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第二十話 すべてを喰らう者

 

 ヴァルゴは言葉で言い表せないほどの喜びの中にいた。

 副隊長と、あの綺麗な女を喰うのを心の底から楽しみにしていた。しかし、思わぬ伏兵が潜んでいたのだ。

 隊長から殺すように言われていたこのクソガキだ。殴っても、魔法をぶち込んでも、何度でも立ちあがってきやがる。まるで、戦場にいた頃の副隊長のように。


 どんな人生を歩めば、そんなことができる? どんなことを思って、そんなことをする?


 知りたい。ゆえに、喰いたい。奪いたい。その肉と血を貪り喰いたいのだ。


「ルナ様を、信じているからです。愛しているからです。それ以上に、理由なんてありません」


 真っすぐな愛情。熱情だ。火傷しそうになるほどの。ああ、そうだ。だったら――、


「オメェはァ、ソテーにしてやるよぉぉおぉおおお」


 右の手を天に掲げた。数百もの魔法式が浮かび上がる。それは全て、灼熱の赤の色をしていた。


「燃えろぉぉおおおおおおお!」


 式句を言い放ち、手を縦に振った。無数の赤が点滅し、炎弾の雨が降る。この狭い通路では、避ける場所も隠れる場所もない。折れた翼では、この魔法を防ぐことはできない。彼女が燃え、黒焦げになるのは、自明であった。


 しかし、その炎が、彼女に届くことはなかった。


 バシュバシュ、という、炎の魔法が直撃したにしてはみっともない音の繰り返しとともに、白い煙が巻き上がった。その煙が晴れると、そこには、ヴァルゴの後ろにいるはずの、気絶していたはずの、黒い炎に苛まれていたはずの男が、何事も無かったかのように、立っていた。


「さあ、決着をつけようか、ヴァルゴ」


 男は、静かに嗤っていた。



 ◇



 目を覚まして見た光景は、絶対絶命のモノであった。

 ヴァルゴの頭上にある魔法式、色から察するに炎系統のそれは、数百に及んでいた。対して、サニィは防ぐ手段も、避ける手段も、持ちえないようであった。

 助けなければ。その一心で地を蹴った。すると、自分でも驚くほどの速度が出て驚いた。まさに、疾風の如き速さであった。


 彼女の前に立つ。襲いかかる炎の弾の数々を見た。やけにゆっくりとそれらが見えた。思う。おそらく、彼女が向上魔法を掛け続けてくれたからであろう。

 視覚や動体視力などの感覚、全能感を感じるほどの身体能力の向上、これらは、彼女の熱が、与えてくれたものだ。彼女の愛が、くれたものだ。


「遅れてごめん、あとは任せてくれ、相棒」


 涙を堪える相棒の姿が、見なくとも分かった。


 炎弾は、魔力探知を研ぎ澄ませると、ただの炎となった。魔力の炎だ。ロックとの戦いで分かったのだが、炎のように燃える魔力から創られる魔法には、たった一つだけ弱点がある。それは火種だ。炎の中心、そこには、魔法を構築する基盤となる核がある。どんな魔法も、そこから構築されるのだ。


 意識を集中させる。防がねばならぬ炎を選別し、その火種を確認する。刀を抜き、斬るのではなく、当てていくような意識で身体を動かした。バシュバシュという音とともに、炎は破壊されていった。俺の刀で、斬り伏せた。


魔法破壊(スペルブレイク)とでもいったところかな」


 煙が晴れる。驚愕した表情で、仇敵ヴァルゴが姿を現した。

 もう、逃がさない。こいつは、ここで殺さなくてはならない。

 刀を向け、ルナは宣言した。


「さあ、決着をつけようか、ヴァルゴ」



 ◇



 あまりにも現実味を帯びない光景が、広がっていた。

 ヴァルゴが放つ魔法の数々を、ルナは軽々と破壊していったのだ。消滅に近いのかもしれない。ルナは早期決着を着けようと、もの凄い速度で迫ってくる。

 彼を食い止めようと魔法を放ち続けるが、彼が通過すると、まるでそこには何もなかったかのように、消えていく。


「ありえねえっ……、ありえねえ、ありえねェェェエエ!」


 ヴァルゴは後退し、後退し、後退した。逆側の通路の壁まで追い込まれたヴァルゴは、諦めて撤退しようと、転移能力の黒穴を顕現させた。


「!?」


 しかし、逃げることは許されなかった。ルナの放つ刀剣の一閃が、黒穴を切り裂いた。

 ヴァルゴには理解できなかったが、これも魔法破壊(スペルブレイク)あってのものであった。転移させる、という能力をもつはずの魔法を消せるのは、核を潰すくらいしかなかったのである。


「舐めやがってぇえ…………」


 ルナは、間髪入れずに刀を振るった。その刃は、ヴァルゴの屈強な首へと向かっていた。


「舐めやがってぇぇええええええええええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 ヴァルゴは咆哮した。ルナの刃は、首へは到達しなかった。ヴァルゴの背中から生えた強大な翼が、それを防いだからだ。いや、翼などと表現してよいものではないのかもしれない。ヴァルゴの背中から二方向に生えたソレは、明らかに歪であった。数百、数千の、人の腕の、集合体だったのだから。



「ンああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



 叫び、衝撃と共にヴァルゴは天井を突き抜けて飛び立った。

 逃げるためではなく、二人を、奪って喰う、喰って殺す、そのために。



 ◇



 ヴァルゴは、上流貴族の生まれであった。幼少期、もちろん彼は何不自由なく生活していた。しかし、彼は、あまり可愛がられなった。彼もそれを自覚していた。なぜなら、やることなすこと全てが、退屈に感じられたからだ。


 食事は毎日、一流のシェフが作ったモノを与えられたし、教育も、一流の講師が行った。遊び道具は、望めばなんでも手に入ったし、人も、望めば寄ってきた。


 この家は、まるで監獄だった。生きている心地がしない。緩やかに死を待つだけの、牢屋であった。

 つまらぬ日々に飽き飽きしていたある日の夜中、ヴァルゴの運命を変える出来事が起こった。用を足そうと、自室を出た、その時である。ヴァルゴの住む館に、不似合いな絶叫なんてものが響いたのは。


 事が起こったのは、父の書斎であった。魔法学に関する、価値の高い本が多く置かれた場所であった。ヴァルゴが扉を開くと、そこには背の高い男が茫然とした様子で振り返っていた。男は窓に足をかけていた。少し迷うような素振りを見せたが、そのまま窓から外へと飛び出し、逃げて行った。


 中の様子を見ると、目についたのは、父と母の遺体であった。首元に刃を突き立てられていたようで、頸動脈が切れたのか、多量の血がべっとりと床に付いていた。

 ヴァルゴは驚きはしたが、泣くことも、叫ぶこともしなかった。ただただ、感激していたのだ。名も知らぬ、盗賊に。盗賊は奪ったのだ。勝ち取ってみせたのだ。二人を殺し、本を盗み、自分のモノとした。それだけではない。おそらくかなりの価値のある代物であっただろう。彼は、隠し通したとするならば、一夜にして、金も地位をも手に入れたのだ。


 その後、ヴァルゴは中流から、下流の貴族の親族の家をたらいまわしにされた。ヴァルゴは自分の待遇に驚くと共に、犯人へさらなる敬意を抱いた。あの犯人は、家族というつながりをも奪ったことで、日常をも、運命をも、奪ったのだ。


 ヴァルゴは奪うという行為そのものに、魅せられた。

 成長し、軍人として戦っても、その憧れが消えることはなかった。それどころか、地位を与えられれば与えられるほど、「奪いたい」という欲求は増していった。

 この世の全てを手中に収めたいとも、思うようになった。



 ◇



 雲を抜けるほどの高さまで上昇した。奴は追ってこない。おそらく、奴も力を溜め、迎え撃つつもりであろう。

 いちいち、癇に障る男だ。

 悪魔と契約してからは、思うがままに人を喰い、力も知識も繋がりも運命も、その全てを奪っていった。何人も何百人も。いくら喰い続けても、「奪いたい」という渇きが消えることはなかった。



 だから……俺は奪われるのではない、俺が、奪うのだ。



「放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ、放雷せよ、風を切れ、冷却せよ、燃えろ、増幅しろ、変化せよ、牙を立て、喰い尽くせ」



「収束せよ」



 呪うように無数の式句を唱えた。炎が雷が氷が風が、顕現された。右腕は巨体のヴァルゴの身体の何倍にも膨れ上がり、その腕のあらゆる箇所に、化物のような口が現れた。それらには強靭な牙が付いていた。

 最後の詠唱で、それらを一つの現象として、成立させる。



 ヴァルゴの発生させたそれは、異形そのものであった。


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