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第十七話 解き明かされていくモノ

 

 サニィは被害者の女性を抱えながら、建物の側面を駆けた。


「反転せよ」


 重力制御魔法、その式句。

 それを唱えると、黒靴に仕込まれていた魔法式が光り、魔法が発動された。身体に掛かる重力を反転させ、登るような感覚で下っていく。着地する瞬間に魔法をキャンセルし、重力を元に戻す。


 ルナに追加の向上魔法を掛けることができなかったのは、この魔法を使うためであった。重力制御。この魔法は、靴に魔法式を仕込んでいるが、使うのにかなりの魔力と、神経を要するのだ。

 結界の外へと出ると、そこには先輩の魔法師であり、契約者でもあるライナがいた。


「ライナ様、被害者の女性に外傷はないようです。ただ、意識がないみたいで……。薬か何かの影響だと思われます」

「分かったわ、私に見せて」


 応えたライナという構成員は、女性を寝かせると、エメラルドグリーンに輝く右の手を女性の胸へと当てた。

 ライナは南方の地域の、南端に位置する街の出身であり、褐色肌の女性であった。若いながら、髪の色が白いのも、そのせいである。契約している悪魔は『再生の悪魔』。

 ルナの『不滅の悪魔』とは異なり、再生の対象は他者である。四肢の欠損や出血によって失われた血、魔力欠乏により体内から消えた魔力などを、それぞれ死んだモノとして認識し、それを再生させるという能力。彼女は、戦時から、治療の役割として、部隊にもっとも貢献してきた一人である。


「……終わったわ。大丈夫。薬か何かで魔力がなくなってしまっていたみたいだけど、今、回復に向かってる。一時間もすれば、目を覚ますでしょう」


 言われて、サニィは被害者の女性を見た。そして、溜息を吐いてしまった。

 あまりにも、自分なんかでは比べ物にならないほどに、美しかったから。

 被害者のことを聞いたときのルナの表情を思い出す。あんな顔、見たことがなかった。おそらく、この人が、主の、想い人なのだろう。

 心が、ほんの少しだけ痛くなる。けれど、そんなことを考えている場合ではなかった。魔力はほとんど残っていないが、まだ、ルナのためにできることがあるはずだ。それを見つけなければ。

 そんなサニィの気持ちを察したのか、ライナが声を掛けてきた。


「あなたはどうするの? これから」

「何か、手伝えることはありますか?」

「う~ん、そういうことじゃないんだけれど」

「?」


 よく分からなかったが、苦笑して腕組みするライナの続ける言葉を待った。


「そうね……、結界の維持を手伝ってもいいと思うけど……あなた、本当は今すぐにでもあの人の元に行きたいのでしょう?」

「な! そっ、それは……」

「いいのよ。自分の気持ちには正直になりなさい。助けたいと思うなら助けに行けばいいのよ。そうしないと、必ず後悔することになるわ」


 言いながら、ライナはサニィの手を握った。緑の優しい光が、サニィを包む。儚げな表情をするライナは、身長差もあったため、どこか母親のような感じがした。


「私もね、助けてあげたい人がいるの。けどね、その人は勝手に一人で突っ走ってしまって、私のことなんか見えてない。私ができることなんて、ほんの少ししかないの。もっと速くこの手を伸ばしていれば、もっと強く言ってあげられていたら。そうやって後悔ばかりしているわ」


 話し終わると同時に、ライナはガクッと肩を落とした。その肩を支える。

 再生能力に使う魔力は、特に魔力回復などに使う場合は、かなりの魔力を消費するのだ。普通はこの能力を使う際、時間を空けるものなのだ。

 しかし、主の想い人に使って、すぐにサニィへと使ったから、自身こそ魔力欠乏状態となってしまったのだ。

 そんな彼女を、主の想い人の横に座らせて、今からルナの元へと駆けようと思った、その時である。



 バン! という銃声が、耳に入ってきたのは。



 銃など、ルナの前では何の脅威にもならない。

 そう、分かっているはずなのに、嫌な予感が、胸の底からせりあがってくる感覚があった。

 今すぐ彼の元へ。そう願ったとき、サニィの背中には、純白の翼が生えていた。彼に心配をかけたくなかったから、内緒にしておこうと思っていたのだけど、そんなことを言っている場合ではなかった。今すぐ、彼を助けにいかなければ、何もかもを失うかのような、そんな予感があった。


 振り向かずに、一直線に飛び立つ。

 見えなかったけれど、ライナが優しく頬笑みかけてくれているような気がした。



          ◇



 ルナが目覚めた場所は、あの、無機質な心の世界であった。

 真っ暗な闇に置かれた黒い椅子。そこに座っている。

 しかし、そこには『烏狩』はいないようであった。

 漆黒の炎は、こんな世界に来てまで、ルナの身体を燃やし続けていた。


「あ………………」


 遠目に見える星。たった一つ輝くそれに、ルナは手を伸ばした。

 その光はどんどん大きくなり、近づいてくる。


「ああ………………」


 心地が良い。

 全てを許してくれるような、全てから救ってくれるような、そんな温かさに包まれる。

 黒色の炎は、いつのまにか消えてしまっていた。

 ルナは椅子から立ち上がり、その光に身を委ねるかのように、ひたすらにそこへと歩みを進めた。

 今なら、その光に、手が届きそうな気がして。



 もう、どうでもいいや。そんなことを思っていた。



 黄金の光に触れると、そこには彼女がいた。



          ◇



 俺の、ルナ・ヴァークハルトの旧姓はハットであった。

 アレン・ハット、それが俺の名前だった。


 俺は下級貴族の生れであった。二人兄妹の長男として産まれた。普通は、長男や長女が魔法師として親の家業を継ぐのだが、俺には魔法を扱う才能がなかったから、妹が継ぐこととなった。妹は俺と比べて、とても優秀であった。俺より、持っている魔力はほんの少し劣っていたものの、魔法師全体をみてもかなりの量の魔力であったし、なにより、魔法を扱う才も、群を抜いていた。六歳になるころには、並みの魔法師と対等に戦えるほどになっていた。


 対する俺は、幼少期から、自分で進んで経営学を学んでいった。魔力はあっても、魔法を扱う才能がない俺は、商人として生きていくしかないと幼いながらに自覚していたからだ。法律や政治に関する職はもっと上位の貴族しかなれなかったし、何より、この時代は商人が貴族の年収を超える、だなんてこともあったから、なるとしたら商人しかないと思ったのだ。


 順調に学びを進め、成人して十二歳となった俺は、宝石店「ブルム」を立ち上げた。成人したといっても、十二歳。周りの同じ年代の子は高等学院に入学する年頃というのもあり、俺は周囲の大人に偉く気に入られた。最初の頃は大変だったが、サポートを受けつつ、斡旋から経営まで、何から何まで殆ど自分一人でやった。小さな店であったが、経営は悪くなかった。


 一年後、俺は結婚した。相手は幼馴染の女の子だった。名を、ハンナと言った。俺が小さな頃から想いを寄せていた、世界で一番美しい少女であった。彼女は裁縫が趣味で、店の制服や私服でさえも縫ってくれた。彼女はさばさばとした性格であったが、心の奥の奥の方に優しさを隠しているような、そんな最高の女性であった。


 ハンナと婚姻してからは、幸せの日々であった。仕事は相変わらず大変で、病気がちな彼女の母親の世話も楽ではなかったけれど、彼女も手伝ってくれたし、なにより、彼女がいるだけで、笑顔が絶える日などなかった。


 彼女と結婚した、そのまた一年後。俺は政府の招集により、戦場へ赴くこととなった。


 戦争が始まって五年が経過した頃、俺が戦場に初めて動員された頃の戦場は、まさしく地獄であった。俺は魔法の才が無かった為、常に白兵戦を強いられていた。敵の集団の奥から振ってくる炎や雷、風の刃、そして刀や剣、槍をかわしながら、自分の刃を当てて殺していく。死亡率八十パーセントと言われていた前線部隊で、俺は三年間、死ぬことなく帰還していた。彼女と会うまで、死ぬわけにはいかない。その一心で、戦っていた。


 三年が経ったある日、俺は前線で、瀕死の重傷を負っていた。敵の魔法師による炎魔法をくらい、体勢を崩したところを剣で斬りつけられ、槍で刺され、内臓がまろび出ていたのだ。右の手と、左の足も、無くなっていた。


 そんなところに現れたのが、その後所属する特殊部隊、その隊長の男、エレン・アールジャックであった。彼が指を鳴らすと、敵兵は黒い炎に焼かれ、消し炭へと変わっていた。


 隊長はおそらく、遺言を聞こうと、未だ生き残っていた一兵の最後を見届けようと思っていたのだろう。しかし、俺は近づいてきた長髪と長い髭の彼にこう言ったのである。


「俺は死ぬわけにはいきません。帰らなければならないんです。何でもします。命以外の全てを捧げます。ですから、俺を生かしてください。俺を死なせないでください」


 お礼の言葉も告げず、諦めの言葉を呟いたり、泣きごとを言うのではなく、俺はそんなことを言っていた。何度も何度も、繰り返し、似たようなことを呟いていた記憶がある。そして、そんな俺に隊長は、こんな風に応えたのだ。



「たった一つだけ、方法がある」と。



          ◇



 隊長からそう告げられ、突如現れた黒い穴に潜って俺が訪れたのは、軍の武器庫であった。

 その奥の奥で、出会ったのだ。ただの魔剣ではない。悪魔の棲む魔剣、黒き妖刀『烏狩』に。

 俺は、『烏狩』と契約を結び、不死の肉体を手に入れた。魔法で撃ち抜かれようが、剣で斬りつけられようが、傷はすぐに再生する。死んだとしても、再生する。そんな不滅の能力を、能力を得たことで発生する代償、「人として生きること」と引き換えに手に入れた。見た目の変化といえば、髪の色が、元々は金であったが、黒く変色していたくらいである。


 契約者となる場合、兵士は死んだことにされる。悪魔契約というのがそもそも、国の宗教的にタブーであるということもあったが、契約者は必ずといってもいいほど、一年も待たずに死ぬのだ。それは、能力が強力な為、難度の高い戦場に放り込まれるというのが、一番の理由であった。八年の戦争で死ななかったのは、隊長のエレンのみであった。


 不滅の悪魔は能力的に例外のはずであったが、慣習に習い、俺はこの世から死んだこととなった。そのときは、それでも関係ないと思っていた。この身体さえあれば、彼女と笑って再会できるはずだから。その瞬間まで、戦い続ければよいのだと思ったのだ。


 それから二年という月日を、俺は特殊部隊で戦い続けた。数千の敵兵と戦うこともあったし、敵の契約者と剣を交えることもあった。しかし、俺は不死身だったから、負けることはなかった。腕を引き裂かれようが、足を捥がれようが、内臓を引きずり出されようが、俺は何度でも立ち上がり敵兵を殺した。いつしか『不滅の亡者』などと呼ばれていた。


 俺が戦場に出てから五年、この戦争が始まってから十年が経った、ある日の戦場で、俺は和平が結ばれたことを知った。


 俺は胸がはちきれんほどに喜んだ。これで戦争は終わった。これで殺しも終わった。

 これで、平穏な日々が、平和な日常が訪れる。これで、彼女に会える。


 その時は、本気でそんな風に思っていた。


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