殺し屋と異常性癖とラブホテル
「今日の女、ありゃあよかったなァ」
あんあんと態とらしい喘ぎ声を上げる女の映った画面から目を離し、声の主へと目を向ける。
半端に髪を伸ばした茶髪の男が、ベッドの上に座り込んで此方を見ていた。
「眉間から入った弾が真っ直ぐ脳髄を散らしてよォ……。火花みたいで綺麗だったなァ」
血色の良過ぎる赤い舌が、じゅるりと音を立てて唇を濡らす。
下品な男だ、と僅かに視線を下げた。
「他に外傷もなくて、柔らかそうな太ももも血の気が引いて真っ白になって、美味そうだったなァ……」
恍惚の笑みを浮かべる男に、浅く息を吐く。
「……そんなに気に入ったのなら、その場で犯せば良かったじゃないですか。この死体愛好家のド変態」
思いの外座り心地の良いソファーに背を預け、男の顔を睨み付ける。
テレビの中では盛り上がっているらしく、音量を変えていないにも関わらず、声が大きく聞こえてリモコンを持つ。
音量を下げるボクを見て、ソイツは小さく肩を竦めた。
「変態は否定しねェけどなァ。ただ、他の奴が見てる前で腰振る類の変態ではねェんだよなァ……」
「……そうですか。ボクから云わせれば、どちらにせよ気持ち悪くて胸糞悪いですけど」
ふはッ、と吹き出した男は、そりゃあそうだよなァ、と笑うから意地が悪い。
否、意地糞が悪い。
薄明かりしかない部屋で、男の赤い目は浮き上がったように見え、猟奇的だ。
その奥に潜む獰猛な光に息を吐き、男を呼ぶ。
お互い本名を知らぬ仲だが、確かに利害の一致した仕事仲間である。
呼び掛ければ、男は間延びした返事を寄越す。
「この際、貴方の性癖がどうこうはどうでも良いんですけれど」
「つれねェなァ」
「ボクは非常に不満です」
「……なァにがァ?」
惚けた態度に米神を叩く。
「貴方と一晩ホテルに泊まることが、です。そしてホテルが安っぽいラブホテルなのと、貴方と同じ部屋で過ごさなくてはいけないことです」
分かりませんか、と眉を寄せてやれば、大して興味も無さそうに「あァ」と頷く男。
ベッドの上に転がる男は、仕事用にと着込んでいたジャケットを脱ぎ、ネクタイを下ろす。
どんなに歪んだ性癖と性格を持っていても、見目が良ければ様になる。
「仕方ねェよなァ。車のバッテリー上がっちまったんだからよォ」
「何が仕方無い、ですか。あんなボロ車乗ってるのが悪いんですよ」
「お前なァ……」
フンと鼻を鳴らし、ソファーの背凭れに沈み込めば「分かってねェなァ」と言われる。
フォルム全体が丸みを帯びた二人乗りの小さな車は、遠出向きのスペックではなかった。
否、ボクからすれば乗れるのか走れるのか、と本気で考えるレベルのおんぼろ車だ。
結果、ボロ車でおんぼろ車だという証明のようにバッテリーが上がり、帰宅が不可能となった。
「最悪、です。絶対報酬増やして貰いますから。じゃなきゃ貴方から引きます」
「お前金なんて好きだったかァ?」
いつの間にかシャツのボタンまで開けているその男が、訝しげな顔で問う。
「金も殺しも死体も興味なさそうな面ァしてンだろ」
向けられた人差し指が不快で、目を逸らす。
ボク達の仕事はオブラートに包んで言えば汚れ仕事で、ハッキリと言ってしまえば殺し――つまりは、殺し屋だ。
お互い仕事を請け負う場所が同じだけの、同じ仕事をしているだけの関係だが、何度か仕事を組んで顔も覚えた。
例えば、殺し屋を生業にする人間には何種類かあり、目の前の男は自分の性的欲求を満たす為。
死体愛好家のド変態が死体に触れられる仕事と言えば限られており、その中でも自分が自由でいられる殺しを選んだ端的な男だ。
性的欲求だけでなく、お金欲しさや唯殺したいだけの快楽殺人鬼もいる。
ボクは、そのどれにも当て嵌らない。
死体が好きな訳でも無く、かと言って殺しに快楽を求めている訳でも無く、お金は、まあ、あればあるだけ良いものだとは思うが、固執はしないだろう。
唯、ボクは――。
「此処しか無いからですよ」
仕事着なのか私服なのかも分からなくなった黒地のドレス。
シワを伸ばし、裾を整えれば、男は不思議そうに太い首を捻った。
「……分かり易く、そして最もらしく云うならば、ロマンチックに死ぬ為」
「そりゃあ、また、猟奇的だなァ」
「死体を犯すより全然良いと思いますよ」
リモコンでブツンとテレビの電源を落とす。
丁度ラストスパートだったらしいシーンは、彼等が達するよりも先に黒く染まった。
「何時か、何時の日にか、標的に一目で堕ちた時、標的と恋情とに挟まれて、標的に撃ち抜かれる。ロマンチックでしょう」
ソファーから立ち上がったボクを、男は血のように赤い目で見詰めた。
「お前さァ、リアリストじゃなかった?」と問われれば、嗚呼勿論、頷く。
分かり易く、最もらしい答えであって、ボクの中の本当の答えで正答では無い。
「何にせよ、やりたい事やって、理由も何も無いじゃないですか。やりたいから、それが一番の答えでは?」
「あァ、それもそうだなァ」
ペタペタと素足で床を叩き、ベッドへ近付き、転がったままの男を見下ろす。
近付いて気付くのは硝煙の匂いだ。
好ましく無い匂いに眉が寄る。
「俺は嬲り殺しがいいなァ」
「……はい?」
眉を寄せたまま、更に眉間に皺を生む。
カチリと金属音を立てて、首に付けていたチョーカーを外しながら、一体何の話かと問う。
答える男の顔は喜色が浮かんでいる。
「お前の白い肌に、青アザ、紫の内出血をまばらに浮かべるんだよォ。綺麗に見えるぜェ、きっと」
チョーカーを外した手が止まる。
男の無骨な指先は、ボクの胸元、丁度心臓のある胸の真ん中を指し示す。
「そんでアクセントに血反吐の赤だなァ。ははッ、たまんねェ。ブチ犯してェなァ」
浅く吐き出される息は熱っぽい。
程良く焼けている健康的は肌は、恍惚のお陰かせいか、赤みが差しており尚のこと悪趣味だと思う。
血色の良い赤い舌が唇を舐め、捕食者のそれに見え、嗚呼……と溜息が漏れた。
最低に最悪な男である。
ド変態だ、気味の悪い気色の悪い男。
「普通に気持ち悪いです。訴えたら絶対に勝てるレベルです」
「ひでェなァ……」
「どちらがですか。ボクはお風呂に入ります。その間に盛り上がった処を何とかして下さいね。匂い残したら殺しますよ」
チョーカーを指に引っ掛けたまま、口元を抑えて盛り上がった処を目線で促す。
足の中央部はスラックスを押し上げており、非常に見苦しい。
「ヌいてくンねェの?」
下卑た笑みと弾んだ声。
肌が粟立つと言うのはこういうことか。
毛穴という毛穴が反応しぷつぷつと浮き上がった感覚に身震いをし、男から距離を取る。
「その股座の物を使い物にならなくしても良いんですよ」
「……ちょっとした冗談、だろォ」
「兎に角、ボクが席を外す間にベッドの上で処理をして下さい。ボクはソファーを使います」
それでは、とシャワールームへ向かう。
男が「つまんねェの」と声を上げたが、詰まる詰まらないの話では無い。
殺し屋って言うのは、ボクを含めて禄な人間が居ないものだ。