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あたはずあたはず

作者: 楠木鷹矢

 昨夜、夢を見たのです。子供の頃、よく訪ねた、今はもう無くなってしまった祖父母の家に、私はいました。

 中には誰もいないのですが、ピアノの置いてあった客間のガラスケースには相変わらず埃がうっすら溜まっていたし、居間の擦り切れかけたたたみは、あの頃と同じ濃い緑地に金糸で下駄のような模様の入った縁がついていました。天井には大きな梁が通してあり、ぼんやりした蛍光灯の光に照らされていました。

 さて、祖父母の寝室を通り抜けた、襖の奥に、がらんとした客間があったのです。やはりうっすら埃の溜まった床の間は、もう長い事飾り立てられる事もなく、箱が無造作に積んであったはずなのですが、私がふと見ると、箱は片付けられ、綺麗な壺と、山水画の描かれた掛け軸が飾られていました。

 実際にはそのような物は存在しなかったはずですが、夢の常としてなにもかもが本当に思え、その飾り物も父が祖母の実家から持ってきた物だったなと、納得していました。山水画には雪下作と書いてあります。壺はベージュの地に緑の細かい葉をつけた、金縁の赤い小花がたくさん描かれていました。有田焼だなと、とっさに思いました。


 私はそろそろ帰ろうと思い、入ってきた襖の方に向いたのですが、気がかりがして、また床の間の方を向くと、壺が無くなっており、そこには見た事のない生き物がうずくまっていたのです。

 それは、さっきまでそこに置いてあった壺と同じ色をした、むく犬とも毛のふわふわした猫ともつかない、変な生き物でした。頭の横にはむくむくとした耳のような物がついており、背中には飛べそうもないのですが、やはりむくむくとした丸い翼のような物がついています。ふとその時、この間行ったデパートのおもちゃ売り場に、これと同じぬいぐるみが売ってた事を思い出しました。実際にはそのデパートには、ここ数年行ってなかったのですが。

 生き物はなにかをぶつぶつつぶやいていました。耳をすましてみると、能はず能はずと言っているように聞こえます。能はずじゃなくて、能わずと言うのだと教えてやると、それは不思議そうな顔をして、じっと私を見るのです。

 見るというのはおそらく正しくないでしょう。その生き物には、目玉がありませんでした。落ち窪んだ眼窩は、まぶたが一枚かぶさっているだけです。目が見えないのでは、不便だねと私が言うと、生き物はまた、不思議そうな顔をします。そして、自分には耳があるので別に問題はありませんと、丁寧な口調で答えました。でも、もしあなたの目玉を一つくれるのなら、また見えるようになります。と、生き物は続けて言いました。

 片目になったら自分が困ると断ると、ちょっと何かを考えていました。私は、またと言うのは、前は見えたと言う事かと尋ねてみました。どうやら、後から追いかけて、私の片目を奪う算段をしているようだったので、話題を変えようとしたのです。生き物は抜け目なく私の顔を見ながら、自分はかつて本の中に住んでいたと言いました。その頃は、目玉はあったが、耳がなかったのだそうです。

 それで能はずと言っていたんだなと、合点がいきました。その本は旧仮名で書かれていたんだと思うよと、私は言いました。昔はわをはと書いていたんだよねと、そういう話をしていたのですが、なにやら雲行きが怪しいのです。どうやら、生き物は私の目玉を諦める気はないようでした。


 これはそろそろここから逃げた方がよさそうだと思い、私はいきなり方向を変えて、襖の方へ駆け出しました。襖を抜け、寝室を抜け、廊下を抜けて走ります。そこまで出れば玄関が見えるはずなのに、なぜかいくつも襖や廊下が続いています。振り向きはしませんでしたが、後ろからあの生き物が追って来ている事はなぜかわかりました。

 襖を開け、廊下を走り、また襖を開け、私は走り続けました。やっと玄関が見え、引き戸を開けて外に逃れたと思った瞬間、私は自分の運が尽きた事に気づきました。そこにはあの生き物が一匹ではなく、何十匹もいたのでした。それらは一斉に目玉の無い目で私を見ると、こちらに向けて這い寄って来たのです。


 ありがたい事に、私はそこで目が覚めました。体はこわばり、額にうっすら汗をかいていました。夢だった。そう思った途端、肩の力がすっと抜け、私はため息をつきました。

 私は体を起こすと、しばらく祖父母の墓まいりに行ってなかった事を思い出し、ちょっと訪ねて行きたい気持ちになっていました。ちょうど盆の休みです。他の人たちは移動を終えているはずなので、新幹線の席の一つも取りやすくなっているかもしれません。

 調べてみようと部屋の扉を開け、廊下にでようとすると何かが足に当たります。飼っている猫が餌をねだりに来たのかと思ってみおろすと、目玉のない目が不思議そうに見上げていました。


ぼーっとゲームをしていた時に、ふと思いついた物です。1時間以内でどのくらい書けるか、興味があったので、ほとんど見直さず、打ちっぱなしにしてみました。純文学というには芸術性に乏しいし、ホラーと言うほど怖くもないので、その他にカテゴライズしておきましたが、どんなものなんでしょう。

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