プロローグ
人間は、目の前に幸福があっても、見ないフリをしたりすることがある。
例えば、幼馴染の女の子と一緒に帰るこの瞬間にも。
「あっ、ヒロトまた違う女の子見てるしっ!」
すぐに回り込んで目の前に現れてくるこいつを軽くあしらいながら。決して目を合わせようとはせず、右前方の女学生を見たり。
「わたしという彼女がいながら、どうしてそんなに簡単に浮気できるの?」
他の女子を見ただけで浮気となるなら、世界中の男達が浮気者だ。
「栞は、どうなんだよ。他の男見たりしないのか?」
「見ないもん!話しかけられても、あからさまに興味ない態度を取ってるよ」
そう、この女子、宇野栞はメチャクチャモテる。高一の一年間で百人に告白された強者だ。
平日限定の放課後、こいつは男に呼び出しを食らって、告白を受けてはその日の夜に俺に相談してきていたのだ。
だから、知りたくもない男達の情報が赤裸々に栞の口から語られる。告白状況は『呼び出し』、『屋上』、『一対一』で統一されているのだが、オーソドックスな『ずっと好きでした』から、『あなたを殺して僕も死ぬ』までバラエティーに富んだものであった。
ちなみに、『あなたを殺して僕も死ぬ』男の告白から、俺と栞が付き合い始めたきっかけになったのだが。
その話は置いておいて。
また一段と栞の束縛が強くなった現在高二の四月。下級生の女子を見てしまう俺は果たして浮気者なのだろうか。
「俺、栞と付き合ってるからさ、女子からも値踏みされるんだ」
「へ?それはヒロトの浮気と何か関係あるわけ?」
「浮気は否定するけど、関係は大いにあるさ。俺は未だに栞の付き人みたいな扱いだからな。幼馴染枠から抜け出せない、とも言える。栞はそんなの望んでないと言ってたよな?」
「望んでないとは言ったけど。でもさ、わたしがモテ過ぎるのが悪いのであって、ヒロトは悪くないよ?」
「じゃあそろそろ、もう少し地味な格好してくれないか?」
「え・・・?」
栞は良くも悪くも目立つ。ハーフである彼女は綺麗な金色の髪、整った目鼻立ち。すらりと細く長い足腰。そして極め付けは誰もが釘付けになる大きな胸。
制服のブラウスのボタンは二つほど外していて嫌でも胸元に目が行くし、ゆるい少し長めのカーディガンとスカートの丈を合わせた『履いてない丈』で覗きたくなるような着こなしをしている彼女。
俺と言えばそんな彼女の身長とほぼ同等くらいで、ヒールを履かれたら簡単に抜かれてしまうような平凡な目つきが悪い学生である。
「みんなと同じだと思うんだけど・・・」
そしてこの女友達を敵に回しそうな爆弾発言である。自分の立ち位置がまるでわかっていないようだ。
「俺の身長を伸ばすより、栞が地味になってくれたほうが現実的だ」
「そこは、これからかっこよくなってやる!って言ってよ・・・」
「それは無理な相談だ。俺は俺だからな」
「・・・ん。ヒロトらしい言葉を聞けてちょっとドキッとした」
落ち込んだと思ったら、今度は照れ始めている。栞の考えることはほんとわからん。
「つまりだ。栞が目立たなくなることで、俺と栞が釣り合う関係になる。おーけー?」
「釣り合うとか釣り合わないとかで友達とか恋人決めないもん。あー、だからさっきから下級生ばっかりじろじろ見てたんだ」
「入学したての一年生ならブラウスはちゃんと首元までボタン締めてネクタイをするし、スカートは長めに履くからな」
「ヒロトはあの初々しい感じが好みなの?」
「そんなことは言ってない」
「ふーん。へー。ほー・・・」
ジト目で見ないでください。お願いします。
「ヒロトの初めての束縛、嬉しいなっ♡」
「はぁっ?束縛に入るのかよこれ」
「嬉しいので明日からは新入生っぽい格好しまーす。あっ、ちなみに普段からちゃんと見せパン履いてるから安心してね」
「聞いてない。聞いてないから」
「照れてるところもかわいいなー」
そんなこんなで、今日も用意された幸せに甘えて寝そべって、自分達以外の思惑なんて見ないフリで。
これはそんな関係を続けたいと願う二人のお話。