Holdin'Out(1)
「はぁ……」
高校に入学して3年目の始業式。学校に着いた僕は、正門内に設置された掲示板に貼られているクラス配置のプリントで自分が配された学級を確認して教室へと移動した。そして今度は、教室の黒板にマグネットで留められた座席表を確認して自分の席に座る。
とは言っても、うちの学校では2年生から3年生へ上がるときにはクラス替えが無い。そのため、誰かが留年するなどといったよっぽどのことが無い限りクラスのメンバーは増えも減りもしない。更に言えばクラス全員が入っているSNSのグループでも、留年してしまったなんて報告は誰も発言していないから99.9%の確率で去年と同じ座席になるはずだけど。ひょっとしたら周りに知られたくなくて黙っている可能性もあるけど。
「はぁ……」
ちなみに先ほど座席表を確認したところでは、クラスメイトの名前には昨年度と比べて過不足がなかった。つまり全員が無事に進級できたという事だ。クラスでは全員と当たり障りのない交流を持っている僕だから、あまり親交のない成績最下位辺りの人にも「とりあえずはおめでとう」という言葉を送りたい。
「はぁ……」
しかし、それにしても気分が晴れない。先ほど誰かさんに送った「おめでとう」の言葉だって、心からそう思っているのかと問われれば答えはもちろんNOである。ただの気分転換でそんなことを考えただけだから。まあ、欲を言えばそれが本当の意味で気晴らしになれば良かったのだけど。
気分が晴れないというその理由はなんだと聞かれると僕の中に答えは1つしかなくて。そしてそれは、2年間学級担任をしていた女性教諭が産休に入ってしまったために今年は別の先生に変わってしまうだとか、クラスで人気者の女子生徒の烏丸さんがサッカー部のチャラ男である栗ノ下くんと交際を始めてしまったとか、そういう噂話から来る悲しみでは決してない。
「はぁ……」
ひとまず今はテンションがただ沈んでゆく。それ以外にすることが無かった。
「あのさあ。構ってちゃんのため息アピール、まじうざいんだけど!」
個人的な悩みが解決されず、憂鬱な気持ちで始業式が始まるのを待っている僕。何度も漏らしてしまった無意識のため息について、前の席に座る久我山くんから苦情を受けてしまった。
「仕方ないじゃん。今まで最低週1、多いときには毎日、会ったり電話やメッセージで連絡を取っていた人が急に音信不通になったんだから」なんてことをただのクラスが同じなだけである久我山くんに暴露する気持ちは当然ない。
時代遅れに髪をツンツンと尖らせ、眉毛も下半分を抜き去ることで鋭く整えているファッションヤンキーな久我山くんに怒鳴られるのは威圧感がすごいから「ごめん」と謝罪の言葉を1つだけ返しておく。
「いやまあ、なんつーかその、相談したい事あるんなら聞くけど!?」
萎縮的な僕の態度に怒気が失せてしまったのか、それとも気を遣わせてしまったのか。先ほどの勢いからは一変して優しさを見せられてしまった。どうやら「久我山大輝は見た目に似合わずおせっかい」という噂は本当らしい。……語尾がなんだかうるさいけど。
聞いてくれると言ってくれている相手には申し訳ないけど、僕の悩みは流石に話せないでしょ。
少しでも言葉を間違えれば、クラスの中に「中学生の頃にオンラインゲームでネカマプレイをしていて、ゲーム上のシステムで貴重なアイテムを受け取ったり、その末にゲーム内で結婚をした社会人女性と現実でも交友を持っていて、5年の間関係を築いた後に最近音信不通になられている」人物がいるなんて知られてしまったら、まだ1年も残っている僕の学校生活がどうなるかわかったものではない。
「うん、2年まで担任だった大原先生が産休に入ったから担任の先生が変わるって言うじゃない? それで、怖い先生が来たら嫌だなって思って」
だから当たり障りのない話題でごまかした。先ほどから聞き耳を立てていれば、クラスの中でも数人が同じ話題をしているように思えた。やはりクラスのメンバーが1人だけ変わってしまうということには不安を感じる人も多いのだろう。
好奇心旺盛でなんにでも首を突っ込もうとする久我原くんのこと。職員室までその先生について確認をしに行って、今だけでも僕の目の前からいなくなってくれるかもしれない。そんなことを考えると、その場しのぎでも良い返しをしたものだと思う。
「あー新しい担任な! 俺知ってるぜ!」
しかし久我山くんの答えは僕の予想を上回っていた。いや、斜め横に逸れているのか? いや君、本当に声大きいよ。台詞に毎回感嘆符を打つのも正直めんどくさいよ。って何の話だよ。
そんな久我山くんの大きな声に周りの目線が集まる。
「新しい担任な。別の学校から来たらしくてよ! ポニーテールでキツめの感じの女だったぜ! 俺の髪型にも急に文句付けて来てさ、個性ってもんがわかってねぇよな!」
周囲からの期待に満ちた目線に対して、久我山くんは満悦そうな表情を浮かべて語りだした。彼の語りようから考えるに、きっとツンツンと尖らせた髪型について生活指導としての注意を受けたんじゃないかな。ともすれば「キツめの」という表現は彼の難癖だろう。担任を持つクラスの生徒に初日からそんな印象を抱かせてしまう先生なんて珍しいだろうし。
「ふーん、そうなんだ」
久我山くんの大声に集まっていたクラスメイトも僕同様のリアクションをし、その後思い思いに話し始めた。たぶん久我山くんから発信された情報量の薄さに落胆したのだろう。一方、久我山くんに対して善意的な数人は追加情報を求めて彼を囲み始めた。その結果、僕への注目が一切なくなったので、いよいよ望みは叶えられた、と1人呆けて時間を消費することにした。
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