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ウェジニールの翼  作者: 木柚 智弥
リンドフェンリルの空へ
14/16

対決


 どこかで人の話し声が聞こえる。

「……からよこせと言っている!」

 近くはないが、そう遠くもない。

「諦めろ。私の領域を荒らした報いだ」

 誰だろう。この、やや低くて甘い声。

「黙認していたくせに。まさか結界ごと奪い取りに来るとは」

 この鋭い口調はあいつだ。ユリウスだ。

 冥界に来てまで言い争をしているのか。

「ガレイルにせっつかれては仕方なかろう。おまえに利用されるのも癪だし」

 ではこれは?

 死ぬ前に響いた、体を硬直させた声。素っ気ない口調にはまったく覚えがないのに、なぜか懐かしく感じる声。

「おまえに勝ち目はない。連邦裁判所に引き出されたくなければ早々に退去しろ」

(連邦裁判所?)

 冥界にしてはやけに具体的だなと目を開けると、すぐ上から声が降ってきた。

「ルゼット!」

 フィルスの大きな水色の瞳がこちらを覗いている。

(ああ、やっぱり道連れに……)

 切ない気持ちで見上げると、優しげな顔がくしゃりと歪んだ。

「よかった。なかなか目を覚まさないから……っ」

 水色の瞳が潤んで光る。それは二筋の雫となって零れ落ち、ルゼットの頬を濡らした。

(あ……)

 冷たい感触が覚醒を促す。

(冥界ではない?)

「……おまえは、生きてるのか?」

 フィルスは泣き笑いの表情で頷いた。

「はい……はい。死んではいません」

 では、あの衝撃は自爆ではなかったのだ。

「そうか……」

 その事実にホッとし、次いで苦い思いが込み上げる。

(じゃあ、ユリウスもまだ)

 肘をついて起き上がろうとすると、フィルスに後ろから肩を押し上げられた。そこで初めてルゼットは、自分が地面に座るフィルスに上体を抱えられていたことに気がついた。

 翼は元通りの位置で縮み、腕の穴は半ば塞がっている。

「大丈夫ですか?」

「ああ……」

 電脳は稼働した状態で、弱いながらも反応がある。あたりに降り注ぐ柔らかい日差しのお陰か、復旧しているようだ。

 だるさの残る体を翼ごと預けて前方に顔を向けると、木々に囲まれた草地の中央で向かい合う、二人の人物が目に映った。

 黒に金の装飾を配した軍服姿はユリウスだ。しかし袖や身頃のあちこちが破れ、肘のあたりをもう片方の手で押さえている。

 それに対峙するのは、こちらに横顔を向けた長い銀髪の男。

(あっ!)

 それはカナダ地区の総責任者、この七年間、一度として声をかけられることのなかったフェリオル博士その人だった。

 ゆったりとした白いシャツに同色のズボンを穿き、膝丈まである薄青のチュニックコートを着た姿は、背後を飾る深い森の緑ともあいまって、幻想の世界を描いた一幅の絵のようだ。しかし周りの空気は不穏な力を帯び、シュルシュルと音を立てて彼をとり巻いていた。

 なぜ彼がこの場に。フィルティアは。

 そまで考えてルゼットはハタと気がついた。

(ここはどこだ。さっきと場所が違う)

 慌てて周囲を見回したが、森が深くてよくわからない。しかし地面は短い草が生え、基地の石畳は跡形もなくなっている。

(そういえばさっき、ユリウスが結界ごと奪い取りにとか言ってなかったか?)

「帰れ」

 フェリオルがユリウスの横を指して言った。見れば何もないはずの空間に、人ひとり通れるほどの黒いわだかまりが渦巻いている。

「せっかく拾った命。この上、私の領域で死ぬ無様を晒したくなければ手ぶらで帰れ」

 やはり。

 私の領域と言うからには、ここはカナダ地区のどこかだろう。冷めた眼差しに強い感情は窺えないが、彼のほうがユリウスより遥かに力が上なのだとわかる。

「くそっ!」

 ユリウスは一言吐き捨てるとこちらに顔を向けた。その琥珀色の瞳には、ここまできてもなお諦めきれない執着と狂気が見て取れた。

(だめだ。このまま帰したら繰り返しになる!)

 踵を返したユリウスが黒い空間の奥に踏み込むのを見、ルゼットは急いで体を起こした。

 しかしすぐにフィルスの腕に引き戻される。

「止めるな!」

「だめです!」

 抱き込む腕に封じる意志を感じ、ルゼットの頭に血が上った。

「離せ! あいつを倒す最後のチャンスかもしれないんだ!」

「だからって、ご自分を犠牲にするなんてあんまりです!」

「おれがここにいたらあいつはまた何か仕掛けてくる! それでもいいのか!」

「構いません! 何度だって迎え撃ちます。あなたを失うくらいなら!」

「な……っ」

 ルゼットは胸を押さえて叫んだ。

「もう二度とおれのせいで犠牲を出すなんて嫌だ。それで非難されながら生きるくらいなら、死んだほうがましなんだよ!」

 父、そして過去の多くの犠牲者。そのすべてが翼にのしかかる。

「ルゼット……」

 フィルスの腕の力が緩み、ルゼットはふらつく足に力を込めて立ち上がった。

 ユリウスが消えた暗い穴はすでに塞がりかけている。

 仕方なく、ルゼットはこちらに横顔を向けたまま動かない男のほうへと歩を進めた。

 けしてこちらを見ようとはしない頑なな態度。七年経った今もルゼットを拒絶する最大の存在。

「フェリオル……博士」

 無駄と思いつつも話しかける。

「さっき、おれを止めたのは博士ですね」

 ウェジンの命令以外、一切の外部操作を受け付けないはずの電脳プログラム。しかしこの世にただ一人、例外がいる。

 彼の双子の弟、同一の声紋を持つフェリオル博士だ。

 なぜ彼はルゼットを止めたのか。

(ああ、そうか――)

 ルゼットは先ほどぼんやりと聞いていた会話を思い出した。

 ガレイルにせっつかれたと言っていた。きっとフィルティアが報告して、ガレイルが要請したのだろう。様子を見、フィルスを救うためにやむを得ず介入したのだ。

 でなくてどうしてこの七年、一度も対面することのなかったルゼットの前に姿を現すだろうか。

「フィルスを巻き添えにしなくて済んだこと、感謝します」

 ユリウスが消えた穴は、おそらく彼が結界をねじ曲げて作った通路だ。空間を操る力で連邦の基地まで道を繋げたに違いない。

「おれも向こうに行かせてください」

 フェリオルは横を向いたまま口を開いた。

「ブレーメンにか。行ってどうするんだ」

 同じ声でありながら、ウェジンとは似ても似つかない冷淡な口調。

「もちろんあいつを倒すんです」

 それに負けじと言い返すと、フェリオルはゆっくりとこちらを向いた。

 至近距離で見る顔に、思わず鼓動が速まる。

 さらりとした長い銀髪に縁取られた顔は、柔らかく波打つ髪だったウェジンとは異なる怜悧な印象だ。それでもなお、彼の造作はあまりにもウェジンに似すぎていた。

「今さらどうやって」

 薄い水色の目が嘲るように眇められた。

「おまえの自爆機能はユリウスに知れた。やつはすぐに手を打つだろう。捕らえられて研究所の玩具されるのがオチだぞ」

 突き放した物言いが胸の奥を(えぐ)る。

 いくら頭で父とは違うと理解していても、慕わしく思う気持ちが捨てられない。そんな相手からの冷たい態度に否応なく傷ついてしまうのだ。

(もう、そんなのは終わりにしたいんだ)

 萎えそうな心に渇を入れ、ルゼットは強気に返した。

「そうなったらそれで構わない。とにかくもう一度穴を開けてくれ。そのほうが博士の意にも叶うんだろうし」

 彼はムッとしたように眉をひそめた。

「おまえが私の何を知っているというんだ。憶測で物を言うんじゃない」

「おれをここから排除したいのは本当のことだろう!」

 声を荒らげると、フェリオルは少し顎を引いた。ルゼットはこの際とばかりに溜まったものを吐き出した。

「あんたがおれを気に食わないのは知っている。ガレイルに言われて渋々ここに置いているのも。難癖つけてないでさっさと通せよ!」

 こんな言い方ではすぐにも強制移動だろうと覚悟したのだが、意外にも彼は忌々しそうにそっぽを向いただけだった。

「おまえはガレイルからの預かり者だ。勝手によそにはやれない」

 創立メンバーといえどもガレイルの意志は無視できないようだ。

「基地の住人の多くはおれを受け入れることに反対だった。そこに今回の騒ぎだ。しかもフェロデ王の死因にまで関わっている。心配しなくても咎められないさ」

 フェリオルは目線だけこちらに戻した。

「基地の責任者はフィルティアだ。あれはおまえを気に入っている」

「カナダ地区の総責任者はあんただろ。試験国に損害を与えた罰として追放したと言えばいい」

 それこそルゼットの望むところだ。

 しかしフェリオルは皮肉げな眼差しをルゼットに向けた。

「それで? おまえの処遇を巡って一人娘と揉めるのか? 真っ平だな」

「………っ」

 ルゼットが言葉に詰まると、いつの間にそばまで来ていたのか、フィルスが後ろから右腕をつかんできた。

「やめてください。あなたはリンドフェンリルに必要な方だと何度も言っているじゃありませんか」

「おまえは下がってろ」

「いいえ」

 フィルスは腕に取り縋り、フェリオルとの間に割り込んだ。

「今回のことはあのユリウスという人が悪いんです。あなたには非などないのに、ご自分ばかり責めるのを放っておけません」

「違う。この事態を招いた責めはおれにある。それは償わなければならないんだ」

「おまえの言う償いとはなんだ」

 フェリオルが厳しい声音で言った。

「備えもなくブレーメンに行き、ユリウスに捕まって玩具にされることか。それでガレイルがまた手を尽くして取り返すわけだ。手間が増えるだけでなんの償いにもならんな」

「……っ」

「おまえはただ、非難を浴びながら暮らすのが苦しくて逃げたいだけだろうが」

 痛いところを突かれ、ルゼットはたまらずに声を上げた。

「ああそうだよ! おれだっていい加減、しんどいんだ!」

 草地に膝をつき、両手で顔を覆う。熱いものが込み上げ、たちまち両手を濡らした。

「殺戮兵器とか言われるのも、翼を見て嫌そうな顔をされるのも!」

 守ったはずの弟から責めるような目で見られるのも――。

「あんたから父さんを奪うために生まれたわけじゃない。好きで翼を持ったわけでもない! こんな羽、捨てられるなら捨てたいよ。でも自分じゃどうにもならないんだ!」

「ルゼット……っ」

 フィルスが隣に膝をつく。

 連邦科学の粋を集めて作られただけあって、ルゼットの翼は頑強だ。危機が迫れば電脳が勝手に動いて反撃する。機能不全に陥らないうちは、それこそ戦闘機のレーザー砲あたりで撃ち抜かれない限り排除できないのだ。

「せめて役に立とうと思って妖獣討伐の助っ人を引き受けたのに、よりによってフェロデ王を死なせた原因になっていたなんて」

 フィルスの手が肩をさするのを感じながら、ルゼットは草地に手をつき、片方の袖口で目をぬぐった。

「ユリウスのことが片付かない限り、リンドフェンリルには行かれない。けどアルバータ基地にもおれの居場所はない」

 顔を上げると、フェリオルが無表情にこちらを見下ろしていた。

「弟たちにももう、おれは必要ない。あんただっておれが目障りだろう? だったらユリウスのところに行かせてくれよ。もしあいつを倒すのに失敗して、データを取りまくられたあげくに処分されたとしても、ここで息を潜めながら生き続けるよりずっといい」

 フェリオルが顔をしかめた。

「助けてやったのに玩具にされたほうがマシとは挨拶だな。そんなに私の管理下は嫌か」

「おれがじゃなくて、あんたがだろうが。……わかってるさ。おれのせいでフィルティアの立場が悪くなってることぐらい」

 あの公正な魂は、風評による言いがかりや不満を受け付けない。そのため職員たちに反発され、統括能力を疑問視する声が上がる。それもフェリオルには気に入らないのだ。

 ルゼットが目線を逸らすと、フェリオルの声が追いかけてきた。

「わかっているならよけいなことを画策して娘を困らせるんじゃない。おとなしく飼い殺されてろ」

「……っ、」

 ルゼットは二重の意味で傷ついた。

 フィルティアに向けられる愛情に比べ、歯牙にもかけられない自分。間違いなく父と同じ血を持つ人からの、あからさまな差別。

「……いっそ自爆命令出してくれよ」

 投げやりな気持ちで呟くと、フィルスが息を飲む音が聞こえた。

「おまえが楽になるために? 真っ平だな」

 不機嫌な声にルゼットが再び顔を上げたそのとき。

 ドンッ。

(えっ?)

「おっ……」

 押されてぐらついたフェリオルが、驚きの表情で胸にぶつかってきたものを見下ろす。

 そこには怒りに頬を紅潮させ、両手を前に突き出しているフィルスの姿があった。

 フェリオルをド突いた! あの敬虔なフィルスが!

「……それが父と慕う子にかける言葉ですか」

 地を這うような声が発され、フェリオルは面食らった顔になった。

「は? なにを言ってるんだ、おまえ」

「お分かりにならない? さすが家族をお持ちの方は傲慢ですね。ではお手打ち覚悟で申し上げます」

 丁寧な言葉使いとは裏腹に、彼は肩を怒らせたままフェリオルを睨みつけた。

「私はフィルティア様から、上に立つ者は従う者すべてに公正であれと教えられました」

 突き出した手が下がり、拳が握られる。

「にもかかわらず天空城の長たる方がなぜ、この方にだけそうも差別的な態度を取るのですか」

 それが癖なのか、言い募られたフェリオルは顎を引いた。

「フィルティア様の立場を気遣いながら、甥ごさまには何の配慮もなさらない。まるで昔語りに出てくる意地悪な継母のようですね」

「……っ!」

 フェリオルは一瞬、目尻を吊り上げた。が、挑むように見つめ続けるフィルスと目が合うと、顔をしかめて横へと逸らした。

「その者を甥と認めた覚えはない」

「そうですか。フィルティア様から『父の甥に当たる者なのでうちで引き取った』との説明をいただきましたので、当然、認識されているものと理解していました」

 どうやらわざと当てつけているようだ。

 彼が主神に等しいフェリオルにこんな態度を取るとはにわかに信じ難い。が、前から腹に溜めていたようで、言葉には淀みがなかった。

「いずれにしても、あなた様の不公正な態度のせいでこの方は孤立するはめになったのです。まことお教えのとおり、上に立つ者が公正さを欠くと下々の者が追随し、組織の健全さが失われる見本のような有り様ですね。フィルティア様にはお気の毒なことです」

 彼女の苦労の種を作っているのはあなただと言われたのも同然の言葉に、顔色を変えたフェリオルはフィルスを睨んだ。

「この……たかが試験国民の分際でクレシド創設者たる私に意見するか」

 脅しのような言葉に、しかしフィルスは軽蔑の眼差しで答えた。

「確かに、あなた様と私の立場には天と地ほどの差がありましょう。ですが別の見方をすれば、私はフィルティア様の曾孫。あなた様の子孫です。老いたる父祖様が間違った振る舞いをなさっているのを恥ずかしく思わずにはおれません」

「なんだと……!」

 今度は耄碌(もうろく)ジジイ扱いだ。

 一体、フィルスのどこにこんな強靭さが潜んでいたのか。

 目を見張ったまま二人を見上げていると、フィルスがこちらを向いた。

「僕ではだめですか?」

「え……?」

 彼はスッと動いて目の前に膝をつき、涙の残るルゼットの目尻をそっとぬぐった。

「あなたが亡き父上様を恋しく思われ、それをフェリオル様に重ねて苦しんでおられたことを知っています」

「………っ」

「本当は嫌だったのに、弟様方の将来を考えて手放されたことも。そのせいで気力を失って、心と体の調和を崩してしまわれたことも」

「そ、それは別に……」

 関係ないとの言葉は口の前に立てられた人差し指に遮られた。

「なぜでしょうね。僕にはあなたの中に埋もれた感情がよく見えるんです」

 心話の力にはあまり恵まれてないのですが、と彼は薄く微笑んだ。

「天空城からいらっしゃるあなたは、暗い眼差しをしていることが多かった。役目だと言いながら、厳しい場所ばかり選んで戦う姿が切なかった。まるでご自分の命には価値がないと投げているようで、あなたに大切な身だと庇われるたびに辛くなりました」

 行動を言い当てられ、ルゼットは悲しそうに微笑むフィルスを凝視した。

 人差し指がずれ、今度は頬に添えられた。

「天空城の何があなたをそんなに絶望させるのか。僕は何度もフィルティア様に訊ねました。あの方は多くを語ってはくださらなかったけれど、漏れ聞いた話と合わせればおおよその察しはつきました」

 それがフェリオルに突きつけた言葉の根拠なのだと知れた。

「さっきあなたは言いましたね。天空城には居場所がないのだと。僕は、僕の民はあなたを求めています」

 水色の瞳が迫り、ルゼットは縛られたように動けなくなった。

「僕のところに来てください。居場所がないのなら、僕があなたの家になります」

「フィルス……」

「いずれ僕は成長します。見かけもお父上様に似てきますよ。彼があなたに注いだ愛情には負けるかもしれませんが、あそこにおられる叔父君様よりはずっとましなはずです」

 言いながらフィルスは後ろを見上げた。虚を衝かれた顔のフェリオルがそれに気づく。途端、二人の間にビシビシと何か飛び交った気がした。

 フィルスがこちらに顔を戻した。

「あの方の理不尽な振る舞いに傷つく必要はありません。ブレーメンに行くなんてもってのほかです。どうか僕のもとに来てください」

 フィルスは草地についていたルゼットの手を片方取り上げ、両手に包んで頭を下げた。

 手の甲に唇の柔らかい感触が伝わる。

「……っ」

 驚きのあまり手を引っ込めようとしたが、優しく包んでいるように見えたフィルスの手は外れなかった。

 一瞬、鼓動が早まり、次いでハッと気づく。

 ユリウスのことがある限り、リンドフェンリルには行かれない。

「だめだ。おれは……」

「試験国民の分際で勝手に決めるな」

 ルゼットが言いかけるのと、フェリオルの声が同時だった。

 フィルスはサッと立ち上がり、再び彼に対峙した。

「なぜ指図なさるのですか。あなた様は今まで、下界のことはフィルティア様に任されたきり関わってこなかった。今回だけ口を出すのはおかしいでしょう」

「この……っ、言わせておけば生意気な!」

 フェリオルの周囲に風が渦巻く。

「フィルス、よせ」

 慌てて立ち上がったものの、すでに二人の間には幾つもの渦巻きが発生していた。

「私を愚弄し、わざわざ痛い目に遭いたいか」

「気に食わない者は捩じ伏せますか。なるほど狭量な方に有りがちな振る舞いですね」

 周囲からピシピシと音が鳴り、地面の草が切れて舞い踊る。――鎌鼬だ。

(まずい。相手が悪すぎる)

 風を操る者同士といっても、フェリオルとフィルスでは比べ物にならない。彼が本気を出せば、フィルスの体など一瞬で切り刻めるだろう。

 そう思った瞬間、背筋にゾッとしたものが走り、ルゼットは我知らずフィルスに飛びついていた。

「やめてくれ博士!」

 渦巻く風の刃がルゼットを襲う。

 嫌だ。これ以上、失うのは嫌だ!

「ルゼット!」

 肩口からフィルスの悲鳴が上がる。

 風の塊が背にぶつかるのを感じながら、目の前の体を腕に抱き込んだとき――。

「いい加減にしてください、おとなげない!」

 澄んだ女性の声とともに、ボカッと何かを叩く音がした。


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