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アイザック・ニュートンの思し召し  作者: げこ◆A3nDeVYc6Y
アイザック・ニュートンの思し召し(第一部)
7/17

Land Of Riches-1(1)

「あのね、チヒロくん。これはね、ミヤビが……」

「ゆっくり。ゆっくりで良いから。落ち着いたら話そうね」


 壊れたスピーカのようになってしまったナオさんに気持ちを落ち着けるように促す。そうして僕も、密かに深呼吸をする。

 この職員室でナオさんが隠されていた場所を考え、そして挙動不審になっている反応を見て、さっき僕がミヤビさんと交わした会話の全てを聞かれていたに違いないと判断する。そして、僕自身も落ち着いてはいられなくなる。

 ミヤビさんを納得させるために言ってしまったナオさんへの秘めた思いを、覚悟もないまま本人に直接聞かれてしまったのはとてもマズイ。


「うう。もう、大丈夫……」


 肝心のナオさんも動揺していたから、ここぞとばかりに僕も気持ちを落ちつけられる時間が取れると思っていた。だけど、何度目となく深い息を吐き出したところでナオさんが言葉を絞り出した。


「あのね……」


 ナオさんが「さあ話をしよう」と言わんばかりの表情で僕に向き直る。

 そうとなれば僕も覚悟を決めよう。不謹慎かもしれないけれど僕の言葉を聞いたことでナオさんが取り乱していたというのならば、何もネガティブになることもないのではないだろうかと思えた。


「あのね、倉敷君」


 そう思った矢先。僕の淡い期待はすぐに泡となって消えた。


「先週も言ったけれど、困る。曲がりなりにも担任の教師と、そのクラスの生徒が個人的に仲良くするのはおかしな話だし、他の子に対して不公平にもなる」


 やはり、拒絶された。

 僕を「チヒロくん」と呼んでくれなかったことから前向きな返答じゃないことはわかっていた。少しの時間だけでも勝手に期待して舞い上がってしまったから、その分気持ちが地の底に落とされた感覚に陥る。

 目線が足下に落ちて、ナオさんの上履きが目に入る。暗い色のストッキングに包まれた、スラっとした脚が精一杯真っ直ぐに立とうとして震えていることに気付く。

 きっとこれはナオさんの、教師としてのケジメなのだろう。

 本当は、僕にこんなことを言うのも嫌だったんじゃあないか。だから何も言わずに僕と決別をしようとしたのではないか。だとすれば、こんなことを言わせて辛い思いをさせる僕が悪いんじゃあないかと自分を責めたくなる。


「ふーん。じゃあ、個人じゃなきゃいいわけ?」

「え?」

「はい?」


 そう自分に言い聞かせようとしたところ、不意に横からミヤビさんの言葉が投げかけられて僕もナオさんも反応した。


「個人で仲良くするのがダメだってんなら、今みたいに3人以上いれば問題ないのか? それかなんだ。部活動でも作らせて、それの顧問を央美がすりゃあ良いんじゃね? 最低人数が5人必要なはずだから、なんなら絶対に部活なんてやりそうにないヤツから名前借りてきてやろうか」

「待ってよミヤビ。何言ってるの? そういう話じゃなくて……」

「テストが悪すぎて成績がヤバいヤツはゴロゴロいるからな。進んで協力してくれるだろうよ」

「言い方が悪すぎるよミヤビさん……」


 本当に何を言ってるんだろうこの人は。「曲がりなりにも教師」という言葉はミヤビさんにこそ意識して欲しい。


「それに個人ってのはどのレベルな訳? 担任教師川名央美と生徒倉敷千裕の関係? それとも仮想世界での男剣士ナオと女魔法使いチヒロの関係? どっちだって個人的な関係になるはずだけど? ゲームの中では良くしまくってる上に挙句の果てには結婚までしてる。これは問題無いわけ?」


 詭弁だ。僕だけじゃなく、ナオさんもそう思ったに違いない。けれど、あまりの突飛さにナオさんも反論できていない。


「更にさらに、央美は相手が未成年だってわかってて休みの日に家にまで上げてる。長期休暇の間なんて毎日のように会って、しかも去年の春休みからは2人きりの部屋でずっと一緒にいた間柄だろ? それなのに今更先生とか生徒とか関係あるのか?」


 あ、はい。流石にそこは社会的にマズいですよね。やっぱり。

 軽率だった自分の行動を省みながら、話が進むたびに唇を硬く真一文字に結ぶナオさんとその様子を見て口角を釣り上げていくミヤビさんを眺めていた。


「勝手な事言わないで!」


 よくもまああんなにもすらすらと言葉が出るもんだ、なんて感心していると、ナオさんが声を張り上げた。そうだ。傍観なんてしている場合ではなかった。


「勝手なことってのはなんだ。もう既に成人してて社会人として働いてもいるような女が5つ下の、しかも未成年の高校生男子を誑かして部屋に連れ込むことか? 環境が変わるからとかなんだとか言って、今まで散々良い子良い子と飼いならしてきたペットを隣町まで捨てに行くみたいに、交友関係をまるごとぶった切るような行為のことか?」

「ちょっと黙ってよ!」


 ナオさんの激昂した様子を初めて目の当たりにして、少し飛び跳ねるようにして身体が硬直する。あまりに大げさな動きになってしまった僕を逡巡して、ナオさんはまた冷静さを取り戻そうと何度目かの深呼吸を始めた。

 客観的に、今のミヤビさんはナオさんをからかって遊んでいるようにしか見えなかった。その意図はわかりかねるけれど、ミヤビさんは苦しそうなナオさんを眺めて楽しんでいるように感じる。

 そして、僕は1度入り損ねた会話に右往左往している。



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