ラッキー・スターのお目こぼし(3)
僕が「この人こそがナオさんのストーカーだ!」と思っていた人物から「川名先生へのストーカー行為をやめなさい」と言われる衝撃たるや。
僕自身にはナオさんに対してストーカー行為をした自覚は無いし、そもそもナオさんとの関係性的に当人から訴えられる謂れもない事実を考えて天道さんは勘違いをしているに違いない。
しかし、事情を説明するといってもナオさんと僕の関係性を暴露する訳にはいかないし、どう反論すればいいのか……。
「黙ってないで、何か言いなさいよ」
そしてこういうときに限って返事を急かされるんだよね。
「ちょっと待って、天道さん。僕はナ……川名先生のストーカーでは決してない。それだけは断言する」
まずは否定だけ。
「本当は天道さんがそうなんじゃないの?」なんて、思ってはいても今発言してしまえば火に油を注いでしまうことになるだろうから黙っておく。
それでも天道さんは、僕の返答を聞くや否や憤りの感情を顔に出した。
「そんなはずない! 教室に川名先生がいれば常に凝視して、授業が終われば先生の背後をつけ回す。こんなにも不審な人がストーカーじゃないわけがないでしょう?」
「それは、その……理由があって」
「ふーん? どんな?」
なるほど。この数日に僕が行っていた調査活動がそう見られてしまったのか。そう感心しながらも反省をして、言葉を間違えないように対応していく。
しかし、これは……本当のことを話さなきゃあいけないよね。
「実は……川名先生の友達と知り合いで、先生に付きまとっているフォロワーがいるって話を聞かされてたんだ。だから、それが誰なのかを調査するつもりで」
「は、誰よそれ。ていうかそんな都合のいい話信じられると思う? 私たちと先生、何歳違いだと思ってるの? そもそも、その付きまとってるのがあんたなんじゃないの?」
多少の事実は話してしまわないとこの場をやり過ごせないと思って覚悟を決めて話した。つもりだったけれど、何倍もの勢いがついて言葉が返ってきてしまった。
思い込みが強い人っていうのは良くないね……。
「本当だから、信じてよ。流石に先生の友達と会わせたり、話をさせたりっていうのはできない。いや、むしろその人の名前を教えることもできないんだけど。川名先生とは10年近くの付き合いらしくて、とにかく信頼は出来る人だから……」
とにかくこちらの意見に納得してもらわなければいけないと思って、泣き落としにかかる。最終手段として天道さんの情に訴えるしか出来ないのは情けないけれど、これで引いてもらえないならば僕には打つ手がない。
「……私は先生のプライバシーを暴くつもりなんてないから。勘違いしないで」
僕の情けない姿を見て呆れてしまったのか、天道さんの表情から棘が消えた気がした。そして、少し気を抜いたものの、鋭い目つきをした顔で「じゃあ、犯人特定に協力しなさい」とだけ呟いた。
○ ○ ○
「話を整理するわ。ここ数日、川名先生は私たちの教室に入る前にため息を吐いたり、俯いてから思い切ったように顔を上げるっていう状況が多かった。私は最初、教科書を廊下のロッカーに忘れてしまった時に見つけて気にしてたんだけど、1度だけじゃなかった」
「すごい。天道さんよく見てるね」
教室の手近な席に座って、僕たちは対話を始める。
まず最初に、何の情報も持っていないはずの天道さんがどうしてナオさんにストーカーがいるとわかったのかを説明してくれた。天道さんの着眼点は僕にはなかったからすごく感心した。っていうかそんなこともあったんだ……。ナオさんの周囲について詮索していると悟られないために、授業前後はあまり接近していなかったことがあだになったな……。
「別に、気になっただけだから。それに、川名先生の表情を見ても疲れも溜まってるみたいだったし。このクラスが嫌なことの原因っていうのも嫌だし。で?」
「で?……って?」
「倉敷君の見解。ひょっとして先生のお友達に言われたってだけなの?」
「あ、なるほど……。実は、そうなんだ」
ありのままに「最近はオンラインゲームを一緒にやってくれなくて……」なんて言う訳にはいかないから、ここはごまかす。
「呆れた……。そのお友達、人選ミスが過ぎるんじゃないの? センス疑う」
その人、なんと天道さんにも国語の授業をしている人だよ、なんて口が裂けても言えない。
「で? その人には何を言われたの」
「えっと、最近SNSとかで連絡をしても反応が薄いとか。でもその割に他の人物とはネットで交流を持っている形跡がある……とか」
「え、何その人彼氏かなんか? それにしてもネットストーカー気質でやばいんじゃないの?」
まずは、なりゆき上ミヤビさんの言葉じゃなくて僕の感想から、と思って話してみた。けれど、天道さんは拒否反応を示したような表情で返した。正直に、僕の所感なのだとは言えないけれど酷い。
「まあそこは置いといて。で、川名先生とネットで交流している人は”ラッキー・スター”っていう、本名をちょっと変えただけのハンドルネームを使っているらしくて、悪い人ではないはずだけど当人に確認をしてみて欲しい、って感じかな」
「何、本名もちゃんと知らされてないの? その自称友人っていうの、コミュ障にもほどがあるでしょ……」
うーん、ミヤビさんについての誤解が深まっていく……。ミヤビさんにもラッキー・スターさんの本名を言えない事情があるんだろうけど……いや、酷評されている実態の半分は僕だからいいのかな。
「ま、でもよかったじゃない」
「え?」
「そのハンドルネームが本名の通りなら、正体はわかったも同然じゃない」
「なんと」
僕はこのハンドルネームから天道さんを想起したんだけれど、天道さんもその結果にたどりついたんだ……ね? いや、何を言っているんだ僕は。この流れでそうなるわけがないよ。
「ホシ先生じゃない?」
「ホシ先生……?」
「始業式で挨拶していたでしょう? 保志幸先生」
天道さんが呆れながらも、黒板にチョークで名前の漢字を書いてくれた。しかし、それでも僕の記憶には残っていなくて。「なんの教科だっけ……?」と確認をする僕に、天道さんは言い放った。
「この4月から来た教頭先生」