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ウェジニールの翼  作者: 木柚 智弥
有翼の少年
5/16

連邦軍



「あっ、またジェト兄ちゃんが光った」

「ウルク兄ちゃんも」

 イリシャと窓枠まで下がったリグレとカイルが空を指差した。見ると雲の落ちた黄色い空に、二つの稲妻が再び輝きだしていた。

 それはすぐに威力を増して膨れ上がり、巨大な火球となって兄たちの姿を覆い尽くした。

(まだ何かするのか?)

 西門の方向は今や防壁の前に池ができ、そこに殆どの車両や人間が折り重なって阿鼻叫喚の有り様だ。

 やがて火球が太陽かと見紛うばかりになったとき、ウェジンの腕が振り上げられ、それぞれが地上に向かって巨大な火球を叩きつけた。

 バリバリバリ――ッッ!

 瞬間、川の流れに浸かっていた武装集団のすべてから白光が噴き上がった。

 ギャアアアァ――ッ!

 直後、つんざくような悲鳴とともに、人間という人間が次々に黒煙を噴いて倒れた。

 バシュッ! バシュッ! ビシューッ!

 グォォォッ! ギャアァァ――ッ!

 戦闘車が閃光を噴き、僅かに時間差をつけてあちこちの火器が暴発していく。断末魔の叫びが響き、人も車もボロボロと崩れ落ちて水に呑み込まれていった。

 あまりに凄惨な光景にルゼットは棒立ちになった。

(感電だ。水に浸かった何百もの人間を超高圧電流で焼いて炭化させたんだ)

 水嵩が浅い住宅地に迫っていた先頭集団にも、稲妻が生き物のように水を伝って襲いかかり、車を捨てて逃げ惑う男たちが次々と火を噴いていく。距離があるせいか、黒くなるまでに時間がかかるのがいっそう無惨だった。

(分解殲滅……っ、これのことか!)

「ひっ、ああっっ!」

 イリシャが後ろで悲鳴を上げ、横に立つタジールの腕もブルブルと震え出す。顔の強張りを自覚しながら彼の表情を窺うと、つぶらな瞳は驚愕と恐怖のために見開かれていた。

(リグレとカイルはっ?)

 慌てて後ろを振り向くと、二人は腰を抜かして尻餅をついたイリシャに両脇から縋りつていた。

「姉ちゃん!」

「イリシャ姉ちゃん!」

 幸いなことに、イリシャに気を取られて見ていないようだ。

「おまえらイリシャから離れるなよ! 絶対ここに来るな!」

 咄嗟に叫んだとき。

「うわああぁ――っ」

 タジールがいきなり横に走りだし、突き当たりの手すりを乗り越えようとした!

「危ない!」

 慌てて追い縋り、ベストをつかみながら手すりを跨ぐ足に手を伸ばす。しかし、一回り大きいタジールの勢いが勝り、ルゼットはつかんだベストごと引きずられた。

「落ち着けタジール!」

「いやだっ! 離せぇぇ――!」

 恐怖に見開かれた目。絶叫を吐き出す口。

(ヤバい。完全にイッちまってる)

 僅かに怯んだ瞬間、タジールの背中ごと自分の体が宙に浮いた。

「うわっ!」

 次いで落下に転じる。

「兄ちゃん! 翔んでぇっ!」

 カイルの叫びが聞こえ、ルゼットは背中にグッと力を入れた。

 バアッと背後で翼が開く音がし、落下の勢いが弱まる。しかし距離がなかったため、完全に止まる前に二人は地面に衝突した。

「ぐえっ」

 勢い余ってタジールの背中に鼻をぶつけ、一瞬、息が詰まる。さらにガバッと起き上がられ、ルゼットは脇に転がされた。

「タジールッ!」

 そのまま脱兎のごとく駆け出され、ルゼットも慌てて地面を蹴った。しかし広げた翼のせいでバランスが崩れ、うまく走れない。

「くそっ」

 ルゼットはすぐに翼を縮め、再び駆け出した。

 タジールは家と家の間を抜け、東の方向、即ちオアシス前広場へと向かっていた。

(やっ、あのまま行ったら岩の上の父さんから丸見えだ!)

『広場とかは危ないんだ』

『絶対に下には降りないで』

 戒めの言葉が次々に浮かび、ルゼットは走る速度を上げた。

「タジールッ! 戻れー!」

 必死の思いで叫ぶが距離は縮まらない。

(だめだ、足じゃかなわないっ)

 このときのルゼットは、まだ事の重大さを解っていなかった。忠告を破っていることへの後ろめたさと、取り乱した友人を宥めたい一心で足を動かしていたに過ぎない。

 だから彼の足が遡った水の流れる広場の石畳を踏んだとき。

 バリバリバリ――ッ!

 目の前を西から東へと走り抜けた凄まじい音と光が何なのか、一瞬、わからなかった。

「えっ……?」

 わかったのは、その青白い光がタジールを飲み込んだこと。そして直後にタジールの体が白い光を噴き上げたこと。

「あっ……」

 ルゼットの足が石畳前の草地で止まった。

 音が消え、白い光だけが残る。

 白い光の塊はしばらくその場で揺れ、やがて黒煙を噴きながらゆっくりと倒れた。

 バシャッ。

 水の跳ねる音が響き、目が斜め前に倒れた塊を捉える。

 仰向けの、黒く焼け(ただ)れた顔。炭化して短くなった手足。

 そして、水に浸かりながらもなお(くすぶ)って煙を上げる、見慣れたベストのボタン……。

「あ……うぁ」

 青白い光。兄たちの稲妻。感電。死。

 頭の中を文字がぐるぐると交錯し、ルゼットは震える腕で頭を抱えた。

『絶対に下には――』

 言わなかった。タジールに言ってなかった。

 おれのせいだ。

 でも、だって、攻撃されるなんて、そんな!

「ひっ、う……」

 喉元に迫ってきた熱い塊を吐き出そうとしたとき。

「ルゼット!」

 突如として目の前に乱れた銀髪の姿が現れ、肩をつかんできだ。

「ルゼット! これは誰? 誰なんだい!」

 血相を変えたウェジンがルゼットの両肩を揺さぶっている。

「あ……あっ」

 混乱して言葉にならない。しかしルゼットが言うより先に、後ろからの悲鳴がその名を呼んだ。

「いやあぁ――っ、タジールッ!」

 振り返らずともわかる、それはイリシャの悲鳴。刹那、ウェジンの水色の瞳が驚きに見開かれ、ルゼットの顔を凝視した。

「……っ!」

 そしてすべてを読み取ったように目を歪めると、バッと体を返し、タジールの元に駆け寄った。

 そのとき、脇を走り抜けようとするイリシャが目の端に映り、ルゼットの体が機能を取り戻した。

「だめだイリシャ! 見るな!」

 咄嗟に腕をつかむ。

「いやぁっ、離して」

「ダメだっ!」

 もがくイリシャを引き寄せ、胴に腕を回すと、後ろからリグレとカイルの声が届いた。

「姉ちゃん!」

「待ってイリシャ姉ちゃんっ」

 ルゼットは後ろを振り向き、草地まで来ていた弟たちに叫んだ。

「おまえたち、止まれぇっ!」

 さらにイリシャを引きずりながら二人のそばまで下がる。

 守らなければ。せめてイリシャと弟たちだけは。

 三人を背に庇ってから前に向けて身構えると、濡れた石畳に横たわるタジールの脇に膝をつき、真剣な表情で手をかざすウェジンの姿が目に飛び込んできた。

 手のひらから光のようなものがタジールに注がれていく。

 ジュワァァ――。

 水蒸気のような白い煙がタジールから噴き上がり始めたとき、バササッと風を切る音がし、いつもより大きな闇色の翼を広げた姿が急降下してきた。

「何してるんだウェジン! 結界が薄れてるぞ!」

 ウェジンのそばに降り立ち、見たこともないような形相で叫んだのはジェトリだった。

「まだ分解は終わってない! 連邦軍に熱感知されたら一発で身元が割れちまうぞ!」

 連邦軍? 身元って。

「わかってる! けど駄目だ!」

 振り向きもせずにウェジンが言い返した。

「雷撃に巻き込まれたんだ! この子を蘇生させないと!」

「蘇生って! あんた正気かよっ!」

 ジェトリの気配が一気に険しさを増した。

「こんだけ力使ったあとで蘇生なんてしたら、結界が消えちまうだろうがっ! 今、やつらに来られたら終わりだ!」

 翼の先がグッと広がり、青白い光が帯電したように表面を躍る。

(……ひっ)

 今のルゼットには背筋が凍るような恐ろしい姿だ。しかしウェジンはきかなかった。

「まだ助かるかもしれないんだ!」

「そんなの出歩いてるほうが悪いんだからほっとけよ!」

 信じられない。これは、本当にあのジェトリなのか。

 翼が帯電すると人格まで変わってしまうのだろうか。そもそもこれは『人』に成せる技なのか――?

 しかしその疑問は次の言葉に遮られた。

「ウルクが分解レベルを上げた。出力オーバーで死んじまう!」

 死ぬ? ウルク兄さんが?

 ウェジンが苦悩の表情で叫んだ。

「駄目だ! この子はタジールなんだ!」

「なっ……っ!」

 ジェトリの顔が強張る。

「ルゼットのために残ってくれてたんだよ!」

 ジェトリはウェジンの手元を見、そしてこちらを向いた。

「……っ」

 翼の光がスッと弱まる。

 彼はイリシャを庇ったまま立ち尽くすルゼットと目が合うと、一瞬、顔を歪め――。

「ちくしょう!」

 一言叫んだあと、地面を蹴って飛び立った。

 瞬間、呪縛が解けたようにルゼットの喉が声を発した。

「ジェト兄!」

 しかし彼は瞬く間に明るさを取り戻した空へと姿を小さくした。

「あっ、」

 イリシャの声が耳元で震え、彼女が凝視するものに目を向けると、タジールの体に色が戻ってきているのが、白煙に埋まるウェジンの足元に垣間見えた。

(もしかしたら、助かる?)

 胸に灯る僅かな希望。しかしそれとは別に、奇妙なほど冷静に事態を解析しようとする自分がいた。

 あの光は何だ。一体どこから出してるんだ。

 対岸の岩の上にいたはずなのに、父さんはどうやってここに?

 現実離れした感覚の中、短いとも長いとつかぬ時間の果てに白煙が薄くなりかけたとき。

「あ……」

 ウェジンが声を上げ、手を止めて空を仰ぎ見た。

 雲がなくなった空は、いつになく色鮮やかな夕暮れの赤へと色を変え始めていた。

 彼はそのままゆっくりと目線を下げ、開けた広場の石畳と、その先に植えられたオリーブの木、奥に見えるオアシスを眺めたあと、西の空に顔を向けた。

「ああ、見つかっちゃった」

(えっ……?)

 ルゼットが西の空に目を凝らすと、遥か空の向こうから、何か黒い塊がこちらに近づいてくるのが見えた。

「イリシャ姉ちゃん、あれなに?」

「わかんない……」

 背に庇ったイリシャと弟たちが不安げに言葉を交わす。夕日を背に受けたそれは徐々に形を大きくし、光を明滅させながら西門の上空に迫ってきた。

「あっ、あれは……っ」

 ルゼットの記憶に間違いがなければ、あれは昔、戦上で活躍したという〈戦闘艇〉だ。

(まさか、ジェトリの言っていた連邦軍?)

 慌てて目線を下に向けると、黒く濡れた泥土の中に武装集団の残骸は見当たらなかった。

 あれに見つかりたくなくて、兄貴たちはあの恐ろしい力を振るったのか。

 でもそのせいでタジールは。

 複雑な思いで再び空を見上げると、巨大な戦闘艇の下に幾つもの小さな戦闘機が飛び交い、二つの黒い影を追っているのが見えた。

「あっ……!」

 ウルクとジェトリだ。

 再びの雷撃戦を想像して緊張が走る。しかし二人の飛翔には切れがなく、戦闘機の動きに翻弄されているように見えた。

(あんなぎこちない動きの戦闘機、兄さんたちなら楽勝じゃないのか?)

 すると隣からウェジンの呟きが聞こえた。

「ごめん、ウルク。ごめんジェトリ。でも僕は後悔してないんだ」

「父さん?」

 ルゼットが横を向くと、彼はタジールを覗き、祈るように頭を下げてからこちらを向いて立ち上がった。

「ごめんねルゼット。タジールは間に合わなかった」

 水気の飛んだウェジンの足元には、しかし先ほどの無惨な姿とは様変わりし、眠っているようなタジールの姿があった。

「………」

 駄目だった。けどあの姿から救ってくれた。

 衝撃。後悔。落胆。感謝。

 言葉を発したら余計な感情が噴き出しそうで、ルゼットは空を指差した。

「……兄さんたちが」

「うん。行かなくちゃ」

 ウェジンは儚げに微笑んだ。

「空っぽで、もう何もしてやれないけど」

「空っぽ……」

 それはタジールに使ってしまったのだと知れた。

「か、雷、使えば、あんなの……」

 恐怖を覚えながら、それに頼ろうとするこの矛盾。しかしすぐ、兄たちも同じように力が残っていないのだと直感した。

「早く逃げないと!」

 ルゼットが叫んだとき。

「リグレとカイルを、頼んだよ」

 目の前のウェジンがフッと消えた。

「父さん!」

「お父さん?」

「ウェジン先生?」

 周囲を見回しても気配はない。

「消えた……?」

 呆然と後ろのイリシャと目を合わせた直後。

 ――ピカッ!

 凄まじい閃光がその場を支配した。

「うわっ!」

「きゃぁっ」

 慌てて腕で目を覆う。しかしたちまち光と熱が力を増し、周囲に熱風と水蒸気が噴き上がった。

 ジュワァァァ!

「あ、熱い」

 顔を手で覆ったイリシャが喘ぐ。

「みんな伏せろ!」

 ルゼットはイリシャの肩をつかみ、双子ごと地面に伏せさせると、三人の上に覆い被さるようにして翼を広げた。

 バアァァァ――ッ!

 周囲の草が瞬時に黄色く変色していく中、熱風をもろに受ける翼の表面が熱くて痛い。

 この凄まじい熱波は、あの戦闘艇からの攻撃なのか。

「うう……」

「兄ちゃん、苦しいよ……」

 このままじゃ、まずい……!

 体の熱さが耐え難くなってきたとき、ウルクの言葉が脳裏に閃いた。

『翼で守ってやってね』

 ルゼットは地に伏せたまま脇腹の上をまさぐり、突起を探り当てた。しかし。

(これを押したらおれも……!)

 未知のものになる恐怖に指先が震える。けれども耐えがたい熱さがそれを上回った。

(今は考えるな!)

 目を瞑り、指先に力を入れる。すると。

〈識別番号RUZZT(ルゼット)-1、電脳モード始動〉

(な、なんだっ?)

 突如、頭に不思議な抑揚の声が響き、背中から翼に電流のような重い痺れが走った。

〈対戦車砲エネルギー関知。中和バリア展開〉

 痺れが熱に代わり、翼全体が緊張する。

〈中和地場レベル9、半径二メートル完了〉

 声が言った途端、熱かった外の風が遮断されたように感じなくなった。

〈戦闘機飛来。バリア負荷。攻撃マタハ回避ヲ選択〉

 不思議な声が何かを訴えている。

(なんだかよくわからないけど、とにかく熱は防げたみたいだ)

 ホッとして腕の中のイリシャたちに意識を向けたとき。

 バキッ! バキッ!

 突然、両方の翼のそれぞれ真ん中辺りに激痛が走った。

「うあぁっっ!」

〈レーザー砲被弾。出力ダウン〉

 たちまち熱風が戻り、激痛に意識が遠退く。腕から力がなくなり、イリシャの脇に倒れ込むのがわかった。

〈修復モード始動。回復プログラムスタート〉

 翼が内側へと動くのがわかる。

(ああ、だめだ。今、翼が縮んだら)

 霞む目を凝らしながら体を丸め、激痛に耐える。どのくらいそうしていたか、気がつくと、幾らか激痛は和らぎ、周囲の熱風と水蒸気も収まっていた。

 代わりにどこからともなくゴォンゴォンと重そうな機械音が響き、そしてすぐそばで高らかな若い男の声がした。

「さすが。私の元同僚だっただけはある」

 疼きをこらえながら肘をつき、上体を持ち上げると、タジールの横たわる石畳のさらに向こうに、昔の戦争時代を描いた本にあった軍隊の将校のような、黒地に金の刺繍を施した軍服を着た男が、機関銃を構えた兵士を五人ほど従えて立っていた。

(誰だ?)

 すらりとした細身の体格は、ウルクとそう変わらない。

 短く切られた金髪はかっちりと後ろに撫でつけられ、琥珀色をした瞳は少し大きめで、一見しただけでは年の頃がわからない。口の端を吊り上げて笑う表情はかなり若くも、或いは物慣れた大人にも見えた。

「巡視艦の対戦車迎撃砲を打ち込んだのに。腐ってもクレシド創設者の一人か、ウェジニール」

 ウェジニール?

 自分に呼びかけたのかと思った声はしかし、彼の目線が下を向いていることで間違いだと気づく。その先を辿ると、彼の立つ石畳とルゼットのいる焼けた草地のちょうど真ん中に、ズタズタに破れた白衣の姿が倒れていた。

「父さん!」

 中のシャツもあちこちが裂け、赤い液体が滲んでいる。さらにその両隣には、黒い翼の姿がひとつずつ伏せるように(うずくま)っていた。どちらの翼も片方が根本からもげているのがわかる。それは即ち彼らの死を意味していた。

「ウルク兄さん! ジェト兄!」

 半身を起こして叫ぶと、リグレとカイルが脇から同時に飛び起きた。

「兄ちゃん! イリシャ姉ちゃんが」

 慌てて横を向くと、イリシャは鼻と口から血を流して事切れていた。

「……イリシャ!」

 衝撃に目の前がグラグラと揺れる。するとか細い呼び声が耳に届いた。

「ルゼット……」

 顔を戻すと、ウェジンが身じろいでいた。

「父さん!」

 翼の疼きを無視してそちらへとにじり寄ると、前方に立つ男が言った。

「父さんだと? 翼があるということは、おまえはバイオロイドだろうが。おっ?」

 彼はイリシャに縋りつくリグレとカイルに目を向けた。

「小っこいのが二体も。新作の幼体か?」

(新作?)

 標本を観察するような視線向けられ、思わず隠すように二人を背に庇う。するとウェジンが地面に片手をついて上体を持ち上げた。

「人の、息子を、人形呼ばわりは許さないよ、ユリウス」

 全身からシュウシュウと湯気が上がる。よく見ると、血にまみれた両足は膝から下がなかった。

「特に、この子たちは、自然出産で生まれた子たちなんだからね」

 ユリウスと呼ばれた男は足を止め、呆れたように手を腰に当てた。

戯言(ざれごと)は状況を考えてから言え」

「嘘だと思うなら、ガレイルに聞くがいいさ。ちゃんと、手続きはしてあるんだからね……」

 荒い息の下から笑い声が響く。いつものウェジンとは違う、皮肉げな声だ。

 ユリウスなる男は不快そうに眉根を寄せ、腰から小さな銃を取り出した。

「知るか。バイオロイドのデータをおまえが破壊してから、こっちは散々苦労させられてきたんだ。新しい個体など見逃すはずがないだろう」

(一体、何を言ってるんだ?)

 ルゼットが(いぶか)しむうちにも銃身がウェジンを狙う。しかし彼はなおも笑みを絶やさなかった。

「ガレイルがそれを許さない。クレシドの目は鋭いよ」

「黙れっ、裏切り者が!」

 激昂したようにユリウスは銃の先から閃光を迸らせた。

 ジュッ!

 ウェジンの体が跳ねる。

「やめ……っ!」

 咄嗟に手を伸ばそうとすると、後ろの兵士の持つ銃器がドドドッと火を噴いた。

「うわっ」

「ギャッ」

 リグレとカイルが叫んで(うずくま)る。ルゼットは慌てて二人に覆い被さった。

 その間にユリウスは歩を進めながら、二回、三回と銃を打ち込み、うつ伏せに倒れたウェジンの背中を踏んだ。

「ウェジニール・モルラック。連邦軍第十二条、機密管理違反及び逃亡罪によっておまえは裁かれる。何十年経とうと罪は罪、その間に増えた個体は没収だ。せいぜい実験体として使ってやる。安心して死ね」

 そして銃が頭に向けられた。

「やめろ――っ!」

 ルゼットの喉から悲鳴が上がる。しかし放たれた閃光は正確にウェジンの頭を貫いた。

 ジュッ!

 ウェジンの体がユリウスの革靴の下で跳ね、そして動かなくなった。

「父さんっ!」

 ルゼットは弟たちの上から飛び起き、肋骨の突起に片手を伸ばした。

 ちくしょう! この男、殺してやる!

 恐れもためらいも吹き飛ばしてそこを押そうとしたとき、男の銃から先程とは違う赤い閃光が迸り、まだ疼きが残るルゼットの翼を片方、撃ち抜いた。

「うあ――っ!」

 全身に重い痺れが走り、翼がバチバチと音を立てる。

「兄ちゃん!」

 弟たちの叫びを聞きながら、ルゼットは再び地面に倒れ込んだ。

「おまえは厄介だ。しばらく寝てろ」

 薄れゆく意識の隅に男の声が響く。

「村の接収手続きに入る。コーエン、おまえはこの場で待機だ。クレシドが介入してくる前に片付けるぞ」

「了解しました」

 そんな会話を最後に、ルゼットの意識は闇に包まれた――。


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