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僕は君から離れてくだけ

ナオさん目線のお話です。最終章開始です。


(ご無沙汰しております。しれっと投稿しておきます。

 憂鬱だ。

 こんな風に思ってしまうこと自体、生徒にも保護者にも失礼なんだけど、とても憂鬱だ。

 放課後に時間設定した「生徒の進路変更による三者懇談」を控えて、私は嫌な気持ちをお腹にため込んでいた。


 ここ最近、忙しくてチヒロくん成分を摂取できていないことが、その大きな原因だと思う。とは言っても自ら望んだ仕事なのだから、今は集中するべきだ。ましてや、この懇談は私が提案をしたのだから……。


「先生、申し訳ございません。父はあと10分ほどで教室に着くそうです」

「そうなんだ。ご無理のないように伝えてね」

「そうは行きません! 本日は先生からのお呼び出しだというのに……」


 わなわなと唇を震わせながら独特な口調で話す小動くんをなだめつつ、私は少し考えを巡らせる。


     〇   〇   〇


 小動くんは、かなり真面目な生徒だと思う。

 4月に3年生時の学級担任になってまだ1学期も終えていない期間だけど、授業を受ける態度や話し方、会話の内容からそうではないかと思っているだけ、なのだけど。規律正しい姿勢と私語に興じるクラスメイトに苦言を呈すこともあることから、それは違いないだろう。

 知識探求心もあり、教師の授業で誤りがあれば指摘もする。成績も学年上位から数える方が早い。そんな彼が、先日急遽進路変更を申し出た。


「先生。小動聡は進路を就職へ変更いたします」


 7時半という、始業前のかなり早い時間に彼が職員室まで来たことにも、その言葉の内容にも驚かされた。

 もちろんそれ相応の理由と、当人のやりたいことが決まっているのならば話を進めるべきだと思うし、情報提供も惜しまない。しかし彼は「家庭の事情です」としか言わず、希望職種も「なるべく給与の高い企業を」としか言わない。

 これは異様だ。そう考えてしまった私は、一旦話を保留にさせて保護者を交えた三者懇談を提案したのだった。


     〇   〇   〇


「お待たせして申し訳ございません。小動聡の父、治と申します」

「聡くんの担任をしております、川名と申します」


 小動くんのお父さんが到着して、私は早速話を進めようとした。内容が内容だけに、事前に教頭先生には相談をしていて「事情によるけれど、長丁場になるかも」と懸念の言葉を受けていたから。――今の私はなるべく悩み事をクリアにした状態でチヒロくんと交流を持ちたかったのだ。下手をすればチヒロくんに愚痴ってしまいかねないから、今はSNSでの連絡さえ我慢していた。


「川名先生。下のお名前は」

「え。……央美と申しますが」

「あああ、良い名前だあ……」


 だと言うのに、切り出しがこれで面食らった。

 というか小動くんが今日の懇談が何故開かれるのかを伝えていないのかも……? 事情を話さずに就職したがっていたし、その可能性はある。

 そう思って私はもう一度、話を進めようと努めた。


「小動さん。聡くんの進路についてですが」

「央美さん。私も聡も小動です。私のことは治とお呼びください」


 ……はい?

 

「さあ、呼んでください。そうでないと反応できませんよ?」


 口の悪い言葉が出そうになった。けれど、我慢した。流石に、生徒の保護者だし。


「聡くんから進路変更したいという相談を受けておりまして、家族様のお考えを聞かせていただきたく」


 だから務めて平静に、話をしようと思った。なのに、またもや人の言葉を遮るようにこのおっさんは口を開いた。


「そうなのか? 聡」

「いえ。聡は先生から父を呼んでほしいと言われただけで」


 はぁ?


「聡はこう申しております。ははぁ、さては央美さん。恥ずかしがっておられる?」


 ごめんなさい。吐き気がします。むしろ、さっきから寒気がしています。

 出来ることなら今すぐに、聡くんにはせせら笑うようなその笑顔をやめさせて欲しいし、お父さんは謎のウインクをやめて欲しいです。


「……なるほど。それでは、今回の三者懇談は不要であったということで。教頭の方にも報告は上げておりましたので、この結果も伝えさせていただきます」


 ギブアップ。その気持ちで用意していた資料をすべて片付けて、懇談に使っていた教室を出ようとした。

 その時に「先生」と呼び止められた。この声は聡くんの方だ。


「実は、聡はファルクス高田に住んでいるのですが」


 ……聞き馴染みのある建物の名前を出されて、扉に向かう歩みを止めてしまう。

 ちょっと待って。それはどういう意味の宣言なの。


「やはり、先生も同じマンションに住んでいますよね。いつからか、は知りませんけど」

「なんの話かと思って足を止めてしまっただけなの。勘違いさせたならごめんね」


 精一杯の否定をするために会話に乗ってあげた。振り返ってその表情を見ると、随分気味の悪い笑顔をしているのが見えた。

 そういえば、他教科の先生から彼は嫌がられていたんだっけ……。「授業で間違ったことを言うだけで、鬼の首を取ったように喜んで指摘をする」と。

 嫌な汗が伝うのを感じながら「そうですか。じゃあ聞いていてください」という言葉を受け入れた。


 何を言われたら一番嫌なのか。私の中では明白だった。

 自身のだらしない生活スタイルや、洗濯物事情などはどうでも良い。虫唾は走るけれど、そんな言葉を出される方がよっぽどマシだ。

 でも、嫌な予感というものは大体が当たるのだろう。


「倉敷千尋と、仲が良いんですよね。家に呼び込むくらいに」


 ……その瞬間、私の思考と表情が固まった。

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