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第十五話 化け物との開戦

 

 ルナとサニィの二人は、手紙に記されていた該当場所に訪れていた。

 サニィはルナの気配がいつもどおりのものであるのを感じて、安心していた。

 ルナの気配が別人になったのは、あのときだけで、

 その後は冷静さを取り戻し、作戦の確認も、移動も、問題無く行われた。

 ルナは、作戦を言い渡されて、驚いたように聞き返していた。


「隊長は、作戦に参加しないんですか? 隊長の悪魔、『永炎輪廻』の能力を使えば……」

「あ~~、まあ、な。言ったろ? 奴の魔力が底知れない以上、あの場所の周りには強力な結界を張って、それを持続させなきゃならねえ。俺は結界形成の魔力を負担する一人だから、戦闘に参加できるほどの魔力は残ってねえって。……まあ、他の懸念材料もあってのことなんだが」

「懸念材料、とは?」

「今、魔力を使った大量の仕事を同時並行してるんだよ。これからの組織のためにな。その影響もあってか、魔力探知能力がやけに落ちててな。現に、あいつにも逃げられた。だから、俺は今回は裏方に回ることにしたのさ。作戦実行も、このアジトから見守らせてもらうよ」


 そう言いながら、彼は鏡面魔法と電撃魔法を組み合わせた魔法(のちに魔法具『テレビジョン』として一世を風靡する)を見せつけながら、笑うのであった。



 ◇



 こういうわけで、作戦は結局この二人で赴くことになった。

 組織は契約者と優秀な魔法師で構成されているが、その数は少ない。

 結界形成と維持、他の任務にあたる人もいるので、

 戦闘で動けるのは、ルナとサニィの二人だけということとなった。


 結界の前、奥の建物を見ながら二人は立っていた。

 この結界には認識阻害の魔法が掛けられており、外からは、建物があるということさえ、認識することは不可能だ。それは中からも同様で、外にあるものを認識することができない。

 そこにあるものが見えても、聞こえても、人の認識からは外れるのだ。

 まあ、ルナやサニィ、この認識阻害魔法を掛けた張本人なんかの、もうそこにあるものを知っている者は、認識阻害から外れるのだけど。例えば、月や山が、結界を隔たった先にあることを知識として知っていれば、無の空間とならずに、認識が続くように。

 そんな結界の前で立ち、ルナはサニィと作戦の確認をしていた。

 二人には、その先にあるものを知っているため、認識阻害からは外れていた。


「いいかい、奴を殺すのはもちろん絶対だが、誘拐された人を救うのが先決だ。敵にアドバンテージを持たせたままの戦闘はなるべく避けたいからね。誘拐犯ってのは必ず、口で場を支配してくるに決まっている。こいつを助けたければ……ってね。だからまず、交渉の機会なんて作らせない。君は俺が強襲したら、被害者の女性を、結界の外へと連れ込んでくれ」

「それから私はどうすれば……」

「君は、俺の視覚回復でかなりの魔力を消費するだろう? あとのことは俺がなんとかするから、任せてくれないか?」


 サニィは歯噛みした。確かに、ルナの言っていることは間違いではない。しかし、なんだか、自分が足手まといのような気がしてならなかったのだ。

 そんなことを考えて、暗い表情を浮かべたサニィに、ルナは困ったように言葉を続けた。


「俺だって、君がいないと、心細くもなるんだがね」

「…………え?」

「君にはいつも助けてもらってばかりだから……、最近の生活のこともだけど、これまでの戦いだって、君がいなくては勝てない場面なんて両手じゃ数え切れないくらいだ。今回の作戦も、君がいなくては、君が作戦を全うしてくれなくては、きっと成功しないだろう」


 そう言って、また、ルナはいつものようにサニィの頭を撫でる。


「だから、信じてくれ。君が作戦を遂行すれば、俺だって必ず成功させる。なんたって、俺が死ぬことはないんだからね」


 もちろん、不死の能力が完璧でないことは、二人とも周知の事実であった。

 しかし、あまりにも、優しげにルナが語るものだから、


「――――はい」


 サニィは、溢れる切ない気持ちを抑えて、こう応える以外なかったのである。

 二人してともに、その建物を眺める。結界へとにじり寄る。

 仇敵との戦いの時は、刻一刻と迫っていた。




 ◇




「サニィ、手順通りに行くぞ」

「はいっ」


 ルナは結界と肌が触れるほどに近い位置に立った。

 それから両腕を地面につき、前傾姿勢をとる。

 まるで、これから全力疾走をするかのような体勢だ。

 背中に力を籠める。するとそこからは二枚の巨大な黒翼が現れた。

 その翼と左足に、ありったけの魔力と膂力を閉じ込める。

 ルナは巨大な建物の二階、その一室を睨みつけた。

 意地が悪く、人の心を持たない奴は絶対にそこにいると、確信がもてたから。

 巨大な建物とは……、廃墟の教会であった。

 ここに来たのは、たった三回であるが、どうもルナとサニィの二人にとって、重要な局面は、ここでの戦いとなるようである。

 因縁の教会、その巨大な建造物の二階にあったもの。

 それは、あの事務室である。

 サニィにとっては、後悔とトラウマ、そして恐怖の眠る場所であった。


「怖いかい? サニィ」

「だ、大丈夫です。任務に支障はきたしませんから」


 そんな彼女の言葉は、不安と勇気がない交ぜになっているようだった。

 無常にも現実は続く。

 しかし、時が移りゆくように人も変われるのだ。

 そして彼女は、もうあの時の彼女ではない。

 あの時、父親と母親が無惨にも殺された彼女は言ったのだ。



 ――私は……救いたい。父さんや母さんみたいに、苦しんで死んでいく人を、私みたいな気持ちになるような人を、救ってあげたい。



 恨みごとではなく、復讐を願うのではなく、彼女は、誰かのために戦うと誓ったのだ。

 それは、もしかしたら、恐怖から逃げるための免罪符であったのかもしれない。

 しかし、その選択は尊く、その通りに生きた彼女の生き様は、英雄なんか比にならないほどに、美しい。

 そんな彼女を、これ以上の苦しみに苛ませるようなことは、あってはならない。


「大丈夫だよ、俺が絶対に君を守るから、君には、指一本触れさせやしないから」


 ルナはサニィを抱きしめる。苦しくならないように、されど、離れないように、しっかりと包みこんだ。


「ルナ様、私はあなたを信じています。これまでも、これからも」


 サニィが額に指を触れた。魔力の急激な上昇に、空気が揺れる。赤の光が差し、ルナの世界は、再び目の前に訪れた。


「ありがとう……じゃあ、いこうか、相棒」


 ルナは魔力を爆発させ、その推力で直進する。

 音を超え、光を超え、目指すべき一点に向かう。

 仇敵と決着をつけるために。尊いこの少女の未来を守る、その義務を果たすために。

 そしてなにより、愛するあの人の幸せを、守るために。



 ◇



 ヴァルゴ・ヴェルデゴーレは、月の光が当たる窓際で、ワインを嗜みながら女を眺めていた。

 今宵のワインも女も、特別製であった。

 まずは、ワインだが、これは世界にたった一つの代物だ。

 なんせ、世界に十本かそこらしかないヴィンテージものに、

 その製作者の生き血をブレンドしたのだから。


 老いた血というものは普通味が落ちるものだが、例外はある。

 男がワイン醸造に懸ける想い、仕事に対するプライド、最高のものを作り上げたという自信、

 もう一度そこに到達したいという切望。

 一口、口に含ませるだけで、様々な、そして多量な情報が流れ込んでくる。美味であった。


 次に女。当たり前っちゃあ当たり前のことだが、この女は世界でたった一人の女であった。

 なんせ、唯一、あの副隊長を動揺させることができる要素であるのだから。

 何度あの戦場の宴で語っていたことか。あのときに聞いた印象そのままに、女はとても麗しかった。


 足元まで伸ばした煌びやかな金の髪。きりりとした性格と、優しさを織り交ぜたかのような輪郭。透き通るほどきめ細やかな白肌。絶世の美女と表現されても、まったくといって過言ではない。

 女は、薬で眠らせている。まだ手は出していない。


 ただ喰うだけではダメなのだ。そこに美学や拘りがなければ、それは獣と変わらない。


 あの戦場で分かったことがある。俺は人の繋がりや愛をぶち壊すのが大好きだってことだ。

 それもただ壊すだけじゃない。当事者の目の前で、見せつけるように殺す。喰う。

 瞬間巻き起こる絶叫、嗚咽、悲鳴。

 これらが食事の瞬間に重なることで、味のレベルは数百倍にも跳ね上がる。

 亜人連中の中に、恋人で(おそらくたまたまであろうが)同じ戦場に赴いていたやつらがいた。

 捕虜として認定されようとしていた奴らを、拉致して閉じ込めた。お互いを対面させ、女を犯し、喰う。

 女の意識を残したまま、男の下肢を切り離す。痛みで意識が失いそうになったら、薬で叩き起こす。

 それを繰り返せば繰り返すほど、快感は増していった。


 そのときの高鳴りが忘れられない。

 その後も同じことを繰り返した。

 家族、子供を使ったらまた別の風味が出てきて楽しかった。

 そして、魔力が高い素材を使えば使うほど、味わい深いものになることにも気付いた。


 だから、ここ数年で一番の味は、あの娘の両親だ。

 魔力も申し分なかったし、二人を繋ぐ絆は、深く強かった。

 恋慕的な愛も、家族的な愛も、同業者としての信頼さえも、そこにはあった。

 それだけではない。医者という職をやっていただけあって、情報の質も高かった。医療技術がどうとかいった意味ではない。その仕事をするに足る胆力、情熱、誇り。それらが高い水準で実現していたのだ。

 味を表現するとするならば、巷で話題のカレェライスのようなコクとスパイス、高級牛をレアで焼き上げたかのようなジューシーさと旨み、ブランドもののオレンジの果汁のようなフルーティさ。それらの全てが凝縮され、邪魔をせず高次元で成立している味だ。

 ただの飯では、ただの殺しや喰いでは、決して実現しようのない、味。


 それを、いや、それ以上のものを、俺は求めている。


 この見目麗しい女を、あの男が愛したこの女を、あの男の前で、犯して喰う。

 そうだな、あの娘も喰おう。そして最後に、生きる気力もなくなったあの男の心臓を抉り出し喰う。

 死ねない絶望に歪んだ彼の心臓は、喰う度に、食欲をそそるに違いない。


 想像するだけで口が緩む。幸福という二文字が頭に浮かぶ。

 改めて実感する。これが俺の生きがいなのだと。これが、俺の生きる理由なのだと。

 グラスに注いだワインを、もう一度煽る。

 空になったそれに、再び注ぐ。

 気分は最高潮に達していた。月光の差し具合もよく、女の宝石のような髪を照らして――、



 そんな時だ。黒い彗星が落ちてきたのは。



 地鳴りとグラスの割れる音が、室内に唐突に響いた。

 爆発のように瞬時に現れたそれから庇うように身体を縮みこめる。

 スーツには赤のワインが血のようにべっとりと付いていた。

 目を開ける。そこには、黒衣の男と女がいた。女は人質を抱えていた。

 男は、目の前で刀を振り抜いていた。

 常人よりも数百倍となった動体視力で状況を確認し、こちらも立ちあがりながら曲刀を抜く。黒の刀のその中心にあたるように狙い澄ました一刀。これで、この一撃で強襲者を吹き飛ばそうとしたのだが、それは敵わなかった。



 ドッッガァァァァアアアアアアア!!!!



 男が現れたとき以上の衝撃が、室内を響かせる。

 互いの踏ん張る足を支える石の床は、波状に波打ち、罅割れた。

 刀越しに、黒衣の男は、初めて口を開いた。



「お望み通り、貴様を殺しにきたぞ、ヴァルゴ・ヴェルデゴーレ」



 自然と口角が上がったのが分かった。ようやくメインディッシュがやってきたのだから。


 溢れだす涎を堪えるのを抑えることなどできるわけがなかった。


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