第三話 甘々タルトと不穏な影
「ルナ様! いちごがっ! いちごがこんなに乗っています……!」
「うわ、ほんとだすごいなこれ」
翌日。約束通り、ルナたちは都市の商店街へと遊びに来ていた。数ある店の中でも、海に近く、特に活気づいている店、ケーキ店シュワレのオープンテラスで、名物タルトとにらめっこしていた。
いちご尽くしのカスタードタルトというネーミングにもあるように、このケーキの上にのっているイチゴの数は半端じゃなかった。いちごが大好物のサニィのためと思い、単品でなくホールで注文したのだが、この量は大丈夫だろうか。
ルナが切り分けて、それをサニィの皿にのせてあげたのだが、それだけでもイチゴがこぼれ落ちんほどの量であった。
ちらりと横を見やると、目をキラキラさせてタルトを眺めるサニィの姿があった。とある事情からサニィはあまりこういったものを口にした経験がない。そのため、その表情は任務などでは絶対に伺うことのできない子供のような期待感で満ちていた。
「待ってないで。ほら、食べていいんだぞ」
「い、いただきます」
ぱくりと口に運んだ彼女は、文字通りほっぺが落ちたかのように顔をふにゃふにゃにしていた。一口、二口と、とどまることなくタルトはサニィの口の中に消えていった。
それなら俺も、とルナもそれを口へと運ぶ。いちごの甘くてすっぱい酸味と、濃厚なカスタードのクリームが口の中で溶け合い、見事に調和していた。それに、カスタードの甘さも、しつこいと感じるものではなくて、次々と食したくなる願望に駆られてしまう。
結局、あれほどの量のイチゴがのっていたホールのケーキを二人で完食し、会計を済ませた後、目前に広がるブルーの景色と、塩の香りが心地よく、いつまでもいたいと感じたが、ルナたちは商店街を散策することにした。結局、昨日寝落ちしてしまってから予定など立てる暇もなかったので、デートのシナリオなどないのだ。まあ、デートというよりも、ルナにとっては子供を遊びに連れていく感覚であったが。
商店街は様々な店が混在していた。洋服店や本屋、百貨店など、多種多様であった。片っ端から店内を物色していった二人は、それぞれ趣味のものだけ購入していた。ルナは本、サニィは服飾品である。
季節が夏だということもあって、水着の店なんかも出ていた。私服を着る機会もあまりないルナたちであったが、港町でもあるここ、都市ユトピアでは、年中利用できる遊泳場がいくつもあった。ルナとサニィは、数少ない次の休みに海に出かける約束をして、水着を扱っている店に入った。サニィが「お先にどうぞ」と譲るので、男ものから先に選ぶことになった。ルナはざっと商品を眺め、水陸両用の、青のラインが入った白い海パンを選んだ。
「もう少し選んでみてはどうですか?」
「私服でも着られるし、ダサいわけでもないし、金額もちょうどいいくらいだし……、俺はこれでいいよ。次はサニィのを選ぼう」
サニィがまだ少し不満そうだったが、気にせず買い物籠の中に入れて移動する。メンズと比べると、女性ものの水着は種類が莫大に多かった。ファッションというものにあまり興味のないルナは、良し悪しも分からないので、サニィの自由に選ばせた。選ばせたのだが……。
「なあ、これはちょっと刺激が強すぎじゃないか?」
「何を言っているのですか! 私はもう十五歳なのですよ! 普通ですっ!」
「そ、そう、なのか? 時代は変わるもんだなぁ」
などと、妙に食い気味なサニィに、しみじみとしながら応えてみる。試着した彼女の姿は、歳のわりには刺激が強いように感じた。カラーはイエローで彼女に合っているとは思うが、布面積が極端とは言わないまでも小さい気がする。彼女は子供とはいえ、胸はそこそこある方だし、小心者な性格もあるので、変な虫がつかないか心配にもなる。
「に、似合ってませんか?」
「いや……、そんなことは断じてないが」
上目遣いでそんな風に聞かれて、「似合ってない」だなんて答える男はいるのだろうか。ルナは大人になりつつある可愛い我が子に、何と応えたものかと逡巡していると、あるものが目の中に入ってきた。
「ん、サニィ、こんなのもいいんじゃないか?」
ルナが指さした方向の先にあったのは、真っ白なワンピースであった。純白のそれは、水着の上から着れるようで、生地も悪くない。よく見ると、ルナほどの者でも知っているほどの有名ブランドのものであった。
「え……、でも、ルナ様。このワンピースの値段って」
「ああ、気にしなくていいよ。今日ぐらいしか金を使う機会もないしな」
そう。朝から夜にかけては調査、夜中はメインの活動に時間を充てているので、金を稼いでも、使う時間はほとんどないのだ。こうして、まとまった休息を取れる日も少ないので、使えるときに使っておかないと、もったいないくらいなのだ。
申し訳なさそうに、けれど期待もあるような表情を浮かべながら、サニィは試着室へと入っていった。着替えた彼女が出てくるまで、時間はそうかからなかった。
「どう、でしょうか?」
「うん、いいね」
白のワンピースに包まれた彼女は、さながらお伽話の中から現れた妖精のようであった。サニィも大変気に入っているようであったので、ルナは即決で購入を決め、会計を済ませた。
店を出ると、もう夕刻のようであった。暖かな夕日が、港の都市を照らしていた。
「ルナ様、次はどうなさりますか?」
「うーん、そうだな。どうせなら夜も外食しようか、ここらへんで」
レモネードのドリンクと、海塩を練りこんだと言われる名物パンを二人で分けながら、海が一望できる場所で休憩していた。近くに立てられた時計は、午後の六時を指していた。まだ早いのでもう少し買い物を続けるつもりだが、今日ぐらいは早めに夕食をとり、早く休むのも悪くないだろう。遊びの所為で疲労が溜まっては元も子もないのだから。
「あのっ、でしたら夕食前の買い物で、行きたいところがあるんですけど……」
「うん? どこかな、言ってみて」
「えっと、最近よく話に聞くんですけど、ここからちょっと離れた場所にアクセサリーの店があるんです。高額なものばかりが置かれている宝石店とは違って、買いやすい値段のものを多く扱ってるんです。名前は確か、ブルムとかいう店で――――」
そこまでサニィが言いかけて。
ルナは俯いたまま突如、声を荒げた。
「駄目だっ!」
サニィがぎょっとした表情でルナの顔色を伺う。ルナは、はっとして、誤魔化すように言葉を続けた。
「い、いや、やっぱり今日は疲れたからね。帰りたくなったのさ」
ルナは表情を気取られないよう、サニィから視線を外して、空になったレモネードの容器と紙屑を捨てに行った。
心配そうな顔で見つめるサニィと顔を合わせないままに、ルナが帰宅しようとした、そのとき、
「アレン、聞こえるか」
脳に直接、語り掛ける声があった。状況を確認したルナは、サニィの手を掴み、走って一時帰宅するのであった。
認識阻害の魔法式が付与された服に着替え、二人は地下のアジトに向かっていた。
「隊長、今、どうなってます?」
「まだ、取引は行われていない。これは好機だ。今日、ここで奴と決着をつける」
ひどい臭いの酒場で、状況をさらに細かく伝達された。
一つ、認識阻害で居場所を隠蔽していた。場所は使われなくなった礼拝堂。かなりの大きさであるため、サニィの力を使わない限り、攻略は難しいとのこと。
一つ、敵の人数は十二、三人ほどの数しかいないとのこと。ただし、一人は契約者、他も強力な魔法師であること。
一つ、敵はやはり契約者であること。能力は具現系で、それも氷であること。
「具現系だからって気を抜くなよ。進化してるって可能性もある」
「情報はどこから?」
「うちの部下が独断で内部調査してたらしい。んで、今日大がかりな取引が行われるんだと。取引先のグループは別動隊で押さえる。お前ら二人は標的の抹殺だ。できるな」
ルナとサニィはこくりと頷く。一度息を吸うと、緊張感は解ける。軍刀を抜き、付与された魔法式に狂いはないか、刃こぼれはしていないか、確かめる。
いつものことだ。いつものように、殺すだけ。この街の闇が深いというのなら、闇より暗き、我等が影が、あとかたもなく消し去るだけだ。
「こうやって、部隊で動くってのも久々だなアレン。どうだ、戦場を思い出すか?」
「……俺があの地獄を忘れたことなんて、ないですよ」
「ははは! 思い出すなあ、お前が入隊してきた日のこと! お前あのときはほんっとにヒョロガリだったからなぁアレン」
「昔話は、これくらいでいいでしょう。俺たちは、もう行きます。あ、それと……」
「ん?」
不思議そうな顔をする大男に、ルナは階段に踏み入れる手前で振り返り、告げた。
「何回でも言いますけど、俺はルナ・ヴァ―クハルトです。そこのところ、よろしくお願いします」
言い残して、あっけらかんとした隊長の顔を拝めることもなく、ルナは部屋を去った。後ろを追うように、サニィも階段を上がっていく。
そうだ。アレン・ハットは、あの戦場で死んだのだ。今、生きているのは、ただの影、亡霊だ。永久に朽ちることのない、罪人を殺すためだけの機械にすぎない。
人と亜人が共存するこの国で、最も栄え、最も危険に満ちた故郷の街の平穏を裏から守る。そのためなら、全てを賭けられる。全てを、捧げられる。
大切なあの人が、幸せになれるなら、他の全てを切り捨てて見せる。
ルナは、戦場に赴いたそのときから抱き続ける覚悟を胸に、夜の街を駆けだした。
今日はあと一話投稿します(ФωФ)