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第十一話 旅の始まり


 長い長い夢を見ていた気がする。


 ここ、五、六年は、ただただ、強くならねばと、そういう焦燥感だけに襲われていた。目的だけは明確にあったのに、それを求める意味は、いつのまにか抜け落ちてしまっていたのだ。


 奴の刃が、私の首筋へと触れた。時間がゆっくりと、流れていく。これが死の感覚なのだろうか。何か、何かをやり残した。そんな理解のできぬ後悔とともに、私の脳裏には、忘れてしまっていた「意味」が、浮かんだ。



       ◇




 私が配属された部隊は、第五小隊という名であった。前線で敵を撹乱させるための、機動力に優れた、若手で有能な魔法師を集めた小隊であった。使い捨ての部隊というわけではなかったが、死と隣り合わせの日々を送っていた。そしてそこには、偶然、幼子の頃からの幼馴染五人が隊員として配属された、幼馴染部隊であった。


「ねえロック、私ね、本当は戦うの、怖いんだ」

「……え?」


 戦場とは少し離れた補給所、そこで魔法で認識阻害の結界を張り、煙を見られないようにしてから、キャンプファイアーの要領で暖をとった。故郷よりかは幾分も温かかったが、なんせ冬である。疲労のたまった兵士たちが、凍えるようなことはあってはならぬという命令で、補給所にはいくつもの焚火があった。第五小隊が寝るテントの、すぐ隣にあったそれの近くに座り、私と、幼少からの幼馴染は、ホットミルクを片手に談笑していた。そんな折、突然彼女から、そんな言葉を聞いたのだ。


「君ともあろう人が、ねぇ。怖いものなんて無いんだと思ってたよ」

「お前は私を何だと思ってるんだ。……怖いよ、戦場は。生き残れば生き残るほど、実感する。ここは、地獄だ」

「……本当に、君らしくないな。その地獄を終わらせるために、私たちは軍に志願したんじゃないか。民族を、友人を、家族を……そして何より、僕たち自身の未来を守るために」

「うん、そう、だね。……でも、怖いものは、怖いよ……」


 彼女は、すすり泣くように泣いた。私は、それを見て、ホットミルクの入っていたタンプラ―を地面に置き、彼女の肩が触れる位置まで近づき、座りなおした。そして、彼女を安心させるように、ゆっくりと、なるべく優しく呟いた。


「明日、戦争は終わるよ」

「…………………え?」

「上官から聞いたのさ。実は秘密裏に和平交渉が行われてるって。そして、明日の戦いが終わるころには、戦争も終わるはずだって。だから、明日さえ生き残れば、私たちは帰れるんだよ」


 これは、彼女を安心させるための嘘、というわけではなかった。実際に上官に聞いたことなのだ。まあ、戦意喪失につながるかもしれないから他の隊員には言うな、とは言われていたが、今の彼女には必要だと思ったのだ。


 彼女を見る。彼女は驚いていた。しかし、私の言葉に嘘はないということを感じ取ったのか、私から視線を逸らし、炎を見つめると、声を殺して泣き続けた。そんな彼女が泣きやむように、私は夢を語った。彼女が泣きやむまで、ずっと。


「――――だからね、私はこの五人で旅に出たいのさ。和平が結ばれれば、きっと平和な世の中が訪れる。そうすれば南の国へも、それ以外の未知の土地へだって行ける。皆で行って、おいしいものを食べて、観光して、お土産を持ってから故郷に帰るんだ。きっと、すごく楽しいよ」

「ふふっ、そうだね。きっと、楽しい」


 彼女は安心したように笑った。炎にあてられたのか、頬を赤くしている。未だ涙を瞼に浮かべている彼女が愛おしく感じて、私は彼女を抱きしめた。


「ロック……?」


 不思議そうに声を漏らす彼女。私は、自分の心音が彼女に聞こえていないか、だなんて淡い心配をしていた。


「大丈夫、君は死なない。死なせやしない。……私が、君を守るよ」


 その誓いは、戦場では立ててはならぬものであるということを、若い私は、まだ知らなかった。



       ◇



 彼女の言うとおり、戦場というものは、まさしく地獄であった。

 当たり前の話ではあるのだが、戦場様というものは感情を持たないらしい。

 ドラマチックも、感傷も何も無く、そこに絶望を突如として運んでくる者、それこそが戦場だということに、ここまで戦い続けてきて、私はようやく知ることとなった。


 その日、彼女に誓いを立てた次の日、戦場で私たちは本物の悪魔と出会った。それは大きく、灼熱色の翼を携えて、唐突に上空へと現れた。漆黒の髪と髭を伸ばした悪魔が指をパチンと鳴らすと、そこには小さな魔法式が現れた。そして、悪魔は低く、渋い声でこう呟いた。


「永絶せよ」


 魔法式から顕現したのは、辺りを埋め尽くすほどの閃光であった。危険を察知した私は、草原にたったひとつ横たわっていた大岩へと飛び込んだ。


 瞬間、身体を焼くような熱と、塵にして吹き飛ばすような衝撃が、私を襲った。私は持てる魔力と魔法を駆使して、その場に留まった。


 衝撃が去り、岩陰から顔を出すと、目の前の草原は、焼け野原へと形を変えていた。


「ラルゴ、こちらポイントB2、作戦は完了した。ただちにポイントA1へ移動を頼む」


 声を聞き、私は上空へと再び目を向けた。長髪の悪魔がそう告げると、男の真下には黒い穴のような空間が生まれた。ただただ唖然とする私に、男は醜悪な笑みを向けると、穴へと落ちて行った。


 他に生存者はいないか。そう思って私は彷徨い歩いた。しかし、辺りを見渡しても、立っている兵を見つけることはできなかった。皆、先ほどの閃光に、焼かれてしまったようである。諦めようとおもったそのとき、自分の足元で、誰かが黒い炎で炙られ続けているのを見た。それは、もう半身が灰となっており、男か女かも区別がつかない。その存在を許さないとでも言うように、黒炎は、それを燃やし続ける。


 私は、半ば死体となったそれを見捨てることができず、氷や水の魔法を掛け続けた。しかし、その黒い炎は消えることなく、それを燃やし続けた。男の、契約する悪魔の能力であったのだろう。その存在を、消えるまでに永久に燃やし続ける炎、とでもいうところだろうか。


 私は、もう、自分の命などどうでもよくなった。私は、その誰か分からぬ身体に、そっと手を添えた。誰かが寄り添わなければ、この誰かも報われないだろうと思ったのだ。


 炎が燃え移るかと思ったが、そんなことはなかった。この炎は、燃やす対象以外は、燃やさないらしい。熱さえも、この誰かは焦げ、煙を出すほどなのに、手を触れても感じることはなかった。当然、それが伝わることもない。死ぬ手段を失った私は、ただただ、茫然とその誰かを見つめていた。


 辛うじて人の形を保った誰かは、声帯も焦げてしまっているだろうに、必死に口を動かしているようであった。私は、聞き遂げようと思い、それに顔を近づけた。


「ロ……グッ……あり、が……」


 そこで声は途切れてしまった。二度と動かなくなったそれは、数分後に、完全に灰となって燃え尽きてしまった。








 それが、彼女だったのかは分からない。他の幼馴染の誰かだったかもしれないし、まったく知りもしない部隊の人間だったのかもしれない。


 けれど、それから私は、魔法や神というものにさえ、怒りを覚えるようになった。とある学者が言ったという説にも反吐が出る。魔法とは、己の感情を、意志を、心を、顕現するものであると。冗談じゃない。ならばあの男は、あの男の感情一つで、私の仲間を、あんなに無残に殺したというのか。神という者がいるのならなぜ、あんなにも惨い死に方を、私の友人たちがしなければならなかったのか。


 私は、ある目的のために動き出した。あの男を殺す。そのために、どんな手段を使ってでも強くなる。悪魔とも契約した。命の危険が迫り、進化(アップデート)さえもした。しかし、そんな中で、代償として失ったものさえも知らずにいたのだ。


 最初の契約では恐怖という感情を。次の進化では、一番大切な記憶を。


 何のために強くなるのか、それが分からず、ただ、私は力を求めて彷徨った。エルフやドワーフの少女を連れ込み、亜女薬を大量に開発した。亜女薬は低ランクのモノから順に、「青」、「黄」、「紫」と存在する。「青」などの低ランクなものは人間へと垂れ流した。あいつらは馬鹿だから、金はすぐに集まった。私は「黄」ランク以上の亜女薬を摂取し続け、常軌を逸するほどの強さを手に入れた。


 しかし、今となっては、手に入れたその力は、本当に私が望んでいたものなのか、それすらも分からなくなってしまった。どうしても力が必要だった。手段など選んでいる暇もなかった。意味の分からぬ焦燥感は、ずっと私の首を絞め続けていたのだから。




       ◇




 彼の黒鉄の刃が、首元へと食い込んでくる。プツップツッと一つずつスイッチが消えていくように、意識は段階を踏んで暗くなっていった。それは白い背景へと切り替わり、そこには、いつも一緒にいた、四人の幼馴染がいた。元気な奴も暗い奴も……、そして、底抜けに優しい彼女も、そこにいた。私は彼等の元に駆けるように、手を差し出した。


「ああ、そうか。ここか、ここからが、私たちの――」


 旅の、始まりなんだ。


 私は、首を縛りあげていた拘束を振り切るように、駆けだす。

 きっと、彼らと共にいれば、私は、真に笑うことができるはずだ。



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