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或る生産職の日常  作者: 壷家つほ
第3話 新レシピ
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17. 攻撃者

 このように、草薙を筆頭とする細工職人一行は、息急き切って件の露店のあった森へと乗り込んでいった訳であるが、残念ながら露店は跡形もなく消え去っていた。一同は暫く捜索を続けるも、結局何の痕跡も発見出来ないまま、落胆の内に帰還する羽目になった。

 細工職人協会に戻り、幾つかの連絡事項を伝えた後、草薙はまずアルト達を先に帰らせた。

 次に「もう少し宜しいでしょうか?」と花々に告げて、二階の小会議室へと連れ込む。

「恐らくは、もう気付いていらしゃるかと思いますが――」

 草薙はそう切り出した。

「このアクセサリーは細工職人の製作品ではありません。また、他職の製作品としても、細工職人協会が未だその存在を確認できていない品です。我々はこれが『錬金術士』の作ではないかと考えています」

 机の上に置かれた「赤花の守り石」を眺めながら、花々は尋ねる。

「それはどうして?」

「このアクセサリー、製作方法は石に針金を括り付け、そこに革紐を通しただけという、極々初歩的な製作スキルを使用して作られた物です。二次職以降の職人なら大概は作れます。また、使用する魔法道具は極めて安価で、サイズは片手で持てる位の小さな物です」

「そんな程度の物だったら――」

「重要なのは、石です」

 花々が、「他職が新レシピで製作したアイテムとは言っても、そこまで警戒する必要はないんじゃないか」と続けようとしたのを遮って、草薙は言った。

 女性にしてはやや無骨な職人の指が指し示しているのは、「赤花の守り石」の石の部分だ。

「『石』……『魔法結晶』ですか?」

「その通り。この魔法結晶こそが未確認の素材アイテムなのですよ。そして、錬金術士の六次職には『結晶素材合成士』という職業があります」

「新発見のドロップ品や採集品の可能性は?」

「無論、あります。ですが、花々さんがこのアクセサリーを購入した際の状況をお聞きすると、ある疑惑が浮かんでくるのです」

「え?」

「それをお話しする前に、まずはこの『赤花の守り石』と呼ばれるアクセサリーについて、詳しくご説明致しましょう。一点目は先程も申し上げた通り、このアクセサリーは素材さえ揃えてしまえば、大抵の生産職に製作可能です。冒険者学校に通う学生でさえも、です」

 職人としてのプライドを害されたのか、草薙は一瞬苦々しい表情をして話を続けた。

「二点目、『赤花の守り石』には職業やレベルによる装備制限はありません。その上、所有者認証アイテムでもない為、本当に誰でも装備ができてしまいます。非冒険者の一般人にも装備可能です。まあ、この点については何処にでもある、ありふれた装備アイテムです。花々さんが今身に付けていらしゃる他の装備もそうでしょう?」

「えっ、まあ、そうですけど……」

(暗に「安物を着ている」と馬鹿にされた気がする)

 今度は花々が気分を害されたが、この程度の毒舌はいつものことなので、敢て指摘はしない。

「三点目。これが一番重要です。『赤花の守り石』は、二点目の特徴を持つ全てのアクセサリーの中で、ステータス上昇効果が最高値となります。それも既存の品の三倍です」

「!!」

「しかも一点目で挙げた通り、初心者職人でも作れる、と。……これはもう、革命ですよ」

 屈辱すらも越えて、草薙は困り果てたという顔をしていた。

 花々は言葉が出なかった。

「ところで話は変わりますが、花々さんが例の露店付近で出会ったというモンスター、恐らくは『シルバー・グミ・スライム』です。本来の棲息地はここより遥か西の山岳地帯になります。恐らく、魔法戦闘職の一つである『召喚士』が連れてきたのでしょう。そして、知力や魔力の値がその能力に強く影響する錬金術士は、殆どの場合において、知力・魔力の成長に有利な魔法戦闘職をサブ職業として選択しています」

 草薙は続ける。

「また、シルバー・グミ・スライムが本気で体当たりしてきたら、花々さんの生命力と耐久力ではまず即死します」

「『即死』!?」

 思わず花々は椅子から立ち上がった。後一歩で神官ダンジョンの悪夢再び、という事態だったのだ。

「即死です。一応、中級モンスターですから。つまり、花々さんが死なないように召喚者が制御していたということなのでしょうね」

 草薙は淡々と答えた。

「ちょっと待って下さい! それって、私をあの露店まで誘導し、新レシピのアクセサリーを発見させる為にってことですか?」

「ええ」

 草薙は、やはり冷ややかな調子で花々の言葉を肯定する。

 有り得ない、と花々は思った。どうして、そのような手の込んだことをする必要があるのか。それも、一介の新人細工職人に過ぎない花々相手に――。

「でも、結構種類がありましたよ? その中から目的の一つを選ぶことなんて……」

「そこにある全ての商品が新レシピの製作品ならば、どうです?」

「すべっ……!」

「我々が新レシピクエストを大量に発注したこと、その経緯、既に彼等にも伝わっている筈です。細工職人と錬金術士を兼業している者もいますからね。それを知った上で彼等は我々に対し、こういう形で『挑発してきた』」

 眼鏡の奥にある瞳に、微かに憤怒の光が宿っているように見えた。

(思い込みじゃないのか!?)

 花々は慌てた。

「いやいやいや、待って下さい! その『シルバー・グミ・スライム』って中級モンスターなんでしょう? 私には倒せないけど、倒せる人もいるんじゃ――」

「少なくとも私には倒せますね。その場合、相手に合わせた強さのモンスターを使えば良いだけの話です。本職の戦闘職が同行していた場合は、話が変わってくるのでしょうが」

「それって、私の強さや戦闘職の仲間がいないことを知っていて、尚且つこのクエストを受けたことも知ってたってことですよね」

「はい。更に言うなら、我々細工職人協会職員の中に花々さんの情報を流出させた愚か者がいる可能性も否定できない、ということです」

「……」

 絶句するしかない。

 草薙は、彼女には珍しく、ぺこりと丁寧に頭を下げた。

「この度は大変なご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした。後日、上の者が改めてこちらのアクセサリーを発見した際の状況をお伺いし、今回の件での情報の取り扱いに関するお話や本日発生した強制クエストの報酬等のご相談をさせて頂くことになると思います。予めご了承下さい。また、こちらのアクセサリーを細工職人協会で買い取らせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」

「大丈夫、です」

「有難うございます。それでは――」

 その後も草薙は長々と話をしていたが、花々の頭の中には殆ど入って来ず、事後処理の大半を草薙任せにして本日の業務は終了した。



 花々は、ふらふらと覚束ない足取りで細工職人協会を後にした。

 空はもう真っ暗だ。しかしながら、街の灯りのお陰で星は見えない。

 街灯と街灯の間、少し薄暗くなった所で花々はふと立ち止まり、黒い空を仰いだ。

(生産職って……っ!)

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