凄惨な約束
前回に引き続き、よろしくお願いします
王が外に消えたと思えば、親父たちもぞろぞろと立ち上がった。誰一人として一言も喋らない。打って変わり、皆揃って神妙な顔つきだった。
サラも真剣な眼差しで、冒険者らに外へ出るよう促していた。場は非常に緊迫していた。
事情を知らない私でも、あの鐘が何を意味するのか、嫌でも察せる。馬鹿みたいに騒いでいた彼らの変わりようが尋常じゃない。
私も一冒険者として、嫌々ながら外へ出た。遠方では既に開戦したらしい。金属のぶつかり合う音がする。
親父どもの後へつき、音のした方へ出向いた。東の方角だ。私が初めてここへ入った思い出の門が近い。
そこには、予想以上の凄惨な風景が広がっていた。あるのは血と死体と混乱だ。人々が阿鼻叫喚して我先にと逃げ惑うのだ。子供は踏み潰され、犬猫は蹴飛ばされていた。イラクやアフガンと何ら変わらない。
一度の戦闘でこれだけの冒険者が死ぬのだから、人員不足にも頷ける。しかも戦いはまだまだ始まったばかりだ。
数多のアンデットがひしめき合い、死体を貪っていた。武装したスケルトンやらグールやら、その頭数は数え切れない。
見れば、分厚い石壁にぽっくりと大きな穴が開いていた。ここから侵入を許したのだろう。しかし、アンデットにもそんな馬鹿力の持ち主がいるのか。
突然、左頬に衝撃を感じた。慌てて建物の壁に隠れた。頬に手を伸ばすと、べったりと血が付いていた。いつの間にか矢を射掛けられたらしい。スケルトンの仕業だろう。
あの数なら、拳銃では対抗できそうにない。とにかく殴って蹴り飛ばし、数を減らすべきだろう。アンデットを殴殺するくらい造作もない。
私は既に良心を捨てたが、殺戮を看過できるほど非情ではない。軍人の本分は市民の守護なのだ。
頬の回復を待ってから行動に移った。脇を掠めた矢を掴み取り、突貫してきたグールに突き刺した。まだ息があったので、首を捥いでとどめを刺した。
アンデットを初めて近くで見たが、正に動く死体といった体だ。その上なかなかすばしっこい。そしてこの数だ。厄介極まりない。
ちぎっては投げ、ちぎっては投げるを繰り返した。グールは見た目にそぐわず頑丈だ。千切るにも少し力がいる。
時たま、矢が体に突き刺さった。飛んできた方向にグールを投げつけるのが精一杯だった。
日が暮れる頃には、アンデットの数もかなり少なくなった。もう数えられるほどしか残っていない。それは冒険者も同じだった。私の衣服も血染めになり、側頭部の矢がよく映えていた。
少し体の力を抜いた瞬間、何かが掴みかかってきた。振り解こうとしたが、循環器に矢を刺された。思わず息を吐き切ってしまい、片膝をついた。ジョンストンにやられて以来、経験していなかった苦痛だ。
脈を安定させてから四肢を引きちぎろうと思った。だが、敵はその前に崩れ落ちたらしかった。背後を見れば、首の吹き飛んだスケルトンが転がっていた。遠くには矢に貫かれた髑髏がある。
「大丈夫か。随分と苦しそうだったが」
「お前には頭の矢が見えないのか。これくらいすぐ治る」
この期に及んで飄々とした王に声をかけられた。これは彼の仕業らしい。弓の腕は確かなようだ。
もう酔いはすっかり醒めたらしかった。足取りも確かだ。
身に纏った小さな鎧には傷一つついていない。きっと上手な戦い方をしたのだろう。真正面から突っ込んだ私とは大違いだ。
「まあ、助かった。ありがとう」
「いいっていいって。気にすんな」
彼は満面の笑みだった。こいつ貸しにする気だ。心中で毒づいた。
「それより、もう全部片付いたらしいぞ」
王の指差す方を見れば、冒険者たちが勝鬨をあげていた。ようやく軍隊も加わったらしく、とんでもなく大きなものだった。
私は、壁に背を向けて座り込んだ。今回は予想外の仕事だ。さすがに疲れてしまった。
「しかし、俺の回復力を見ても無関心なやつは初めてだ。こんな輩はよくいるのか」
「ザラにな。このギルドにもいた。だが、そこまで回復の早いやつは初めてだ。きっと高等な魔法使いなんだろうな」
王の黒髪が風に晒され、はためいた。彼は夕陽のよく映える男だと思う。これで性格があればさぞ女性に人気なのだろう。
しかし、魔法とは何だろうか。ここはファンタジーに溢れた世界だが、私に魔法を使った覚えはない。
「魔法?」
「とぼけては……いないのか。じゃあ、その回復力は素ってことになるな。それは本格的に見たことがないぞ」
王は私を見据え、目を丸くした。
生活していれば、誰かしらに知られることだ。それで迫害されるのも予想していた。だが、彼の反応はまるで違った。
「吸血鬼とのハーフだったりするのか? ここの将軍がそんなんだしなあ。あ、さてはお前、新しいアンデットだな」
「全部はずれだ。正解は記憶喪失だからわからない」
「おいおい、それはないだろ」
それなら真実を伝えろとでもいうのか。生憎、それは無理な話だ。たぶん教えても理解できないだろう。私だってよく理解していないのだから。
私はしつこく食い下がる王を適当にあしらった。人一倍、好奇心の強い青年だ。
しかし、なぜ彼が私を気味悪く言うことも、退散することもないのか。それは、周りを見渡せばすぐわかった。私よりも奇妙な体の輩が断然多いのだ。そして王は、それよりもずっと奇妙な敵を相手にする冒険者だ。殆ど不死の輩であれ、別に何とも思わないのだろう。職として冒険者を選んだのは、懸命な判断に思えた。
王のねだりが終わる頃には、逃げた人々も戻ってきていた。死体も片付けられ、石壁の穴も塞がれていた。何事もなかったかのように、また日常が営まれるのだろう。
「こういうことは、よくあるのか」
私はふと、王に尋ねた。先ほどから必ずお前の正体を暴くと豪語していたが、質問にはしっかりと答えてくれた。その辺り、根は優しいのかもしれない。
「年に一度あるかないか、だな。今回のは特に大規模だった。こんなのは俺も遭遇したことがない」
どうやら私は、かなり運が悪いらしい。まさか冒険者でさえ見たことがない大騒動に巻き込まれるとは。
私は、それだけ聞くと立ち上がった。何はともあれ、家に帰りたくなった。
疲れもすっかりとれた。衣服を新調しなければならないのが憂鬱だ。
側頭部の矢を抜き、部屋へ戻るべく歩き出した。思っていたよりも多くの血が噴き出した。
「なんだ、もう帰るのか。まだ色々と話したいんだが」
「やることはやったからな。早く帰って体を洗いたい」
血でべたついて堪らなかった。荒い戦いをしたので、返り血が酷かったのだ。急いで流さなければ、落ちなくなってしまうような気がしたほどだ。
「なんでさ。呑んでいこうぜ。お前以外みんなその気だ」
「殺しのすぐあとに食事ができるほど、人の心を忘れた訳じゃない」
戦後の宴会に出席したくないのは、紛れもない本心である。もう一つの理由は、面倒なだけである。
しかし、ここの住民は陽気なんだか非情なんだか、よくわからない。他人とはいえ、顔見知りの死後は私でさえ行動を自粛するというのに。彼らが前向きなだけであることを願った。
「また明日、ギルドに顔を出す。その時に話してくれ」
「朝はたぶん酔い潰れている。昼以降にしてくれ」
「お前から注文をつけるな」