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第十六話 Question

 

 ルナがサニィにアイコンタクトをすると、サニィは頷き、ハンナを連れて窓から駆け降りた。サニィほどの魔法師ならば、無事着陸できるだろう。


 すれ違いざまに、彼女……愛する人を見た。三年も顔を見ていなかったが、あまり変わりないようだった。

 ほんの少しだけ大人びていて、でもそれくらい。

 美しさも、可憐さも、儚さも、何一つ失われてはいなかった。



 ――幸せに、生きられているんだね。



 それだけあれば、その事実さえあれば、ルナ・ヴァークハルトは前に進める。戦える。

 刀を振り抜き、死の山を乗り越えてゆける。



          ◇



 巨大な曲刀と黒鉄の刀が、十字で交わった。

 奔る衝撃を身体全体、翼をも使って防ぎながら耐える。


「お望み通り、貴様を殺しに来たぞ、ヴァルゴ・ヴェルデゴーレ」


 軽口を叩き、刀を一度引き、打ちなおす。隙を見つけるため、反射神経のみを研ぎ澄ませ、無数の連撃をくらわせる。


 黒鉄の刀を奴の曲刀に打ち込むほどに、集中は増していった。奴の挙動が見える。視線が、瞳のその動きが把握できる。狙いが分かる。故に未来が分かる。奴が次、どのように動くのか、それを描いた像が、自然と浮き上がってくる。


 普段、目を使わないからか、その分だけ、見えてこなかったものまで見えるようになったのかもしれない。それだけではない。他の五感も、より向上しているように感じる。

 それら自分で使えるものすべてを注ぎこんで、思わず願う。


 速く、もっと、もっと速く。


 魔法構築には三段階のプロセスが必要だ。思念による魔法式の構築、式句による詠唱、そして魔力注入。

 これを魔法具やらで短縮させたとしても、後ろ二つの段階は必ず踏まなければならない。例えば、認識阻害の効果を持ったこの黒服であっても、「隠匿せよ」という式句と魔力が必要なのだ。つまり、魔法発動には、わずかではあっても、必ず間が無ければならない。


 現在のあいつは、優に百は超える人間を喰っている。その中には、強力な魔法師や契約者も含まれているに違いない。そんな奴に、魔法を使わせる暇を与えてしまえば、一気に敗着へと持っていかれるだろう。

 戦いとは、単に力の勝る者が勝つようなものではない。勝ち方を知っている者、そしてそれを実行できる者が勝つのだ。

 奴の表情に曇りが見える。巨体な全身に脂汗を滴らせる。奴の焦りと動揺が、手に取るように分かった。

 ふと、奴が力を抜いた。俺は動揺せず、バランスを崩さぬまま追撃する。

 しかし、奴はそれを迎え撃つようなこともせず、ひたすら巨体を細かく動かしながら避け続けた。


「――っ!」


 突如、奴の筋肉で盛り上がった巨体は跳ねて後退した。部屋から撤退したのだ。廊下の方へ駆けたその姿を見て、瞬時に思考を巡らす。


「逃げた? ――――いや、」


 逃走が目的ならば、もっとマシな方法を取るはずだ。

 すなわち、ラルゴの能力『瞬間転移』を。

 それを使わないということは、魔法発動の時間を得る、それが目的というわけだ。


「くっ!」


 魔法が、ルナを狙ったものであればまだよい。しかし、それがサニィ、はたまたハンナを狙ったものであったら、話は別だ。彼女らを傷つかせるわけにはいかない。それだけではない。彼女らが結界の外にいるということを知ってしまえば、奴は結界の破壊に取りかかるだろう。それは、俺たち三人ではなく、この街全体が被害を被るということとなる。


 廊下を駆ける音が聞こえて、ルナは部屋を抜け出した。しかし、ルナは焦りのあまり、思いつかなかったのである。単に距離をとるためであれば、それこそ転移能力を即座に使うはずだということに。

 ルナが部屋を出て、廊下へと躍り出る。



 その瞬間、バン! という音が廊下に木霊した。



 からんからん、と何かが転がる音と共に、完全に思考が停止した。

 ルナの身体は、何かが直撃した衝撃で吹き飛ばされる。撃たれたのは背中だ。宙を舞いながら見る情景はコマ送りのようにゆっくりと流れていった。

 身体と共に血も舞っていた。背中に撃ちこまれたそれは、穴を穿ち、心臓を貫いていた。


 一体……どんな魔法なんだ?


 後方を見る。そこには、廊下の先にいるはずの奴が立っていて、銃口をこちらに向けていた。

 ――廊下の先まで行き、そこでワープして戻った? いや、しかし……、


 拳銃。戦後、非魔法師の戦力増強を目的として作り出された武器である。ここ数年で現れた武器で、非魔法師の軍人なんかは装備するようにもなったが、あまり魔法師対策にはなっていないようであった。

 それもそのはず、そもそも非魔法師は、高位の魔法師が纏う、魔力による圧力によって、行動がかなり制限されるからである。非魔法師が銃を構えるよりも先に、魔法を放たれたら、そこで終わりなのだ。


 魔法師界隈はというと、ほとんど魔法具として装備している者はいないという状態であった。まず、弾丸の小さく、固いモノの一つ一つに魔法印を刻むことが困難だということ。次に、三段階プロセスがある以上、着弾した瞬間に魔法を放つことはできないという難点があるからだ。

 通常武器として使うにしても、射程距離はまだかなり近づかなくてはならないレベルのものなので、それならば魔法を使った方が速いということになる。

 銃というアイテムはこれからを期待させる兵器であったが、未だ、魔法師が実戦には用いるようにはなっていなかったのである。


 そんな拳銃の銃口が、向けられていたのだ。不可解なのは、ただの弾丸では、ルナを仕留めるには足らないもののはずであるということだ。弾丸で撃たれようが、ルナの能力があれば即時回復できるはず。それは、奴も分かっているはず。それなのに何故?


 予測した通り、胸の中心にできた穴は、次の瞬間には塞がった。奴は連射することもなく、その拳銃を仕舞う。そして、余裕ありげに嗤いながら近づいてくる。


 ルナは手と足にありったけの力を込めた。すぐに立ち上がり奴に斬りかからなければ、魔法の雨が自分を襲うであろうことを予見したからだ。しかし、ルナが立ちあがることは、できなかった。


 なぜなら、全身を刺すような激痛が、ルナを襲ったからである。


「う……ぁあ……!」


 思わず膝をつき、痛みから逃げるように床を這いずった。全身を灼熱で溶かされるような、肌を剥がされ、毟り取られているかのような痛みが全身を駆け廻った。その痛みは消えず、意識も徐々に遠のいていくようであった。そんなルナの身体に足を乗せ、ヴァルゴは顔を近づけた。


「なあああああ、おぉい副隊長ぉさんよお、まだ意識はあるかぁい?」


 呂律が回っていない。涎を垂らしながら、ヴァルゴは矢継ぎ早に言葉を続けた。


「この弾丸はなぁあああ、一発しかくれなかったぁんだよぉアイツ。それも、テメェじゃなくて女の方を殺すために使えってなぁああ。っったく、あんなクソガキなんて、これを使わなくたって殺せるってぇのに」

「何、を……言っている?」

「ああ? まぁぁぁぁぁだ気付かねぇのかあ?? テメェの身体を見てみろよぉ」


 言われて、眺める。外傷という外傷はない。しかし、そこには、ありえるはずのない現象が起きていた。

 黒い炎が、燃えていたのだ。


「なん、で……」

「なんで、何故、って言葉は禁句だぜぇ? だってあいつは、自分の為にこの弾丸を俺に託したんだからよぉ。そこに理由を求めちゃあ駄目だ。それによぉ、オメェも知ってたんじゃねぇのか? あいつの亜人嫌いは」


 そうだ。隊長は、そうだった。契約者を集めた特殊部隊の中でも、隊長は最高の戦果を挙げていたではないか。特殊部隊の中で一番長く戦場にいたのも彼であった。亜人殲滅数は、おそらく全部隊の中でも三本の指には入っていたであろう。夜、キャンプ地で食事を囲んだときもそうであった。亜人に対する恨みごとは絶えることがなかった。戦争が終わって、組織を立ち上げて、サニィを引き入れて、変わったものだと思っていたのだが……。


「人はそんな簡単に変わらないぜぇ、副隊長ぉ」


 ヴァルゴは言いながら、踏みつける足を捩じらせた。反撃しようとするが、手も足も、口さえも開かなかった。


「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 最ッ高だなぁぁあ! この瞬間(トキ)を俺はずぅと待ってたんだ! おいおいおい副隊長! 今アンタは生きてるか死んでるかも不透明な状況にあるんだがなぁ。その痛みは永遠に消えないっ! なあ、今どんな気持ちなんだぁ? 教えてくれよぉ副隊長ぉおおおおおおおおおお!」


 ヴァルゴの狂った声だけが、廊下を響かせていた。立ちあがろうとしても足が上がらない。声を出そうにも口が動かない。

 段々と、気力が抜け落ちていくのが分かった。身体を、焼き、溶かすような痛みが襲っているのに、外傷はない。おそらくは、焦げて消失した箇所から、すぐさま再生しているのだろう。

 つまりは、ルナは今、死にながら生きているというわけだ。痛くて痛くて仕方がないのに、それを解決する手段はないという。

 ルナの混乱した頭の中に浮かんだ言葉は、たった一つだけであった。


 どうして。

 どうして、俺は這いつくばっているのだろうか。どうして、こんな痛みと苦しみを受けなければならないのか。どうして、どうして、どうしてどうしてどうして…………。


「なぁあ副隊長ぉぉお。前から聞きたかったんだけどさぁああ、アンタ一体なんの為に戦ってるんだぁ?」




 ――ああ、どうして、俺は戦っていたんだっけ。


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