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座り込んだ私をアルキシン様は迷うことなく抱き上げ、寝台へと運んでくれた。
吐いた後なのにアルキシン様は躊躇すらしなかった。
鼻をつくような特有の匂いがしただろうに、やっぱりアルキシンは優しいな・・・なんて私は考えながら静かに笑った。
「何を笑っている?気分はどうだ?」
私を気遣うかのようなアルキシン様。
私はもう・・・死んでもいいかなと思った。
アルキシン様が傍にいてくれて、私を心配してくれている。
悔いがあるとすれば幸せになった姿を見れないってことだけれど、きっと大丈夫。だってレイン様がいるから・・・彼女なら・・私の叶えられなかった夢を叶えてくれるはず・・・だって玩具なんかじゃない・・・ちゃんとした側室だから・・・
私は寝台の横に置かれた水に手を伸ばした。
「水か?」
アルキシン様が私の求めているものに気づき渡してくれる。
私は少し起き上がり水を口に含んだ。
喉も痛いので和らげるためにも、もう一口水を飲む。
そして、その時ノエルじい様が来た。
「失礼しますぞ。」
マリアや他の数名の侍女がノエルじい様と共に現れ、私の元へと近づく。
「アルキシン様、ちょいとどいてもらってもよろしいかな。」
ノエルじい様が見事な白ひげを触りながらアルキシン様に尋ねた。
アルキシン様は素直に私の傍からどこうとしたが、私がアルキシン様の手を掴みとめた。
自分でも咄嗟のことで何をしたか一瞬理解できなかったが、欲望が理性を打ち負かしてしまったらしい。
「アルキシン様にはここに・・・いてほしいの」
私が素直な気持ちを口にすると、アルキシン様は目を見開き驚いた顔をした。
私は初めて見るアルキシン様のそんな表情が嬉しくて・・・仕方なかった。
ノエルじい様は苦笑をもらすと「ならば、わしが反対側へまいりましょう。」と言い私のわがままを聞いてくれた。
心音や、体温、そして脈拍などを診るノエルじい様に私は口を開いた。
「ノエルじい様・・・今までごめんね。ノエルじい様の事だから私よりも私の事を心配してくれてたよね・・・」
ノエルじい様は優しい瞳で私を見返すと「あたりまえじゃ。」とだけ呟いた。
「どういう事だ?」
アルキシン様が怪訝そうに口をはさむ。
ノエルじい様はアルキシン様に一瞬視線をやるが、何も言わず私の診察を再開した。
「どういう事だと聞いている!」
大きな声を出しながらもどこか震えた声音で問うアルキシン様。
私は覚悟を決めた。
「アルキシン様・・・ちゃんと話すから・・・ちょっと待って。」
アルキシン様を握る手に力を込め、彼に許しを乞う。
アルキシン様は眉間にしわをよせ、無言で私を睨んだ。
私はアルキシン様から視線をそらし、ノエルじい様を見た。
「ノエルじい様・・・私予定通りあと半年ぐらいは持つ?」
その私の言葉にアルキシン様が息を呑む音が聞こえた。
そして私と繋がっている手には力が込められた。
「いや・・・、2ヵ月持たぬかもしれん。お前さんの事だ。どうせ何か無理でもしたんじゃろ。」
ノエルじい様は悲しそうに私の脈を測っていた手をどかすと、私から離れた。
ノエルじい様の後ろではマリアや他の侍女が青ざめ微かに震えていた。
私が握る手・・・アルキシン様の手が震えたのが分かった。
アルキシン様の顔から血の気が引き、微かに唇をふるわしていた。
私は心底驚いた。
「アルキシン様・・・貴方でもそんな顔するんですね」
私が軽く笑いながら言うと、アルキシン様は泣きそうな顔で私をみた。
「どういう事だ、ユエ。お前は俺の元から消えるのか!」
アルキシン様が私を強く抱きしめた。
「聞こえたでしょう?まだあと2ヵ月あるわ。」
私がアルキシン様を抱きしめ返し囁くと、ノエルじい様がまた口を開く。
「アルキシン様、ユエ様を失いたくなければ説得する事です。」
その言葉にアルキシン様は私から勢いよく離れ、ノエルじい様を見た。
「どういうことだ?ユエは助かるのか?!」
その言葉に焦る私
「ノエルじい様・・・っ!やめて!もういいのよ!」
アルキシン様がまた私に視線を戻す。
「何をいっている?ユエ、どういう事なんだ」
私は視線をアルキシン様からそらし瞳を閉じた。
そんな私をアルキシン様が問いただすが、私は頑なに説明を拒んだ。
その時ノエルじい様が
「すまぬが、ユエや。わしは約束を破るぞ。」と、言った。
ここまで来たらノエルじい様が口を開くのも時間の問題だとは思っていたが、それでもやはり絶望感に襲われた。
「ユエ様には半年前、身体検査の結果を告げる際にわしは宣告したのです。もし治療しなければあと1年の命じゃと。ですが、ユエ様はお金がないと言って気休め程度にはなるじゃろう治療すら受けんかったのです。」
黙って聞いていたアルキシン様の表情が強ばっていくのが見て取れた。
「それにこんなに病状が進行してるということは、何やら相当ご無理された様子。こんなになるまでにアルキシン様はお気づきにならなかったのですか?」
ノエルじい様の問いにアルキシン様が答える前に、私が口をはさんだ。
「ノエルじい様、アルキシン様は何度も私にノエルじい様の所に行くよう命じたのに、私がいった事にして嘘ついていたのよ。」
「ユエ・・・お前診てもらっていなかったのか?!金がないってお前は俺の側室だろう!金の心配などする必要ない!」
アルキシン様が泣きそうな顔で叫ぶ。
私は胸が苦しくなった。
「アルキシン様・・・。でも私は側室っていっても名目上なだけで実際の立場は妾ですし・・・それに・・・玩具の分際でこんないい暮らしをさせてもらってて、今度は治療代払ってください・・・なんて言えなかったし、言いたくないのよ。だからこれからも治療はしません。あと2ヵ月あればもう充分なの。借金は全て返せたし家族に渡せるお金も作れたから。」
私の言葉にアルキシン様は苦しそうに口を開いた。
「そんな事許さない。お前はずっと俺の傍にいろ・・・勝手に死ぬなんて絶対にさせない・・・っ」
何も答えられない私にノエルじい様が悲痛な表情で言葉をかけてきた。
「・・・ユエや、お主の綺麗な髪・・借金にあてたのじゃな・・・。」
そんなノエルじい様の言葉にアルキシン様がますます苦しげな表情を浮かべる。
「そうなのか?ユエ・・・なぜ・・・」
アルキシン様が私の頬をなでた。
「それぐらいしか私が稼げる道なんてなかったの。あとは服だけ・・・」
私が自嘲をもらすとノエルじい様の後ろで控えていたマリアが口を開いた。
「それで布を欲しいなんておっしゃったのですね・・・。」
マリアと数人の侍女は静かに涙を流していた。
「服を作って売ったのか?」
アルキシン様が私に問う。私は静かに頷いた。
「それで説明がつきましたぞ・・・ユエ、お主は夜な夜な服を作っておったのじゃな。ろくな睡眠もとらずに。」
ノエルじい様の怒ったような声にも私は静かに頷いた。
「夜から朝方にかけてしか時間がなかったの。あとは昼間、休憩時間の合間とかしか。」
「何故俺に言わなかった・・・っ、何故そんな無理をしたんだ!」
アルキシン様が叫ぶ。
「余命1年って言われましたが・・・もしかしたらそれよりも早く死ぬかもしれない・・・それを考えたら半年を目安にして借金の全額返金、あと家族に残すお金を作らなくちゃいけないって思ったの。だから無理をしてでも服を作ったし、あと自分の髪の毛をうった・・・結果的に結構なお金が用意出来たから、これで妹は学校に行けるし、家族に借金を残さないですむわ」
私は場の空気がこれ以上暗くならないように、わざと明るく声音を作り笑みをうかべた。
私の話をきいたアルキシン様はそっと私を抱きしめてきた。
そしていつものアルキシン様からは想像出来ないほどの弱々しい声で私に言葉を放った。
「それぐらい俺が払ってやれるのに何故俺に頼らない?」
・・・私を抱きしめるアルキシン様は肩を震わせながら泣いていた。
「アルキシン様・・・ごめんなさい・・・泣かないで・・・アルキシン様」
静かに泣くアルキシン様に私は謝ることしか出来なかった。
愛しい人が自分のせいで泣いている姿は切ないのに・・・でも・・・私はとても幸せだった・・・。
「私・・・幸せすぎますね・・・弱いところを一切見せてくださらない貴方が私のために泣いてくださるなんて・・・笑顔は見れないかもしれないけれど・・・でも私もう何も・・・悔いはないわ・・・」
その言葉を最後に、私はあまりにもひどい頭痛のせいで意識を飛ばしてしまった。




