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ウェジニールの翼  作者: 木柚 智弥
試験国の思惑
9/16

負の遺産


 アルバータ山の中腹に穿たれるようにして築かれた基地の奥。

 強化ガラス製のドームに覆われた屋内の中庭を通りすぎ、頑丈な裏扉から外に出て、肌を刺す冷気に(さら)された通路を真っ直ぐに抜けると、巨大な岩と低木に囲まれた基地の外縁部に辿り着く。

 そこから見える景色は、一見、タルバ村に似た岩と瓦礫の斜面だ。しかしその先にある、美しい山並みと抜けるような青い空が違いを際立たせる。

 広大で厳しい、けれども汚染のない美しい自然。多くの自治都市には望むべくもない、地球本来の姿。

 その景色を目に入れながら、ルゼットは奥まった低木のそばで歩みを止めた。

 足の先には、こじんまりした縦長の石碑がひとつ立っている。

 ウルクとジェトリが眠る場所だ。

 ルゼットはしばらく石碑に彫られた名前の文字を目で追ったあと、横にある岩に腰かけてため息をついた。

 脳裏に浮かぶのは、今朝がた届いたリグレのメッセージだ。

『昨日、予定どおり手術を終えました。今のところ痛みや不具合はありません。カイルも無事だから安心してください』

 画面の中のリグレは、まだ病院の部屋着だった。

『正直、迷いがなかったかと言えば嘘になります。けれども今は兄さんの判断を信じて前に進もうと思います』

 フィルティアから伝言を聞いたのが三日前。リグレはルゼットを気遣い、術後まもなくしてメッセージをくれたのだろう。

(まだおれを兄として尊重してくれるのか)

 それがわかっても、寂寥感は拭えない。

(これでとうとうおれ一人だ)

 やるせない思いと、これでいいという思いが胸中でせめぎ合う。

「………っ」

 岩の上で足を抱えて膝頭に突っ伏すと、感情の揺れに感応した翼が背中で小さく震えた。

(ごめんウルク兄さん。ごめんジェト兄。せっかく守ってくれたのに)

 すべてはあの日、自分が決断したことだ。


 連邦の手から救われ、カナダ基地に運ばれたルゼットたちを待っていたのは、しかし容赦のない現実だった。

「聞きましたよ、ベーゼンドルフ総長。長年行方不明だったウェジニール博士が処刑され、諸悪の根元である有翼アンドロイドが残ったんだそうですね」

 薄茶の制服を身につけた一団が固い顔で押しかけてきたのは、到着から一夜が明け、ガレイルの部屋でクレシドの成り立ちや内容を説明されている最中だった。

 彼らは長椅子に並んで座るルゼットたちを凝視すると、向かい側に座るガレイルに詰め寄った。

「なぜフェリオル博士の反対を押し切って彼らを引き取ったんです」

「我々は納得できません」

「その不吉な生体機械(アンドロイド)をただちに連邦へ渡してください」

 ガレイルは「挨拶もなしとは無礼だな」と牽制したが、基地の職員たちは引かなかった。

「命令に逆らって多くの犠牲者を出したような殺戮兵器がうろついていては安心して暮らせません」

「連邦も不愉快な様子だとか。クレシドの運営に支障をきたしかねませんぞ」

「ウェジニール教授の遺産だということですが、そもそも今のクレシドは彼とは何の関わりもないではありませんか」

「おまえたち、何をしている!」

 騒動を聞きつけたフィルティアが血相を変えて割り込んできたが、彼らの主張は変わらなかった。

「別次元の時間を生きるあなた方には今も大切な仲間なのでしょうが、彼が『水のウェジニール』などと呼ばれて活躍したのはすでに昔の話。正直、我ら大多数の組織員には縁のない人です。唯一の肉親であるフェリオル博士が引き取りを拒否した以上、そのアンドロイドたちを留め置く理由などないはずです」

 口々に意見を述べた面々は、子どもの前でする話ではないというフィルティアの意見を容れ、部屋をあとにしたものの、「聞き入れていただけるまで何度でも伺いますぞ」と念押しを忘れなかった。

 こうまで言われては、真実を知らずにいることなど不可能だ。

 その日の夜、リグレとカイルが寝たあとで、ルゼットは一人ガレイルの泊まる部屋に赴き、彼からすべての経緯を聞きだした。

「有翼アンドロイドは連邦軍が開発した戦闘兵器だ。ただし初期は知能レベルが無人戦闘機と同程度で、無差別攻撃に使用されることが多かったので残虐に映り、戦果が報道されると批判が殺到したりしていた」

「……だからおれたちのことを殺戮兵器と」

「おまえとは造りの根本が違うのだが」

 ガレイルは嘆息した。

「戦争の激化で兵器開発を迫られた軍は、有翼アンドロイドの改良のため、あらゆる機関に協力を呼びかけた。優秀なバイオテクノロジーの研究者だったウェジニールもそうやって声をかけられた一人だ。彼はそれを、自分の夢を実現するチャンスと捉えたのだろう」

「夢?」

「翼ある人間を生み出すことだ」

 そうしてガレイルは語った。

 ウェジンとは同じ大学で学んでいたこと。お互いが特異能力者であることを知り、それをきっかけに親しくなったこと。研究分野で名を馳せるようになっても、ウェジンにはどこか夢見がちで幻想的なところがあったこと。

「物語にある妖精と心通わせる少年のように、彼は翼を持つ人間に憧れていた。だから依頼が来たとき、迷うことなく電脳と生体脳を融合させたバイオロイド型にする案を提示した。それが軍幹部の目に留まり、環境が整えられると、瞬く間に人間と同レベルの知能を備えたバイオロイドの製作に成功した。それがおまえたちの原型、URK-1。これを改良し、促進培養したのが2から8、この8がウルクだな。さらに高性能を目指したのがJETLタイプ。これは7まで作られた」

「じゃあジェトリは……」

「NO.2だ。彼らには、人と同じ判断力に加えて強い倫理観を持たせることが重要だったので、ウェジニールは彼らと生活をともにし、我が子を育てるようにして教育を施した。思えばフェリオルはその頃から『やつらにウェジニールを取られた』などと言っていたな」

 ガレイルは背もたれに体を預け、深く息を吐きだした。

「長引く宗主連盟との戦いで市民は戦争に()み、政府は焦りを覚え始めていた。どうにか軍事的な成果を上げたかったのだろう。それから七年後、上層部は十五体で区切りをつけ、軍事作戦へ投入するよう要請してきた。むろんウェジニールには断れなかった」

 戦闘のために開発したのだから当たり前だが、とガレイルは付け足した。

「不具合のあったウルクを残し、十四名の翼たちが連邦軍に引き渡され、戦地に投入された。そこで彼らは職業軍人並みの判断力と翼に備えた攻撃力で、宗連軍の戦闘機相手に凄まじいばかりの戦果を上げた」

 もちろんルゼットはその攻撃力とやらが何なのかすぐにわかった。

「軍は大々的に宣伝し、世間は彼らを〈ウェジニールの翼〉と呼んでもてはやした。しかしウェジニールはあまりの美化されように、『現実のあの子たちは完全無欠じゃない。中身は普通の人間と変わらないんだ』と不安を口にするようになった」

 そこでガレイルは声を落とした。

「その頃の私は、研究所に勤める傍ら軍に自らの特異能力を提供することで地位を得、同じような能力者からなる部隊の編成に着手していた」

「クレシドのもとになる部隊ですか?」

「そうだ。私の研究成果の施術を報酬に、十人の特異能力者に声をかけた」

「研究成果?」

「不老化だ。不死ではないが、細胞が衰えないことで寿命が格段に延びる」

 コーエンが言っていた話である。

「偶然の産物で、特異能力レベルの強い者にしか良い結果が得られなかったが、クレシド発足を目指す私には好都合だった」

「……どうして」

「しがらみのある資金提供者どもには効かなかったからだ」

 そこには、複雑な立場を泳いできたガレイルの生きざまが窺えた。

「ウェジニールは水を、フェリオルは風を操る能力を持っていた。だから二人には早くから声をかけていた」

「水……」

 ルゼットの脳裏に雲を落とすウェジンの姿が思い出された。あのときの技は科学ではなく、彼の持つ特殊な力だったのだ。

「フェリオルは承諾したが、ウェジニールは送り出した翼たちが気がかりで返事を保留にしていた。やがて連邦軍が攻勢に出だすと、あちこちで翼たちのトラブルが発生した」

「トラブル?」

「味方を巻き込んで雷撃したり、上官の命令に背いて作戦を台無しにしたり。これはかなり問題になり、研究者の間で〈ウェジニールの翼〉は欠陥品であるとの話が持ち上がった。世間の反応は賛否両論で、彼らに対する評価が割れはじめた」

 ルゼットはコーエンの態度に滲んでいた『ウェジニール教授』への興味と憧れの気配を思い出した。彼は賛成派の家で育ったのだろう。

 ガレイルが続けた。

「ウェジニールは自分に診断させるよう申し出た。が、軍はそれを拒否し、逆に問題の四体を『修理』するからURK-8を出すよう要請してきた。不信感を抱いた彼は私に特殊能力部隊への参加を申し出、代わりに翼たちを取り返してくれるよう求めてきた」

 そこでガレイルはルゼットに向かって頭を下げた。

「すまない」

「え……?」

「このときの私の判断が、或いは彼の運命を変えたかも知れない」

「どうしてですか?」

「私の実家は領族の中でも名門で、多くは政治家として活躍していたが、父も兄も偏見を恐れて己の特異能力をひた隠しにしていた。それを理不尽に感じていた私は、特異能力者の地位を上げ、認識を改めさせたいと考えていたのだ。だからこれはウェジニールを手に入れるチャンスだと考えてしまった」

 ガレイルは金色の目を伏せた。

「実績を示し、立場を強くしてから交渉すれば可能だと思うと彼に告げた」

 ルゼットは首を傾げた。

「渋ってる軍隊から取り返したいのなら、実際そのとおりだったんじゃないんですか?」

「確かに。だがこのとき、私には軍部が何かを隠しているだろうことは容易に想像がついた。だから実家のつてを使って調べ、早い段階で追及することはできたのだ。けれどもクレシドの立ち上げには不利になると考え、特殊能力部隊の地位を上げることを優先した」

 自分勝手で利己的な考えだったとガレイルは自嘲した。

「ウルクをウェジニールのもとに留め置けるよう手配したあと、彼に不老化の施術をし、あとはひたすら実績を積むことだけに集中した。フェリオルや他の七人にもまして、ウェジニールは体の限界を極める勢いで戦った。宗主連盟の反撃は凄まじく、軍の要求も厳しかったが、半年経つ頃には彼を含め、全員が将校に昇進するほどの戦果を挙げていた。そうしてそれぞれが異名で呼ばれるほどになった頃、ようやく私は翼たちの問題に着手して……」

 ガレイルは一瞬、宙に目線を投げると、軽く金色の頭を振ってから続けた。

「彼らの多くは膠着状態が続く前線に配属されていた。私たちは現場に乗り込み、敵を排除しては彼らを確保することを繰り返した。宗連軍は撤退し、勝利に貢献した私たちの部隊は名を高めたが、取り戻した八名の翼たちは深刻なPTSDに苦しんでいた」

「PTSD……?」

「悲惨な戦場を経験した兵士が心に傷を負い、正常な生活を送れなくなる、戦場でよく起こる疾患だ。自殺にも繋がることから、兵士には労務制限やメンタルケアなどの防止対策が義務づけられている。が、翼たちは〈兵器〉と見なされたため、絶え間ない出撃を強いられていたのだ」

「そんな……っ。だって、その翼たちって、兄さんたちと違わないんでしょう? ちゃんと休まなきゃ……!」

 おかしくなるのは当然だ。

「ウェジニールの不安は当たっていた。彼らは配属された当初から人権を無視され、大昔の奴隷のように酷使され続けたせいで不調をきたしていたのだ。なまじ徹底した倫理教育を授けたために反抗もできず、比較的優秀な士官のもとにいたJETL-2……ジェトリ以外は、精神的ダメージに外傷も重なって悲惨な有り様だった」

 ガレイルの表情が苦痛を帯びた。

「あのときのウェジニールの怒りと嘆きは今でも忘れられない……。それでも彼は暴発することなく私に全員の救出を求め、私は特能隊に組み込む名目で手を尽くした。そうしてさらに二名の翼を取り戻したが、修理と称して前線から下げられた四名はとうとう(かえ)ってこなかった」

「還ってこなかった……?」

「すでに破棄されていた」

「……!」

「最初に不調をきたした四名は、結局そのまま戦場に出され、次の失策を犯したところで処分されてしまっていた。修理と言って返還を退けた手前、報告しづらかったようだが、別に〈戦闘機〉を〈処分〉したところで罪にはならないのだから伝えることもない、との判断もあったようだ」

 そうしたことが重なり、事態は最悪の結果になったのだとガレイルは嘆息した。

「ウェジニールにとって、彼らは〈翼ある人間〉だ。実際に彼らは知能、内面、どれをとっても人と変わらなかった。しかし当時、そう認識できていたのは一部の親しい者たちだけだっただろう。なまじ翼に破壊力を持たせてしまったために兵器としての印象が強く、彼らを〈人〉と位置づけるのは難しかった」

 確かに、ルゼットでさえ雷撃するジェトリに恐れを抱いたくらいなのだ。普通の人々には到底、認識などできないだろう。

 しかしそれはとりもなおさず、自分も世間からそう捉えられるということだ。

「ウェジニールは勝手に処分した将校の逮捕を訴えたが、軍の幹部は『四体は戦闘兵器である』として拒否した。そんなときに宗主連盟との最終決戦が始まり、特能隊に組み込んだ翼たちにも出撃命令が下った。治療が必要だと訴えても非常時であると却下され、とうとうウェジニールは……」

(ああ――)

 ルゼットは理解した。

(父さんにはもう、それ以上、みんなを戦場に出すことはできなかったんだ)

 ルゼットが理解したことを、ガレイルも悟ったようだった。

「彼は主張を取り下げ、一見、普段と変わることなく日常の軍務をこなした。しかし心では翼たちを守れなかった自分を責め、倫理観を強く植え付けたことを後悔していたのだろう。衛星基地総攻撃のあの日――」

 ガレイルは言葉を切り、ルゼットを見た。

「作戦が始まる前の休憩時間、ウェジニールは私のところにやってきた。私はその心中を気にしながらも、顔を見せてくれたことで安心してしまった。だから彼が『この先何を犠牲にしても、僕はこれ以上、後悔を重ねたくないよ』と言ったとき、そうだなと返しただけで、言葉の意味を計りもせずに部署へと送り出してしまった」

 ガレイルはそこで大きく息を吐き出した。

「そうして彼はその日の作戦の終盤で、誰もが手一杯で動けなくなった隙を突き、自分の小型連絡挺にいた兵士のすべてを排除して、十名の翼たちとともに行方を眩ました。それはもう、普段の彼では考えられないような無慈悲なタイミングで持ち場に穴を空け、戦線の一角に大混乱を引き起こした」

 今もなお、連邦軍の語り草になるほどに、とガレイルは目を伏せた。

「彼の怒りの激しさを見せられた気がしたよ。これが『ウェジニール逃亡事件』の全容だ」

 ルゼットはコーエンの話を思い出した。

「連邦軍には大きな犠牲が出たと聞かされました。特に、作戦を共にしていた部隊の兵士はほぼ全滅だったと」

 ガレイルの瞼が僅かに持ち上がった。

「……ユリウスの部署か。彼は変わり種で、特能隊の中では軍幹部寄りの立場だった。私の部隊を抜けてのち、配属された先で翼たちを酷使してウェジニールと揉めたことがある。一片の容赦も加味しなかったろうな」

「ああ……」

 ルゼットはユリウスとウェジンの間で交わされた最後のやり取りを思い出した。

 だから父さんは、最後まであの男への態度を崩さなかったんだ。揺らぐことのない〈翼ある人間〉の親として――。

「一昨日、私の端末に送られてきたメッセージファイルに、地上に降りたあとの記録があった。消耗の激しかった翼たちのために僻地へと逃れて潜伏し、看取ってのちは地方を転々としたと。ジェトリ以外は回復せず、二十年と持たずに逝ってしまったのだそうで、唯一被害を免れていたウルクが気鬱になってしまい、ジェトリと相談して家族を増やす試みをしたのだとか」

「そうだったんですか……」

 自分たちの生誕にそんな理由があったのだと知り、慕わしさが募る。

(でも、みんなもういない。これからはおれがリグレとカイルを守らないと)

「おまえの詳しいメカニズムは、おまえに組み込まれている電脳に質問を向ければわかるだろう」

「電脳……翼を大きくするときに聞こえる別の声ですか」

「そうだ。おまえはウルクのクローンだということだった」

 クローン――昨日も使っていた言葉だ。それが遺伝子を取り分けて培養したものだということは、この部屋に来る前に調べた。

「だから兄さんは、俺たちは人と違うと……」

「長い試行錯誤の末、肩甲骨の下部に疑似子宮を設定、自己分裂細胞を着床させたのち十月後に分離――難しいことをはしょって言えば、つまりおまえはウルクの背中から生まれたということだ」

「背中……?」

 思わず背中の翼の下に手をやると、ガレイルが目元を緩めた。

「連邦法には、過去の人体実験の反省から『理由の如何を問わず、人から生まれ出でたものはこれを人と認め、実験体として扱うことを禁ずる』とある。ウルクもジェトリも作られたとはいえヒト遺伝子を組み込んだ生体である以上、彼らから生まれたおまえや弟たちは〈人〉として戸籍を得る権利があるのだ」

 言葉を切り、再び背もたれに体を預けたガレイルを見やりながら、ルゼットはウェジンがユリウスに告げていた言葉の意味を悟った。

(この子たちは、自然の中で生まれた子たちなんだからね――)

 父や兄たちは、いつか逃げ切れない日がきたとき、連邦の手に渡らないようにとわざわざ『産む』方法を選んだのではないだろうか。

 それを口にすると、ガレイルも「そうだろう」と相槌(あいづち)を打った。

「だったら……」

「うん?」

「兄さんたちが言ったんです。父さんの望みは、おれたちの成長を楽しみに、穏やかに暮らすことだと。だったら最初から翼なんかなくしてくれたらよかったのに」

 ウルクと同じ性能――すべてを知った今、それが意味するものは重い。

「父さんならできたはずだ。そうしたら今、こんな風に拒否されることはなかった。そうでしょう?」

「………」

 沈黙が、肯定を表していた。

「……これは推測でしかないが」

 やがてガレイルはポツリと言った。

「ウェジニールにとって、ウルクやジェトリに対する気持ちもまた強かったのだろう」

「それは……」

 どういう意味ですか――?

 しかし問いかける前にガレイルは再び目を閉じてしまった。

「ウェジニールを救えなかったのは私の落ち度だ。だからおまえたちのことは私が責任を持って後見する。安心してゆっくり休め」

 その姿にはこれ以上の問答を遮る気配があり、ルゼットは言葉を飲み込んで新しい知識を胸に収めた。

 翌日、ガレイルとフィルティア、そして基地で生活する組織員の代表たちとの間で話し合いが持たれた。しかし同席したルゼットの前で、主張は平行線を辿った。

「事情聴取もあるそうじゃないですか。早く軍に引き渡してください」

「口実だ。連邦軍に渡したら二度と帰してはもらえん」

「ですが」

「長居はしない。ウェジニールの遺言により、フェリオルが辞退した時点で彼らは私の養子になった。少し休養させたら私の拠点である衛星基地へ連れていく」

「基地へは我々も行き来するのですから同じことです。街ひとつを灰にできるような存在がそばにいることなど耐えられません」

「子ども相手に大袈裟な」

「一人は大人並みの翼を備えているではありませんか。安全でいられる保証などどこにもない。相手は今もしばしば問題を起こす連邦軍のアンドロイドなのですからな」

「アンドロイドとバイオロイドは違う」

「我々には同じです! 昔のように突然、暴走したらどうするんですか」

 彼らの言い分を集約すれば、『破壊兵器を身に備えた存在である以上、同じ空間で暮らすなど承諾できない』ということに尽きる。

 業を煮やしたフィルティアが提案した。

「では私が彼らを直接管理する。私の宿舎に引き取り、研究施設から外には出さない。私のそばなら何があっても対処できるだろう」

 しかし代表者たちは頷かなかった。

「あの小さい二人も、いずれは同じように成長するんでしょう?」

「いくらリンダ教授がフェリオル博士に準ずる力をお持ちでも、〈翼〉三体を相手には」

「だいたいお父上が拒否したものをなぜ」

 言葉の刃に突き刺されながら、ルゼットはひとつの案を投げかけた。

「ではもし、おれたちから翼がなくなったら受け入れてくれますか?」

 その場から一瞬、言葉が消えたが、そう時を置かずに返事が返ってきた。

「そ、それが実現できるなら……」

「私たちだって、何も悪意で言っているわけではないし」

「ここには家族や仲間がいるから、暴発する恐れのある存在を突然、受け入れろというのが納得できないだけで……」

 彼らの反応を見てルゼットは決断した。

「ガレイル。おれたちの翼をあなたの手で取り除くことはできませんか?」

「いや、それは……」

 ガレイルは面食らいながらも答えた。

「おまえのことはわからないが、リグレとカイルは多分、可能だろうと思う」

「ではお願いします。弟たちが受け入れてもらえるなら、おれはここを出ていきます」

「待て、ルゼット」

 フィルティアが語気を強めた。

「バカなことを言うな。おまえ一人なら私の制御範囲内だ。それより、そんなことをあの子らに確認もしないで決めるな。嫌がったらどうするんだ」

「それはおれが責任を持って説得します。その代わり約束してほしい。弟たちが安心して暮らせる場所を作ってください」

 立ち上がって頭を下げると、代表者たちは明らかに吟味する様子になった。

 その後、何度かフィルティアに意見されながらも、ルゼットは弟たちの説得に当たった。

 意外にも、その話を聞いて反発したのは活発なリグレではなく、普段おとなしいカイルのほうだった。

「なんで。なんでそんなこと勝手に決めちゃうの? 僕、ルゼット兄ちゃんと一緒がいい。翼を取るなんて嫌だよ」

 ルゼットは縋りつくカイルを諭した。

「雷を落とすような翼を持ってると、ここの人たちが怖がって仲良くしてくれなくなる。だからないほうがいいんだよ」

「じゃあ、兄ちゃんも?」

「おれの翼は完成してるから無理なんだ。なまじ急所なもんだから、ヘタにいじると勝手に相手を排除するようできてるんだと」

 それはガレイルがウェジンのファイルを調べてわかったことだ。

「だったら僕、他の人と仲良くなれなくていい。兄ちゃんといる」

 食い下がるカイルをリグレが諌めた。

「カイル。これは兄ちゃんが僕たちのために決めたことなんだ。カイルがそんなこと言ったら兄ちゃんが辛くなるんだよ」

「………」

「翼がなくたって僕たちは兄弟だ。だから言うとおりにしようよ」

 そうしてリグレはルゼットに向き直り、薄い笑みを浮かべた。

「大丈夫。ちゃんとわかってるから」

 少し大人びた笑顔が、一連の変転によって一気に成長を押し進めたさまを物語っていて、ルゼットの胸を切なくした。

 後日、話は正式にその方向で決まり、二人はガレイルに連れられて衛星基地へと上っていった。そしてルゼットはフィルティアのもとに残ったのだった――。


 あれから七度目の春。

 未だフェリオルの怒りは溶けず、ルゼットは徹底的に無視されて続けている。ウェジンの亡骸も返されず、目の前の石碑には骨の欠片もない。

 ルゼットは石碑に眠る兄たちに語りかけた。

「とうとう、カイルからはメッセージもらえなかったよ」

 最後に見た、泣きそうな顔で唇を噛んでいたカイルの姿が脳裏をよぎる。

 リグレの説得に渋々同意したものの、彼はルゼットと離れることも、翼を取ることも納得はしていなかった。

 だからだろうか。

 基地からの通信画面に映るカイルは、いつもリグレの影から泣き顔で覗いているばかりだった。

 それがいつしか俯きがちの横顔に変わり、やがてリグレの背後に佇む気配だけになり、一年経つ頃にはリグレの姿だけになった。

 そうしてさらに六年が過ぎた一昨日の午後。十五歳の半ばを越え、ついに二人は翼の除去手術を受けた。

 そのことに対して後悔はない。二人のためには最善の選択だったと今も確信している。

 これでもう、二人に翼の(くびき)はない。誰の目も(はばか)ることなく生きていけるんだ。

 けれど、ならばなぜ、胸の奥にポッカリと空洞ができた気がするのだろう。どうしてこんなにも目頭が熱くなるのだろうか――。

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