗く、液体の中で泣き出してしまっている者もいる。

 隣の子を見る。歳は、私よりも一つか二つほど下であろうか。銀色の長髪をして、弛んだ目をしている、大人しそうな女の子であった。

 魔力がやけに弱い。しかし、集中すれば、なんとかなるレベルだ。ただ、容器を破壊して脱出するという強硬手段が使えないことが、惜しい。

 液体越しでも、少女たちの魔力が軒並み高いことは分かった。私は勇気を出して、隣の女の子に、話かけてみた。


「すみません、ここのことを聞きたいのですが、よろしいですか?」


 少女は驚いた様だ。液体の中で声は出せないが、ある程度の魔力を有しているなら使える、伝達魔法でコミュニケーションをはかったのだが、無理そうだったか。


「こうやって話すことはできませんか? よければ、お話を聞きたいのですが」


 怯えた様子の少女は、しばらく間をあけて、ゆっくりと話し出した。


「……できるのです。何が……聞きたいのです?」


 少女は疲れ切ってもいるようであった。ますます不安になる。ここまでの情景でも異常なほどだが、一体、ここでは何が行われていたのか。


「私の名前は、サニィ・トワイライトです。あなたは?」


 問われた少女は、あくまで俯いて、ぼそぼそと呟くように自分の名前を応えた。私は続けて、ここで行われていることを、なるべく刺激しないように聞いていった。











「なん、てことを……!」


 聞けば聞くほど、ここは最低な場所であった。

亜女薬の製造法などは分からないが、亜人の女に恐怖を与えて作るということは知識として知っていた。しかしこれは……。


「私……もう何度も何度も何度も何度も……。家族も、薬にされて、疲れ切って死にました。もう、私なんて、帰っても、居場所なんてないのです……!」


 涙が、端から端まで溢れ出した。注視すると、少女の顔も体も、数えきれないくらいの傷があった。切り傷、打撲など、痛々しいものであった。

 許せない。けれど、今の私では、何もしてあげられない。

 だから、私は、彼女を安心させるように、こう、応えるのである。


「大丈夫です。あなたは今日、助かりますよ。居場所だって、きっと見つかります」

「どうして、そんなことが言えるのです?」


 だって、あの人は、私のヒーローだから。

 絶望から助けてくれた、居場所を与えてくれた、ヒーローだから。


「ルナ様は……、私のヒーローは、最強なんですから」


 私は確信している。

 どんな絶望の中にでも、彼は現れて、助けてくれるのだと。

 しかし、




「やあ、目覚めたみたいだね。サニィ君」




 ヒーローが来る前には、必ずピンチが訪れることも、また、知っている。















「「「「「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」」」


 絶叫が、絶望が、暗い部屋に満ちていた。


「(ぐっ……)」


 私は、歯ぎしりをして耐える。それでも、体中に伝播する電撃の痛みは、消えてくれるわけではなかった。


 ジジジジジ……、ジジジジジ。

 体を焼き切るような痛みが、一定の速度で襲い掛かる。

 亜人に恐怖を与えるための、雷撃。青白のフラッシュとともに繰り出される稲妻は、殺すことはなく、恐怖のみを的確に植え付ける。


 少女たちは叫び、狂う。そうしなければ、精神を保つことができないからだ。

 隣の弱気な銀髪少女は、狂いきることもできずに、ガタガタと手と歯を震わせていた。

 私は伝達魔法で、何度も、大丈夫、大丈夫と声を掛ける。

 支えになってくれた、あの人のように。いつも苦しそうなあの人の、力になりたいと思うから。

 だから、私は恐怖することはない。絶対に。



 あの日から、そう誓っている。
















       ◇














「役目を全うしろ。決行は明日だ。分かったな?」

「……はい」


 あの時の私は……、今よりも幼くて、弱かった。

 単純な強さの話ではない。心が、弱かった。


「分かっているな? お前が裏切れば、お前の両親の命はない」

「…………はい」


 そうやって、顔が引き裂かれんほどのニヤケ面を浮かべる、スキンヘッドの大男の言いなりになるしか、あのときの私にはできなかったのだ。









 私は、エルフの、上位貴族の生まれだった。

 両親は貴族ながら医学に精通しており、戦後も活躍していた。戦場と隣り合わせの都市、かつて人間のみの領土であった南方の、もっとも北端で、もっとも栄えている都市「ユトピア」。ここが、戦後の彼らの仕事場であった。


 戦後一か月にあたる頃。この都市には、未だ多くの負傷者で溢れていた。人も亜人も、あの戦争で殺し合っていた軍人たちは、傷だらけであった。そんな折、和平を結んだこともあって、医者としても優秀な両親は、かつて人の都市であったこの「ユトピア」に派遣されたのである。まだ幼かった私は、両親についていくこととなった。


 私には魔法を扱う素質があった。両親は、「これからも魔法の時代は続く」と毎日のように言っており、その教育方針通り、私は魔法の鍛錬をしていた。広い広い治療室の隅っこで、時々、患者とお話をしながら。


 派遣は一ヶ月もすれば終わるとのことであったが、私は、この街を好きになっていった。人も亜人も、少なくとも、この治療室では仲が良さそうにしていたし、何より、海が近かったから。私は、さざ波のように、ゆるやかであたたかな日々を送っていた。そして、その生活を、気に入っていったのだ。


 しかし、そんなとき、奴らは突如、現れたのである。



「亜人を殺せ! この国は俺たちの国だ!」

 


 戦争で勝てなかったのは、軍が無能だったからだ。

 俺たちの税金を返せ。

 亜人を許すな。


 そう叫びながら、奴らは軍の本部に乗り込んできたのである。軍本部に隣接していた治療室にも、彼らは乗り込んできた。何人かの優秀な兵士と、医者である両親、そして私を誘拐して、彼らは、軍に追われるように撤退していった。


 彼らは一部の市民と兵士が合同で設立した、革命派と呼ばれるテロ組織であった。軍がなぜ、ここまで襲撃を許したのか。それは、彼らの長が、契約者だったからである。


 ヴァルゴ・ヴェルデゴーレ。


 筋肉が山のように盛りあがった、体長は二メートルに達するほどの大男は、そう呼ばれていた。スキンヘッドにサングラスとかいういかにもな恰好をした彼は、契約者で、テロのリーダーだったのである。


「お前は戦闘員だ。一週間後、再び強襲をかける。手を抜いたり、裏切ったりしたら、分かっているな」

「…………はい」


 彼らのアジトは、教会であった。彼らはここを占拠し、軍から持ち寄った武器を、礼拝堂に集めていた。その礼拝堂にて、私はある種の拷問を受けた。

 彼らは、私には指一本触れなかった。その代わり、両親を徹底的に痛みつけた。

 私は椅子に手足を縄で固定された。必死に抵抗したが、魔力を使い切り、最終的に契約者の男に拘束された。動くことは、できなくなっていた。

 父は、優しかった。メガネの裏ではいつも笑顔が絶えなかった。怒った姿など、一度も見たことがなかった。


 父は、医者の命である指を切り落とされ、顔面をぐちゃぐちゃになるまで殴打された。


 母は、若かった。加えて、誰もが羨む美貌の持ち主であった。快活だった母は、仕事場の皆の憧れであった。


 母は、薬を何回もうちこまれて、数十人の男に囲まれて犯された。


 耳の裏にこびりつく父と母の絶叫。忘れられるわけがない、血と精液の醜悪な臭い。

 瞼に映る、父と母の、絶望した表情。

 それを目の当たりにして、「裏切ったらこいつらを殺す」と言われて、抵抗なんてできるわけがなかった。


 教会の地下にある牢のようなところに入れられて、六日を私は孤独に過ごした。最低限の食糧は与えられたが、手をつける気にはなれなかった。夢であってほしいと思った。私は、ただ、早く抜け出したいとだけ考えるようになっていた。


 六日目の夜半。やけに煩くて目を覚ました。牢を開けて、見張りの男が頬を叩いてきた。


「侵入者だ。殺せ」


 そう言われて、魔力感知を行うと、よく分かった。侵入者が何人いるかは分からないが、とにかく、交戦状態のようであった。心が殺されていた私は、従うしかなかった。


 もう、ここで死んでしまいたいとも、思っていた。


 



 





 現場へと向かうと、そこは凄惨の一言に尽きるものであった。

 テロ組織の構成員は、立っている者はおらず、その全てが首を切り落とされていた。完膚なきまでの絶命であった。礼拝堂の床は、べっとりとした血でカーペットができていた。

 死体の山の向こう側に、黒づくめの男が、こっちを振り向いていた。


 男は、ゆっくりと歩いてくる。


 黒の革靴を血溜まりに浸しながら、ゆっくりと近づいてきた。

 死の匂いが近づいてきて、私の心音は荒れた。私は、どうにかしなければという一心で、男に向かってありったけの魔法を撃ちこんだ。


 火、氷、風、雷。敵は、一人、狙いを定めて撃ち続ける。しかし、そのうちの何一つ、彼に直撃することは無かった。


「なんで……、どうして!」


 男は私の放つ魔法を、ダンスするかのように、舞いながら避けた。動作はゆっくりしたものなのに、まるで彼のところにだけ、火や氷が避けていくみたいだった。

 仮面の男は私の前に立つと、柄に手をあてた。シッッ! という静かな音が耳に入ったとき、私はもう、死を確信していた。ここで死ぬのなら、もう、それでいい。そう思って、身を委ねた。


 しかし、いつまで経っても、その時は訪れなかった。


 私が恐る恐る目を開けると、そこには、仮面を外した、見覚えのある、男の姿があった。


「君は、トワイライト夫妻の、娘さんだね?」

「あなたは……」

「俺はルナ・ヴァークハルト。お手伝いに来てたんだけど、覚えてるかな?」



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