PALE ALE(1)
幕間的なお話です。チヒロくんとナオさんの過去話。
基本的にはお料理回()です。
ナオさんは食に関しての意識が低い。4年前から、ずっと。
仲間内で誰かの部屋に集まって遊ぶことが頻繁にあった。ある日、予定よりも早く家を出てしまった僕は失礼かも知れないとは思いながらもチャイムを鳴らした。
「や。チヒロくん早かったね。お入り?」
マンションの玄関インターホンのスピーカから聞こえる、ナオさんの優しそうな声をくすぐったく感じながら「はーい」と返事をして、解除音の聞こえたオートロックの扉を抜けて、エレベーターに乗り込む。
大学生と中学生。普通に生活をしていれば交わることの無いような年の差があっても、僕はナオさんに好意を抱いていた。それにはオンラインゲームで良くしてもらったという思い出も関係しているとは思う。けれど、それだけじゃあない。実際に顔を合わせて、生のコミュニケーションを経て、好きだと感じたのだ。
その理由は「大人なのにだらしない、なさけない、僕がいないと何もできない」だなんて、ほとんどギャップ萌えみたいなものなのだけど。
「いらっしゃーい」
「おじゃまします」
みんなの集合時間は13時半、僕がナオさんの部屋に着いたのは13時前。おそらくナオさんはまだ食事だったのだろう。話し声がなんだかモゴモゴしていた。
「食事中だったんだね。早く来すぎてごめんなさい」
「いやいや。チヒロくんのかわいい顔を見ながら食べるのも乙なものってね」
男だから「かわいい」と言われることには抵抗があるのだけれど。過去にネカマをやっていたとしても、そこはやはり譲れない。……でも、好意を持たれているような発言には嬉しく思っちゃうんだよね。
会話をしながらおもむろに動かし始めるナオさんの箸の先を見ていて、頭に疑問符が浮かぶ。
「……それ、何食べてるの?」
レンジで調理するレトルトのごはんをパックのままテーブルに置かれてるのはまあ良い。問題はおかずの方。白い小皿に乗せられた、焼き目の付いた白い塊ーーおやきのような何かーーが気になった。ナオさんが作ったのかな、なんて失礼なことを考える。
「これねー、豆腐ハンバーグだよ」
……豆腐、ハンバーグ? それにしては随分白い気がするんだけど。
「少しだけ、もらっても良い?」
食事相手からの「ちょっとちょうだい」は嫌われるらしいと、ミヤビさんから聞いたことがある。「なんかかわい子ぶってる感じがしていけ好かない」とのこと。それはあなたの感想でしょうに。
「いいよー。でも、私の手料理を食べてもらうのって、なんだか照れるね」
そうこうしているうちにナオさんが、自分の食べている方とは反対側の端っこを箸で切り取ってくれた。そして、割り箸か何かがあれば、と考えている僕の前に「あーん」と言いながら差し出された。
いや、うん。少し、ほんの少しだけ、憧れたことのあるシチュエーションではある。あるけれど、急にされるのはその……。
「ほら、どうぞ」
満面の笑みで差し出される両の手に、意を決して僕は従った。
口の中に広がる、豆腐のまろやかさ。たまに出会う、みじん切りされた玉ねぎのシャキシャキ感。しかし、そのどれをも上回る食感が気になる。噛めば噛むほどにもっちりとしたこの感触は……。
「これ、片栗粉が多すぎないかな?」
口に含んだ豆腐ハンバーグ(?)を嚥下してから、ナオさんに問いかける。
「そうかな? 豆腐と玉ねぎ、卵を混ぜてから、なかなかまとまらないから多めにしちゃったかも……」
つなぎって言うんだよね。と続けるナオさんに、突っ込みたいことがある。
「お肉は?」
「へ?」
「ミンチ。まさか牛なんて入れないだろうけど、豚でも鶏でも。入れたんだよね?」
嫌な予感がしていた。ナオさんの口から出た言葉がすべてだとは思いたくない。けれど、嫌な予感は当たるものなのだ。
「え、入ってないよ?」
豆腐ハンバーグは節約料理だって聞くし、お肉なんて入らないでしょ? というナオさんの明るい声が僕の頭にエコーする。
ナオさん。あなたが食べているそれは豆腐ハンバーグではなく、豆腐餅だよ。
豆腐餅は、崩した豆腐を素材として作るおやき(焼き餅料理)です。
中華的な料理として大根餅がありますね。
……しかしナオさんはどうしてそんなレシピを編み出したのやら。