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駆け出しの街

前話に続きお願いします

 その街は城壁に囲まれていた。10メートルはゆうに超える石壁だ。相当な労力が必要とされたに違いない。

 近くへいってみると、人影が見えた。古めかしい櫓もだ。彼らは揃って槍と弓を携え、壁にひっついて離れようともしない。前時代的な風景だった。


 私は、彼らとの会話を試ることにした。無理やり進入するのは賢くない方法だ。私はただでさえ大柄で目立つ。そんな輩が拙い言語で右往左往していれば、誰だって不審に思うだろう。


 兵士らは、暗がりから近づく私の姿を見ても、怪訝な目を向けたりしなかった。こういった真夜中の訪問者はよくいるのだろうか。

 私は、城門の両隣に佇む二人組に話しかけた。


 「こんばんは」

 「ああ、こんばんは」


 右の小柄な兵士が応じてくれた。意外にも、ポルトガル語が通じたことに驚いた。

 私は、何ひとつ変えることなく、いま訊きたいことを訊いた。


 「失礼ですが、少しご質問があります」

 「言ってみろ。可能な範囲で答える」

 「イラクでのアメリカは、どうなりましたか。中露の出方は? 大量破壊兵器は本当に存在したのですか」

 「は?」


 途端に、兵士の目が変わった。黙っていた左の彼も私を見た。

 ここは本当に異世界なのかもしれない。彼らの反応は、そう判断するに十分だった。兵士がイラク戦争を知らないはずがない。あそこまで大規模な戦争はそうそう起こらないはずだ。


 「おかしなことでしたか。それは申し訳ない。ところで、この土地の名はなんというのですか」


 私はすでに腹をくくっていた。目を覚ましてからうすうす感づいていた。故に、この世界で安息を得る方法も考慮していた。

 元の場所へ戻る方法は分からないが、いずれ見つかる。それを見つける日までに準備することが得策だと考えた。


 「マダナス市だ」

 「マダナス……?」

 「分からないのか。コロンブマ県の北東部だ」

 「分かりません」


 私はわざとらしく声を震わせた。すると、左の兵士が相棒に耳打ちした。

 数呼吸の間をおいて、二人が私に向き直った。


 「この大陸の名は?」

 「分かりません」

 「じゃあ貴様の名は?」

 「……分かりません」


 兵士らは顔を見合わせる。訝しげな視線はそのままだ。


 「たぶん記憶喪失者だ。一応、広場へ連れていけ」

 「分かった」

 「おいあんた。こいつに付いていってくれ。大丈夫だ、変なことはしない。安心してほしい。法に従ってあんたを保護して親戚を探すだけだ」

 「ああ……ありがとう、ございます」


 私の作戦は成功が近いらしい。内心でほくそ笑んだ。新聞の情報は正しかったのだ。

 このバスコダ大公国は、民衆への待遇が他国と段違いだ。社会保障も充実しているらしく、申請すれば永住証明書だって作れる。簡単な検査が伴うらしいが、それは問題にならない。


 この国は、紀元前から農耕と漁業、交易によって栄えた街だ。清い大河と、そこから溢れた肥沃な土がその謂れだ。古くからこのマダナス市が首都らしい。

 公室はその代から続いているそうだ。単純計算すれば、その時間は実に四千年を上回る。中国史をも超えるのだ。

 治安は良くないが、生活は豊かだと聞く。ここで生活の基盤を固めるのが最善だ。交易の中心地なので、準備、情報収集を迅速に行えるだろう。


 兵士の後ろに並んでマダナス市へ入った。そこでは、間口が狭く、背の高い住宅が軒を連ねていた。限られた空間を活用する中世ヨーロッパらしい街並みだ。

 すでに寝静まっていたが、昼は活気に溢れているのだろう。それは容易に想像できた。


 私は大広場に案内された。中央には噴水があった。そこには数人が腰掛けていた。昼夜を問わず市民の憩いの場らしい。

 兵士が向かったのは、その片隅にある小さな小屋だった。中には机を挟んで2脚の椅子があった。


 「ここだ。そこの椅子に腰掛けて」

 「はい。失礼します」


 私はそこで、兵士にいくつか質問を受けた。氏名年齢、職業、いつから記憶がないのか。彼の質問は簡単だったが、その腕は確かだった。私の僅かな動きも見逃すことがなかった。この国は恐らく、心理学にも精通しているのだろう。それでも私は嘘を貫き通した。まさか真実を伝えることはできなかった。嘘を吐くのは得意なので問題ない。人を欺くことには慣れている。


 「よし、分かった」


 彼は回答を吟味し、筆を置いて私を見た。


 「虚偽の発言は一切みられなかった。あんたは確かに記憶喪失者らしい。バスコダ大公国に保護される権利がある。永住証明書の発行には手続きから3日かかるが、住まいは今から提供できるし、生活保護支給は明日から受けられるぞ。それとこれ、仮の証明書だ。身分の証明が必要な時に使ってくれ」

 「ありがとうございます。質問なのですが、支給の日は決まっているのですか。それと、住まいは今から探しに行くのですか」

 「支給金は月初めに市役場まで来てくれ。市の中心にある。大きな建物だから目立つよ。

 家は決まった場所がある。そこへ行くだけだ。必要最低限の物は揃えてあるが、もし他に必要な物があれば支給金で揃えてくれ。それと、あんたの似顔絵を広場に掲示しとくよ。親戚、見つかるといいな」

 「よろしくお願いします。何から何まで、本当にありがとうございます」

 「国の規則だからな。気にしなくていいよ」


 私は弱者を演じ、ひたすら頭を下げた。彼は笑いながら、住居へ案内してくれた。

 良心などとうの昔に捨てた。だから軍人という職業を行えたし、こうして嘘を貫き通せる。自分が優位に立つためには仕方のないことだ。


 それは、中世においてはごく普通の住宅だった。

 これからご近所さんになる方はかなり多いらしい。蝋燭の灯りが見えなかったので、挨拶は明日以降になりそうだ。


 私は、何度も礼を言って兵士と別れた。彼は最後に、職場について少し話してくれた。


 「あんた、職はどうするつもりだ」

 「職業ですか」

 「そうだ。何せ生活保護は3ヶ月しか支給されない。その間に次の職を探さなきゃならないんだ」

 「職業……」


 道中で少し考えていたが、異世界の職業と言われても思いつかない。恐らく元いた場所と大差ないが、奇抜な物もあるはずだ。


 「あんた、字は読めるのか。もし問題があるなら、必要最低限の教育を受けられるぞ」

 「生活に困らないくらいならばできます」

 「今おれと会話できているしな。それなら職に困ることはないと思うよ」

 「それは良かった。あの、具体的にどのような職業があるのでしょうか」

 「この国は自営業が一番多いかな。それと流通業も盛んだぞ。ちょっと体を張るなら、冒険者とかもある」

 「はい?」


 聞きなれない単語に困惑した。冒険家を言い間違えたのか。


 「冒険者だよ、冒険者。アンデット退治の専門家さ」

 「アンデット……?」

 「あぁ、もしかするとその記憶もないのか。それは困ったな。じゃあ、明日にでも職業支援場に行くといい。市役場の隣にあるはずだ。そこなら、俺よりももっと詳しく丁寧に説明してくれるよ」


 やや投げやりに聞こえなくもないが、夜も深い。妥当な判断に思えた。しかし、アンデットとは何だ。この世界はファンタジーやメルヘンで溢れているのだろうか。


 彼と別れてすぐに部屋へ入った。もう考えたくなかった。混乱から立ち直れなくなる気がした。

 蝋燭に火を灯すと、全体がよく見えた。中々の広さだ。

 中央に小さな円卓と椅子があった。隅には棚もある。食料品を仕舞っておけそうだ。簡素な造りだが、ベッドもあった。

 だがマットレスは非常に硬かった。刑務所でもここまで硬くないはずだ。明日にでも買い替えなければ。できる限り早急に。


 兎にも角にも、休息をとることにした。今日は色々なことがありすぎたが、大きな一歩を踏み出せた日になった。

 硬いマットレスに寝転び、目を閉じた。

 目が覚めれば、この悪い夢から逃れられる。イラクの研究所に戻っている。そしてまた手術台で眠る日々を送るのだ。そう信じていた。

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