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第二十一話 狂気比べ、その決着

 

 ルナは、ヴァルゴが引き起こした異常現象を、抜刀の構えのまま眺めていた。おそらく、あれが彼の全力なのだろう。全長の三倍ほどに膨張した右腕、それには無数の口と牙が蠢いていた。そして、彼が最後の式句を唱えたとき、空中に浮かんでいた無数の魔法が、全て右腕へと集まっていった。


 雷も風も氷も炎も、一つになって魔力は最大限まで膨れ上がった。巨大化した右腕は、どす黒く濁り、やがて漆黒となる。腕はうねり、まるでそこに化物が棲みついているかのような形相となっていた。


「ああ、かわいそうに」


 数刻前のルナであれば、あの強大な魔法を見て卒倒していたのだろう。いや、彼が持つ魔力量は分かっていたのだから、あれを出させないように動き回っていただろうし、出させたとしたなら、敗北を予感していたのかもしれない。


 けれど、今、ルナは、歪な怪物の腕を見て、慈愛の気持ちをもっていた。魔法の強さとは、単なる魔力の上下では決まらない。そのことを、知れたから。

 対して、彼は、本当の強さというものを知らないのだ。彼の魔法には、何も籠められていない。空だ。だから弱い。そして、本当の強さに気付けないこと、籠める想いが何もないこと、それを可哀そうだと思ったのだ。


 これまでも、そしてこれからも、ルナが手を抜くなんてことはないだろう。しかし、ここで彼を追わずに真っ向勝負を引き受けたのは、単に慈愛の精神からであった。彼はきっと勘違いをしている。そして、その勘違いを正して殺すことこそ、彼への、何より被害者への弔いになると思ったのだ。


 仕事人のルナが、こんな想いを抱くとは思ってもいなかったが、おそらく、さっき、大切な人からの優しさを思い出すようなことがあったからだろう。


 ルナは翼を広げ、魔力を伝達する。左足を半歩下げ、柄に手を当てる。瞳を閉じれば、安らぎとともに、籠めるべきものはそこに映った。開眼し、彼の魔法の、火種、核を見る。


 ルナが放つのは剣の技だ。魔法は使っておらず、魔力伝達による身体能力の局地的な向上に過ぎない。しかし、身体をめぐる魔力に、振りかざす刀に、それを籠める。


「行くぞ、ヴァルゴ」


 地を蹴り、ルナは天をも貫かん勢いで、空を翔けた。



 ――瞬間、刀と腕の衝突で、空気は揺れ、地には多くの皹が入った。



「潰ぅぅう、れろぉぉおおおおおおおおおおお!」


 ヴァルゴは雄叫びを上げながら拳を振りかざし、ルナへと肉薄した。頬の緩みが止まらない。負けるわけがないと思っているからだ。

 百を超える頃には数えちゃいなかったが、おそらく優に千は超える人間、亜人を喰ってきた。それらで得た魔力を総動員して放つ魔法だ。大都市の一つくらいなら、壊滅することだって不可能じゃない。


「喰わせろぉぉおおおおお! 俺にっ、奪わせろォォオオオオオ!」


 さらに威力を上げる。全ての魔法を練り上げた、黒の圧が、ルナを押しつぶさんと迫った。黒鉄の刀に、掌の口が噛みつき、牙を立てた。勝利を確信し、ヴァルゴの顔は醜く歪んだ。

 しかし、結果は、まったくもって異なるものであった。


「何故だ……何故だ……何故だ何故何故何故何故ナゼナゼナゼナゼなぜなぜなぜ」


 ルナの居合いは、掌の口を切り裂き、牙を砕き、漆黒の腕をも真っ二つに斬り伏せた。

 ルナはそのまま、刀を手早く引くと、振り抜き、袈裟切りにした。ヴァルゴの右半身がずるりと落ちると、下段に横一文字、そこから切り上げ、腕と足の全てを斬り捨てた。


 ルナは完全に抵抗のできなくなったヴァルゴの胸に、心臓の位置は外して左腕を突き立て、空中で固定させた。無論、ヴァルゴは血と体液の混ざった何かを嘔吐する。


「何故だ……なぜ……」


 喚き続けるヴァルゴに向けて、その首元に刀を押しつけながら、ルナは悟るように語った。


「教えてあげようかい? 君が負けた理由を」


 刃をさらに強く突きつける。ヴァルゴは呻くような声を上げた。


「魔法は、人の感情を、意志を、心を、顕現するものだ。あまり知られていない説だけど、俺はそう思うし、確信している。そして、その説の理論上では、魔法師同士が戦って勝つのは、より籠める想いが強い者となる」

「……はっ、笑わせるな。そんな子供の妄想みたいな説、正しいわけがないだろ」

「うん、確かに信じ難いな。でも真実なんだ。この「想い」ってとこを「狂気」に置き換えてみればどうだ? あの戦場ではマトモな奴から死んでいった。そして、狂っていた奴ほど、生き残った。俺は自覚している。この刀と、胸に満ちる狂気に。けど、君にはこれっぽっちもない。だから、君は弱かった」


 ヴァルゴの表情が、先ほどとは異なり、怒りで歪んでいく。それは、ヴァルゴの生き方を否定するようなものだったからだ。


「俺に、狂気がない……だと? いいや、違う! 俺は千をも超える人間を喰ってきた! 殺して奪ってきたんだ! 俺は狂気で満ちているはずだ!」

「いいや、君には狂気なんてなかった。君があの戦場で生き残れたのは運が良かっただけだろう。だって君の魔法、空っぽだったから」


 ヴァルゴは暴れ、噛みつこうともがいた。そのありきたりな姿勢こそが、自分の言っていることと反していることに、気付きもしないようだ。


「君、幼少期に何かあったろ? たぶんそのときの恐怖を上書きしようとして必死になっているんだよ。君がやっているのは狂ったふりだけだ。まあ、それで人を殺しているんだから、もう救いようがないんだけどね」


 ルナはもがき続けるヴァルゴが鬱陶しくなり、もう少し首の深くに刃を沈めた。どこかの神経が切れたのか、ヴァルゴはだらんとしていた。


「俺……は……、フリ、なんかじゃ、ない。俺は、喰らって、奪うんだ。そうやって、繋がりも、力も、心もなにもかもを、奪うんだ」

「いいや、君が奪えるのは喰った「対象の知識、膂力、魔力」だけだ。残念だけど、それは錯覚だ。よほど人の肉が不味かったんだろう」


 深く深く突き立てた刃を、ルナは引いた。胸に捻じ込ませていた左腕を引き抜くが、神経が切れていたので抵抗はなかった。ルナはヴァルゴの頭を掴み、刀を鞘へと収めた


「俺は、肉を喰い、一切を奪う……。俺は狂気、そのものだ」


 未だに本性を見せない強情なヴァルゴに、ルナは止めの一言を投げかけた。


「なあ、さっきから思っていたんだが、いいのか、そんな普通の喋り方(常人のそれ)で」


 ルナがそれを言った途端、ヴァルゴは神経の通っていないはずの身体を震わせ、瞼に雫を滴らせた。


 表情を次々と変えていく。


 怒りや笑み、おおよそ狂気だと思わせるそれを見せつけて、ひとしきり叫んだ後に、


「……いや、だ……死に、たく、……ない」


 そこまで言わせて、ようやくルナは居合いの姿勢をとった。


「残念だけど(ここ)が君の墓場だ。ヴァルゴ・ヴェルデゴーレ」


 振り抜き、首を引き裂いた。仇敵との戦いは、これで終わった。


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