Land Of Riches-1(2)
「あのね、ミヤビだってさっき言ってたからはわかってるはずだけど、法律にも書いてあるの。私は大人で公務員で教師。チヒロくんは未成年だし私の生徒。ミヤビが許しても、社会的にアウト」
わかるでしょう? と言いたげな表情で挙げていく。
「それに、チヒロくんからの好意なんていうのは一過性のものよ。思春期に近しい異性が少なすぎたこと。同年代の交友関係が上手く作れなかったこと。そんなときにネットからの知人と仲良くなってしまったこと。その結果、手近な私で話を進めようとしてるんだと思うの」
酷くディスられていると思うんだけど、これは泣いても良いのかな?
「だとしたら正しい道に導くのが私たちの役目。ほら、ね?」
名案だと言いたげに、胸の前で両手の指を合わせたナオさんが微笑む。
いや。やっぱり一過性とかじゃないよ。そういう可愛い仕草をするナオさんが好きなんだ。
「なあ、央美。それがお前の望みか?」
論破したと言わんばかりに笑顔を浮かべるナオさんに、またもやミヤビさんが食い掛かった。
「そうよ。担任してるクラスの生徒には真っ当に生きて、幸せになってもらわなきゃ……」
問いかけにナオさんが答えている言葉の途中で、ミヤビさんはスーツジャケットの左ポケットから紙片を取り出した。その表情がひどく愉快そうに見えることに気付いて、ナオさんは言葉を噤んだ。
『ねー、生チヒロくん可愛いすぎるんだけどどうしよう!』
『今日、居眠りしちゃった時のあの顔見た? 内緒でぎゅってしたらダメかなぁ?』
『うちのチヒロくんが家事スキル高すぎる件について!』
『もう無理ー。本当にチヒロくんと一緒に住むー!』
どうやら紙片に書かれた内容を読んでいるらしいのだけど、担当科目が国語で教科書朗読も上手いはずのミヤビさんがすごく下手な棒読みで言葉を読み上げていく。それにしても、その内容があまりにも唐突すぎて思考がついて行かない。
「え? ちょっ! ミヤビ?!」
どうやらその文章が一体何なのかがナオさんにはわかったらしく、再び取り乱して顔が紅潮していく。って、あれ? なんだかやたらと僕の名前が出てる気がするんだけど、まさか……。
「どっかの中学生男子と出会ってから、ことあるごとにこんな内容のメールやチャットを送ってきたのは誰だっけなぁ?」
「これでトドメだ」と言わんばかりの表情で、至近距離からナオさんを舐めるような視線で見上げるミヤビさん。もうやめてあげて、ナオさんのライフはもうゼロだよ。
きっと、さっきのメモはナオさんが発した言葉だったんだ。それを当人たちの目の前で読み上げるなんて、鬼だ……。
「こんだけ思ってた相手から好かれてるってんなら利用してやれよ」
ナオさんを説得するように、宥めるように、ミヤビさんの言葉が柔らかくなる。
「流石のこいつでも、教師に手を出すってことはどういうことかわかってんだろうし。で、お前が思ってるような最悪のパターンになったら言ってやりゃ良いんだ。『チヒロのせいで辞めることになったから、責任とってね』って。なあ?」
そして話が僕の方へ向かい、ミヤビさんの目線を浴びせてくる。もう一度、なあ? と確認しそうな勢いの鋭い目を向けられて、僕は慌てて首を縦に振って、「うん! 責任、取る!」と応えた。
「はぁ。こんなんで大丈夫なんかね」
ミヤビさんに呆れられた。いや、仕方ないじゃん。2人とも僕を放って話を進めるんだから。
「えっととにかく、バレるのがマズいなら2人で話したり家に行ったりはしないようにして、それで僕が卒業するまで待ってもらう……っていうのはダメかな?」
弁解の為にも、僕は自分で考えていた提案を出す。あくまで今は、急な断絶を拒みたい。これからもナオさんといるための提案。
ナオさんはまだ恥ずかしそうにしていたけれど、なんとか平常心を取り戻しているように見えた。さっきはミヤビさんに襲いかかって小さな紙切れを奪おうとするくらいの勢いもあったけど、もはや観念した、というように落ち着き払って見える。
そうして一言。
「ダメ」
聞こえたかどうかというタイミングで、僕の顔は柔らかな何かで包まれた。
言葉とは裏腹に、ナオさんに抱きしめられたのだ。
「仕事が終わった後は、一緒にゲームしてくれなきゃヤだ。多分、次一緒にやったらチヒロくんはまた私に勝てないよ?」
なんとか表情を見ようと、スーツの布地から顔を離して見上げる。僕の目を見て悪戯っぽく話す言葉に、今まで知らなかった身体の柔らかさに、密着したことで気付く甘い香りに、ナオさんの全てに眩暈がしそうになった。
その瞬間、はっとなってミヤビさんの方を見ると、やれやれとわざとらしく肩をすくめて後ろを向いてくれた。
「まあ、最悪チヒロが自分の親を説得すりゃいいんだ。そしたら法律上オーケーだろ?」
……なんとも恐ろしいことをおっしゃる。
「これからは旦那様として、よろしくね?」
でも、僕のことをずっと嫁と呼んでいた人にこう言われては、頑張るしかないじゃないか。
僕の結婚生活は、これで保たれた。
「第一部、完!」という感じです。