隠れ村
序章 ~ 深夜の森で
バサッ、バササッ!
一瞬の閃光のあと、月明かりに浮かぶ木々の間から黒い怪鳥の群が飛び出す。
携えてきた閃光弾の最後のひとつを投げたルゼットは、細く弧を描く眉をひそめた。
まだこんなにいたのか。
「ルゼット! 大丈夫ですか?」
「問題ない。フィルス、おまえは後ろの兵士を守れ!」
風の技を繰り出すフィルス王子に気づかわれるまでもなく、黒い籠手の嵌まる右手はすでに青白い光を放つプラズマサーベルを構えている。
全部で十体。あとは地道に倒すしかない。
巨大化したカラスにも似た姿はいつ見ても醜悪だ。黒く光る羽を見るたびに嫌気がさす。
おまえらは、おれに似てるから嫌なんだよ。
頬を羽が掠め、風が動く。
「キエェェ―――ッ!」
黒い影が殺到し、毒を持つ蹴爪がルゼットに襲いかかった。
ザシュッ! ザシュッ!
サーベルを振るたびに、言いようのない不快な感触が伝わってくる。
「ギャァッ」
「ギェェ――ッ!」
三体の妖鬼鳥が瞬く間に炭化して地に落ちる。触れたものを一瞬にして感電させるプラズマサーベルの威力は健在だ。
ただし、おれのエネルギーが尽きるまでだけどな。
今、空には上弦の月が上り、日の光はない。
妖鬼鳥が避けるように後ろへ回り込みはじめ、ルゼットは軽く翔んでそれらを封じた。
おまえらごとき、行かせるかよ。
「ケェェェ――ッ!」
しつこく食い下がってくるのが鬱陶しい。今からでも雷撃を使うべきか。
しかし考えた途端、咎めるような声が頭の中に響いた。
〈エネルギーレベル四十五パーセント。雷撃ニハ翼ヘノ充電ガ三時間必要デス〉
律儀な説明口調に閉口する。
わかってる。ちょっと考えただけだろ?
さらに没頭することしばし。
気がつけばそこはすでに森の出口付近で、周囲にいた怪鳥はすべて地に落ちていた。
後ろに目を向けると、フィルスも鎌鼬の技で二体ほどを仕留めたようだ。
二体も見逃してたのか。
内心で舌打ちしながらも、『女神から御力を授けられた王太子』としての信頼獲得にはよかったかと考え直す。
あいつの存在は今、この国の危機を救う最後の砦だからな。
そばに向かうと、フィルスを称えていた騎士たちが歓声でルゼットを迎えた。
「おお、使徒様! ご覧ください。妖鬼鳥を相手にしながら皆無事です!」
「使徒様をお授け下された女神フィルティアに感謝を!」
「使徒様がいらっしゃる限り我らは無敵! 怪鳥など恐るるに足らず!」
「さあっ! この成果を城門の者たちに知らせようぞ!」
彼らは後ろに集まってきた配下の兵士たちを鼓舞し、前方の城壁目指して駆け出した。
「おい! まだ早い」
「よいのです、ルゼット様」
背中にかけられた涼やかな声に振り向くと、そこには凛とした佇まいの女騎士が、抜き身の剣を引っ提げて立っていた。
フィルス付きの武官、今夜の作戦を指揮した親衛隊長、キレートだ。
「今、我が討伐隊はあなた様の御技を目の当たりにし、神のご加護を実感しました。その感動を皆に伝えるのもまた、軍を営む上では必要なことです」
ルゼットはエネルギーの切れたプラズマサーベルを見た。
神の御技? 違うだろ。
手の中のそれは、今は細長い棒でしかない。
ルゼットは先端部を手のひらで押して引っ込めると、素早く腰の小さな鞘に納めた。
「おれは、そんなご大層なものじゃない」
おまえならわかるだろうと横を向くと、痩肩に国を背負った王子は邪気のない笑顔で言った。
「いいえ。キレートの言うとおりです」
敬慕と信頼のこもった眼差しが、ルゼットの背を覆う黒々としたものに注がれている。
「………っ」
「さ、我々も行きましょう」
キレートに促され、それ以上は言えずに足を踏み出しながら、ルゼットの胸中に苦い思いが湧いた。
この破壊と裏切りの象徴を、村で暮らしていた数年前の自分も、こんな目で見ていたのだと――。
隠れ村
ああ、気持ちいいなぁ……。
丘の斜面に胡座をかいたルゼットは、上機嫌で腕を伸ばし、春風を胸一杯に吸い込んでふあぁ、と伸びをした。
体に力が漲り、いきおい肩甲骨に神経が向かう。するとそこから突き出ているものがブルッと震えた。
(うん。ちゃんと動かせそうだ)
ルゼットは満足し、巴旦杏の形をした大きな瞳で辺りを見渡した。
小高い丘の向こう側、村の防壁の外は、瓦礫と岩からなる砂漠の乾いた風しか吹かない。しかしなだらかに窪んだこちら側は春真っただ中のこの季節、村の中心にあるオアシスの上を通り抜ける東風が吹く。
ゆるやかで湿気を含んだ空気の流れは心地よく、塵が少ないのか、いつもは黄色い空まで珍しく薄青色を覗かせていて、まるで昔語りに聞く、緑豊かな草原だったというこの地の風景まで想像できそうだ。
(おれの成長記念日を、まるで空まで祝ってくれているみたいだ)
腕を下ろし、地面に手をついたルゼットは、肩までの艶やかな黒髪に縁取られた顔を斜め後ろに仰のかせ、昨夜とうとう最後の成長を終えた、左右の肩甲骨から突き出た大きな翼を見やった。
太陽の光を受けて黒光りする見事な翼は、兄たちと同じく片翼だけで二メートルはありそうだ。時折強さを増す風に揺れると、黒い羽の表面が陽光を反射して虹色に輝くのがまたいい。
常日ごろ、長兄のウルクや次兄のジェトリの七色に光る翼が羨ましかったが、まさかただの墨色だった自分の羽が、わずか一日で色を変えるとは思わなかった。もっとも、父のウェジンには「君もちゃんと光る羽になるから大丈夫だよ」と言われていたのだが。
(父さんは、何かとヌケてるからさぁ……)
今朝だって、診療所に出勤するのに寝坊したあげく、大事な鞄を置いてきぼりにして、双子の弟たちが追いかけていったのだ。
(九歳のリグレとカイルのほうがまだしっかりしてるよな)
そういうルゼットはというと、兄たち二人が村の巡回警邏で居合わせなかったのをいいことに、「おまえたちに重大な仕事をやる」などとアニキ風を吹かせ、本来なら自分に振られるところだった忘れ物の届け役をちゃっかり押し付けたのだが。
(だって、一刻も早く外で思いきり広げてみたかったんだ)
子供の翼は空を翔べない。大きさも大人手のひらほどしかないので上着の下に隠し、わざわざ人目につかせることはしない。
しかし大人の翼は縮めた状態でも直径四十センチはある。そのため大きなフードをつけた上着の背中に二ヶ所の切れ込みを入れ、逆三角形になって折り重なる翼をそれぞれ通し、その上にフードをかける。
自警団に所属する兄たちが、その姿で機関銃を肩から提げ、村を巡回する姿は少年たちの憧れだ。そして村に二つある物見台に立ち、『外』から迷い込んだ妖獣を見つけては、バッと翼を広げて村を囲む防壁の向こうに飛び立っていくさまは、まさしく昔語りに出てくる聖戦士のようにカッコいい。
(あと少ししたら、おれもそこに加わって『外』に出るんだ)
ルゼットは高揚する心を押さえるように、胸の中心に手のひらを当てた。
ルゼット・モルラックは、広大な岩砂漠の中に奇跡のように存在する隠れ村のオアシス、タルバ村に住む有翼の少年だ。
母親はすでに他界していたが、人口五百人にも満たない小さな村で、ただ一人の医者である父のもと、五人兄弟の三番目として寂しさを感じる暇のない毎日を送っている。
世界中を巻き込んだ大戦争が始まってから百五十年。世の中は未だ混乱し、文明や技術は後退し、大きかった国は分裂を重ねて勢-力争いを続けているのだという。
大国の庇護を失った人々は自治都市を形成し、武装集団を雇って備えたが、逆に彼らに都市を乗っとられる事例が相次ぎ、今、世界は弱肉強食の様相を呈し、規模の小さな村は自治都市に隷属して搾取される立場だ。
そうはいっても世界は広い。
それらの運命から逃れてひっそりと息づくのが、タルバ村のような『隠れ村』だ。
『外』の目を掠めて営んでいるので、当然、村人はむやみに防壁の外へ出ることを禁じられている。子どもたちが親や学校からまず学ぶのは、絶対に防壁を越えてはならないこと。従って子どもは村を出たことがない。
唯一の例外が自警団の団員だ。
結構な数の村が、自治都市の目を逃れて隠れ村を形成し、独自の生活を営みながら、村同士で物資をやり取りして暮らしている。その、危険な『外』に出て通商を請け負うのが自警団の重要な仕事なのだ。
『翼が成長したら一人前だ。一緒に仕事できる日を楽しみにしているぞ』
兄たちに期待され、十五歳を越えてから丸半年。まだかまだかと待ちわびていた翼がようやく動いた昨夜は、骨が勝手に伸びる違和感と目眩で気持ち悪く、兄たちに付き添われながら寝台に突っ伏しているしかなかったが、一夜明け、小さく折り畳めたところで不快感は消え、今こうして自分の意志で広げてみて感じるのは、肩甲骨にかかる軽い負荷と、翼の先まで神経が行き届き、隅々まで伸ばせる解放感だけだ。
(ああ、翔びてぇー)
『それだけは勝手にしちゃダメだよ。危ないからね』
父や兄たちに固く戒められていなければ、きっと我慢できなかっただろう。
(父さんは診療所があるから昼まで空かないし、兄さんたちは……あと二時間は帰ってこないか。くそー)
柔らかい陽光を受けて輝く翼を見つめながら、ちょっとくらいならなどと考えていると、聞き慣れた声が後ろからかかった。
「すげぇ! それがおまえの完成形かよ!」
振り返った先に予想した姿が映る。生成りのシャツに茶色のベスト、同色系の、ちょっと裾のすり切れたズボン姿で駆けてくるのは、隣近所に住む幼馴染みのタジールだ。後ろには、道向かいに住むイリシャの姿もある。
二人は息を切らせて丘陵地を駆け上がり、二歩ほど手前で立ち止まると、ルゼットの頭上に広がる翼に感嘆の眼差しを向けた。
「近くで見ると迫力だなぁ」
タジールはソバカスの散った顔に人好きのする笑みを浮かべ、好奇心にあふれた鳶色の目を上下左右に動かした。
「前に見せてもらったときは、小さくて黒い翼だったのに。七色に光ってる。綺麗……」
長い焦げ茶の髪を束ねたイリシャは、風にほつれた前髪を手の甲でよけると、薄茶の大きな瞳を輝かせて翼に近づいた。
「ね、触ってもいい?」
「あ、俺もっ」
ルゼットは破顔して二人に頷いた。村一番の仲良しである二人には、この日が来たら真っ先に見せると約束しておいたのだ。
「まだちょっと神経が出来立てホヤホヤみたいだから、引っ張るのはナシな」
「い、痛いの?」
イリシャが触ろうと伸ばした手を引っ込める。
「んー。先っちょは髪の毛に近いかな。根本は抜かれりゃ痛い。なにしろ片翼がもげたら死んじまうんだからな」
「えっ! そうなの?」
「らしいぜ。けど触る分には痛くないし、撫でられると気持ちいいみたいだな」
笑って説明すると、彼女はホッとしたように再び手を伸ばした。細い指先が垂れ下がる羽の先端にそろそろと触れる。
「じゃ、こんくらいは?」
タジールがイリシャとは反対側の翼に回り込み、外側の羽を左右の指でそれぞれつまんで引っ張る。
「やっ、くすぐったいっ!」
コチョコチョと刺激され、ルゼットは笑いながら翼をグイと持ち上げて立ち上がった。
ふわりと風が動き、大きな翼が煽られる。
「おっ……」
「ちょっ、ルゼット」
体が斜め後ろに傾ぎ、タジールとイリシャが左右の肩をそれぞれつかむ。
「なんか危なっかしいなぁ。とりあえず畳んどけよ」
タジールが揺れる翼を見上げて言った。
(確かに、これじゃコツも教わらずに翔ぶのは危険かも)
ルゼットは小石の目立つ地面に足を踏ん張ると、肩甲骨の内側に神経を集中させた。途端、さっきとは逆に、外に伸びていた骨が内側に向かって動き始める。すかさず手のひらを縮めるような感覚でギュッと絞ると、陽光を弾いていた翼は瞬く間に縮こまり、背中の中心に重なって収まった。
「ちょっとさぁ。おまえの体格でその翼はデカ過ぎね? 扱いづらそうじゃん」
三人で並んで座り直すと、タジールが改めて背中を見やった。
「ただでさえ小柄なのに。兄ちゃんたちのバランスとはエラい違いだぞ」
二人の兄は、細身ではあるがよく引き締まった、強靭そうな体つきをしている。
対してルゼットは細い上に色白で、整った容貌のせいで今でも女の子に間違われるような有り様だ。タジールとは一回り体格が違うし、そこそこ上背のあるイリシャともあまり差がない。むろん、少しまろみを帯びた体つきや恥じらいを含んだ色のある眼差し、束ねてもなお腰に届く豊かな髪をしたイリシャと並べば、いくらルゼットが綺麗な顔立ちをしていたところで性差は歴然としているが。
「広げて歩くわけじゃないからいいんだよ。ただ、飛ぶ直前や着地のときに風を読み間違うと、足を取られて危ないらしいけど」
それも何度か経験するうちにすぐ慣れると長兄のウルクは言っていた。
「そのうちには、きっと背も伸びるのさ」
翼の大きさから推定して、長身の次兄は無理でも長兄に並ぶくらいにはなるだろうと予想している。
「いや~ん。じゃ、ルゼットもいつかウルクさんやジェトリさんみたいになるのかしら。顔の造りはみんな良く似てるものね」
イリシャがうっとりした口調で呟く。ルゼットはニヤつきそうな口元を引き締めた。
弟から見ても、年の離れた兄たちはかなり上等な容姿をしている。誠実で穏やかなウルクは、若い女性たちが熱い眼差しを注ぐ中、村一番の美人と評判のカレリーンが思いを寄せていると聞いたし、気さくで明るいジェトリはいつも複数の女性たちに取り巻かれている。女性のほうが少ない村の状況下にあって、どちらも男たちに恨まれる勢いでモテモテなのだ。
タジールが腕を組んでウンウンと頷いた。
「ああ、ウルクさんなぁ。この前も、大工のウッドリーさんとこの上の兄ちゃんに、カレリーンにすげなくされたとかで八つ当たりされてたよな」
ウルクと同じ自警団員のバルボ・ウッドリーはガタイのいい筋肉男だが、短気で直情型なので女性たちには人気がない。知的でお洒落なカレリーンは無理だろう。
するとイリシャがチラッとルゼット越しにタジールを見た。
「カレリーンの妹のエドリンたらね、ルゼットのこと狙ってんのよ」
「え、マジかよ」
妹のエドリンも姉に劣らず美人だ。まだ十三歳なので、五つ上のカレリーンの色っぽさには及ばないが、いずれは妍を競うだろうと言われている。すでに狙っているヤローどもは多く、タジールも密かにその一人だったりする。ちなみにルゼットはエドリンにそこまで意識はなかったが、仲間内で人気の美人に好かれていると聞いて悪い気はしなかった。
「へー。やりぃ」
横目にタジールを見ると、彼はブスッとした表情でそっぽを向いた。
「へ、へん。いいもん。どんなにモテたって、ウルクさんもジェトリさんもおまえも村の女の人とは結婚できないんだから」
「えっ?」
「そうなの?」
意外なセリフにイリシャと二人でタジールを見る。彼は面食らった顔をした。
「な、なんだよ。そうなんだろ? 種族が違うんだからさ」
タジールはルゼットの襟元のフードをめくり、背中に収まる翼を軽く撫でた。
「ウルクさん、そう言ってカレリーンさんのお願いを断ったって聞いたけど」
「……そうなんだ」
初耳だ。ちょっとショック。
ルゼットが黙り込むと、イリシャが取りなすように言った。
「それ、きっとカレリーンを断る口実なんじゃないかしら。ウルクさん、優しいから」
「あの真面目なウルクさんが口実なんて使うもんか」
ルゼットはタジールの意見に内心で頷いた。ジェトリならともかく、ウルクに限ってその場逃れの嘘などつかないだろう。
(ん? まてよ)
ルゼットは俯きかけた頭を戻した。
「そりゃ何か言葉の取り違いさ。だって父さんには翼なんてないもん。そりゃ髪の色は珍しい銀色で、ちょっと年の取り方も変だし色々ヌケてるけど、基本、村のみんなと同じ姿じゃん」
父のウェジンは年を取るのが遅いらしく、見かけの年齢が兄たちとあまり変わらない。
しかし、それは今の世の中、たまにあることなのだそうで、この村唯一の学舎に勤めるバール先生はそういった人を、大戦争のせいで各地に現れた『ホーシャノーによるトツゼンヘンイ種族』だと教えてくれた。
大戦争以降、尻尾ができた人や角が生えた人など、様々な特長を持った人種が出現したのだそうで、翼ある種族もそうした内のひとつだろうとのことだった。
「母さんのことは覚えてないし、父さんに昔のこと聞くと、悲しそうな顔して黙っちゃうからはっきりは知らないけど、おれたちが生まれたんだから翼のない人とだって結婚できるはずだぜ」
「う、うーん」
タジールが考え込む。ルゼットはちょっと胸を張った。
「ウルク兄さんは多分、家が心配だから断ったんだよ。うちの父さん、仕事以外はマジで不器用だから。『弟たちを育て上げるまでは、自分のことはまだ』ってさ」
「おまえのアニキは子どもの世話に明け暮れる未亡人かよ」
「あはは。事実に近いな」
今まで母の代わりを立派に勤めてきたのは兄たちで、仕事に埋没するタイプの父は正直、あまり役に立っていない。
「父さん頼りないから、兄さんたちが独立して一家を構えるなんて当分先だなぁ」
ルゼットに母の記憶はない。
おそらくは双子の出産後、すぐに亡くなったのだろう。覚えているのは、赤ん坊二人にギャアギャア泣かれ、兄たちが四苦八苦しながら世話する姿だ。
父や兄たちは過去にあまりいい思い出がないらしく、多くを語ろうとはしない。この村に辿り着いたのも、赤ん坊を抱えて岩砂漠に迷い込んだところを、巡回中の村人が同情して拾ってくれたのだという。村では滅多に余所者を拾わないのだから、その頃の一家の様子がよっぽど哀れだったのだろう。
そんなことを考えていると、タジールが「あっ、違うじゃん」と声を上げた。
「ウェジン先生は養父だろ? おまえたちは母ちゃんの連れ子じゃん。だからやっぱりウルクさんは種族のことで断ったのさ」
「えっ……?」
またしても絶句する。タジールがちょっと焦った顔をした。
「えっと、まさかこれ、内緒なのか?」
驚きを隠せないでいると、イリシャが身を乗り出してタジールの頭をパシッとはたいた。
「タジール! いい加減なこと言わないでよ。どこの噂拾ってきたのか知らないけど、そんな重大なこと軽々しく口にするもんじゃないわ」
「い、いい加減じゃねぇもん」
「ルゼットは知らないじゃない」
イリシャはルゼットに向き直った。
「気にしちゃダメよ、ルゼット。タジールの情報なんて、いつもどっか抜けてるんだから」
「そんなことねえよっ!」
タジールは顔に血を上らせた。
「前にバール先生とウェジン先生が立ち話してるのを聞いたんだから。『遺伝子は提供してないけど、自分が父親なのは間違いないから』って笑ってて」
「……ホントなのか」
あまりに呆然としていたからだろう。タジールはルゼットの顔を見ると、徐々に顔の色を冷まし、やがて背中を丸めた。
「その、ごめん。この話、先生たちの様子がわりとおおっぴらな感じだったもんで、てっきり親しい人はみんな知ってるんだくらいに思ってて……」
しょげた様子でこぼされ、ルゼットはひとつ息を吐いて自分を宥めた。
(ウルク兄さんに聞いてみよう。本当のことならきっと教えてくれるはずだ)
「いいよ。人目も憚らずに喋ってるの聞きゃ、普通はそう思うよな」
なんだかヘンな話になっちまったな、と苦笑したとき。
「ルゼット兄ちゃぁ――ん!」
遥か丘の下遠くから自分を呼ぶ声がした。
そちらに顔を向けると、草地と瓦礫の間を慌てたように走りくる子ども二人の姿があった。
華奢で小柄、艶のある黒髪に色白な肌。ルゼットとよく似た面立ちは双子の弟たち――リグレとカイルだ。
「落ち着け! 瓦礫に足を取られるぞ」
転ばれたら厄介だと立ち上がったルゼットに届いたのは、どちらの声だったのか。
「大変だよっ! ジェト兄ちゃんが『外』の敵に撃たれた!」
「もうすぐ軍隊が攻めてくるって!」