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第十二話 世界中の誰よりも愛している人


 ロック・シャスターが死に際に見せた顔は、とても安らかなものであった。


 戦場は人を狂わせる。このことをよく知るルナは、別段憐れむこともなく、その死体をくまなく観察した。契約者であった以上、死んだとしても警戒を解くわけにはいかなかった。やがて、他に何の仕掛けも無いことを確認し、ルナはようやく血に塗れた黒刀を鞘に収めた。


 しばらくすると、隊長たちとも合流した。エルフの子供たちを隊長たちに預けると、快く了承してくれた。現場でこれだけの仕事をしたのだ。事後処理や面倒事は彼らに任せたって罰は当たらないだろう。

 彼女らと別れる間際、銀髪の少女が近づいてきた。「サニィさんを幸せにしてくださいなのです」なんて言うもんだから、思わず苦笑して頷いた。サニィは慌てたように、あたふたとしていて、それが新鮮で、また面白かった。


 少女たちと別れて、ルナとサニィは、歩いて帰ることにした。事情は伝えていたので、サニィの変えの服と、ルナのスペアの仮面は、隊長から受け取った。それらを着て、ゆっくりと歩いていた。


 帰り道の半分を過ぎた頃に、視界はまたぼやけてきた。おそらく、サニィが浸かってくれた向上魔法の効果が切れ始めたのだろう。よろけたルナを、サニィは支えてくれた。


ルナは、そういえば、と考えてみる。あれだけの向上魔法を使ったというのに、サニィには外傷という外傷が見つからなかったのだ。と、いうことは、あの魔法の大半は、悪魔による能力が占めていたのだろう。何か、代償として失ったというようには見えないし、進化ということはないだろうが……、ともすれば、サニィの、「あなたのために」という思いが、あの力を生み出したのかもしれない。


 そう思ったら、ますます愛おしくなって、支えてくれた手を握った。彼女は答えるように握り返す。その温度を確かめるように、ルナはもう一度、強く握った。


 ああ、娘がいたら、こんな風なのだろうな。


そんな、許されないような暖かい感情を持って、ルナは自宅へと着いた。



       ◇



 サニィは、横で泥のように眠るルナの顔を、思わず見つめた。


 綺麗で、整った顔をしている。白くなめらかな肌。女性と間違えるほどに、中性的な顔立ち。戦うときの彼の瞳は、そんな顔とは対照的に、凛々しくて、男らしくて、かっこいいのだ。愛おしくて、愛おしくて、堪らなくなる。


 相当に疲れたのだろう。本当に、深い眠りだ。いつもなら、絶対にサニィよりも先には寝ようとしないのに、今日は帰ってからすぐに、気を失った。そんな彼を運ぶのは、同じく力を使い果たしていたサニィにとっても、大変なことであった。


 彼の胸に耳をぴたりと寄せる。

どくんどくんと脈打つ心音は、麻薬のようであった。彼は確かに生きている。そして、その傍に、私はいることができる。そのことがとてつもなく嬉しかった。


 まどろんでいく意識の中、サニィは、心の世界での出来事を、思い出していた。



       ◇



 私が目覚めたそこは、水面であった。空の青と白を反射して、境界がどこかも不透明。綺麗で、どことなく落ち着く景色。

 ここはどこだろうと思い、ぐるりと辺りを見渡す。すると、遠目にあった、巨大な建造物に気付いた。


「……あれは、お城?」


 水晶、もしくはガラスで作られたのではないかと思えるほどに、美しく、非現実的な城であった。あそこに行ってみたいと思うが、いくら歩けども、そこには辿りつけない。確実に近づいてはいるはずなのだ。けれど、遠目に見た城の大きさは、どんどんと大きくなっているのに、そこに辿りつくことはできない。



「まったく、あなたって子は……、見ちゃいられないわ」



 ひたすらに前に進む私の目の前に、突如現れたのは、純白の、巨大な蛇であった。

両目の間、でこの部分には、赤の宝石が埋め込まれていた。


「あなたは……」


 巨大蛇は、女性的な美しく高い声を響かせて、こう答えた。


「私は『赫大蛇』。あなたの、あなただけの悪魔ですわ」



   ◇



 私は、何故か忘れてしまっていた現状を、彼女(赫大蛇のことは、ここでは彼女と呼ぶことにした)の説明によって思い出すと、焦りで汗が噴き出した。彼は危機的状況であったのだ。もう、これだけの時間が過ぎていれば、彼を助けられないかもしれない。


 私が悲痛のまま問いただすと、彼女はため息を吐いて、この世界の仕組みを教えてくれた。この世界は、私の心の世界であり、現実とは異なる時間の進み方をしており、まだ数秒しか経っていないのだそうだ。


 その言葉に安心して、彼女の語ることに耳を傾けた。悪魔は代償を求めているらしく、契約者が必要とするときに、心の世界で対面するという。その対面は、契約時と、進化、まさにこのときであった。進化には代償が必要だという話まで、ご丁寧に説明してくれた。


 私は、そこまで聞いて、すぐにこう答えた。


進化(アップデート)します。よろしくお願いします」

「即答……でしょうね、あならなら」


 彼女は考えるように、尾をぐるぐると巻いた。その仕草は、子供に、どう諭そうかと悩んでいる親のようで、少し可愛らしかった。


「代償が、あるのよ? あなたは「すべてを委ねる」だなんてことを言っていたけれど、力を使って、それで終わりじゃないの。命を散らすよりも、ずっと辛いことよ。消えぬ障害を抱えて生き続けるというのは」

「分かっています。その上で言ってるんです」


 彼女の目をまっすぐ見て応える。彼女は困ったように首を傾げた。


「分かったわ。あなたがそう言うのなら、この進化であなたが失うものを教えてあげるわ。悪魔が代償として求めるのはね、その者が生前に無くしてしまったものなの。私はね、遠い昔、あなたと同じように、愛する人間の男のために戦い続けたわ。彼に群がる敵を、私はひたすらに食い殺していった。人間も、化物も。大量の生き血を飲み込んで、肉を咀嚼して……、私は味覚を失ったわ。だから、あなたが失うのは、味覚という感覚よ。これからあなたは、何を食べても、飲んでも、一生その味を感じることはできなくなる。あなたは、本当にそれでいいの?」


 私は彼女の告げる言葉を聞いて、できるだけ分かりやすいようにニコッと笑った。唖然とする彼女に近づいて、私は応える。


「安いものです。あの人を、助けられるなら」

「……先輩として忠告しておくけど、あなたの心は、すごく危険なものよ。これは、初恋そのものを写している。けれど、ね、初恋の夢というのは、いつかは覚めるものなの。どれだけ強く想おうとも、相手が振りむかなければ、その想いはいつしか消えて――――」


 言いかけて、私は彼女の言葉を遮った。


「消えませんよ。私の想いは」

「……………………どうして、そんなことが言えるのかしら」


 私は、脳裏に、彼の顔を、その声を想い浮かべて、確信を持って応えた。



「私は、彼のことを、世界中の誰よりも、愛していますから」



 答えになっていないような答え。

 けれど、これ以上、この想いを表現することなど、できるわけもなかった。



 私は、サニィ・トワイライトは、ルナ・ヴァークハルトを、心の底から愛している。


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