ラッキー・スターのお目こぼし(1)
『あ?』
長い長い呼び出し音の後、スマホ越しに聞こえてきた声は不機嫌極まりない様子だった。
『お前、ただの高校生の身分で教科担当の教師に電話するってのはそれなりの覚悟があるんだろうな?』
僕が電話をした相手は、高校で国語の授業を教わっている先生だった。確かに、ただそれだけの関係ならば休日の昼間に電話をかけるなんて行為は嗜められても仕方がない。けれど僕とこの人は、高校に入学して教師と生徒として出会う以前にはただ歳の離れた友人同士だったのだから、個人的な悩みくらいは聞いて欲しいと思いたい。
ましてや今回の悩みには根幹的に、この人が関係しているし……。
「今日は僕の“頼れる友人であるところのミヤビさん”に用があって電話をさせていただきました」
ぶつくさと文句を続けるミヤビさんにこう告げると、少し黙った後で小さく舌打ちをする音が聞こえた。この人はある事情があって、こう言われることに弱い。
『どうせまた央美のことなんだろ? 早く言えや』
でも幸か不幸か、阿吽の呼吸のように相談事も通じてしまう。とは言え今回に関しては話が早く済むから良いんだけれど。
「ええ……あの、ナオさんとまた連絡が付かないんですけど――」
そこまで伝えると、スマホの向こう側から騒音が聞こえてきた。いや、これはミヤビさんの声だ。一応。
かなりヒートアップしているようで、さまざまな方言が混じった言葉を大声で、さらにトーンも高くした状態でまくし立てられていて非常に聞き取りづらい。けれど、おおよその所で『お前次に喧嘩したら許さんと言っただろが』と言っているのだろうということは、これまでの経験上わかる。
「あの、ちょっと落ち着いてくださいねミヤビさん。今回の件はあなたが関係してるんですよ」
努めて冷静に、僕は話を続ける。僕がナオさんと不仲になるとミヤビさんが怒る。ここまでは想定内。この後がどうなるかは、今の僕の言葉選びに掛かっている。
そんな僕の言葉が予想外だったのか、真偽を確かめようとしているのか。ミヤビさんが静かになったのをいいことに話を続けることにする。
「先週の日曜日、久しぶりに3人でゲームしたじゃないですか」
問いかけると『ああ』と小さく返事が来た。きっと、その時のことを思い出しながら思考を繋げているのだろう。
○ ○ ○
ナオさんとミヤビさんは学校の先生、僕はその2人から勉強を教わる生徒であるという立場柄、3年前までは共に遊んでいた交友関係を解消していた。けれども、断絶状態に耐えきれなくなってしまった僕とナオさんの訴えによって“顔を合わせない、ネット上の友人としてなら”という条件の下に関係が復興された。
先日、僕たちが遊んでいたのはオンライン対戦が可能なFPSゲームだった。効率よく計算ずくで相手を下すナオさん、血の気が多くどんな相手でも倒したいというミヤビさん、そんな2人に勝ちたい僕にとって満場一致だと言えた。
でも、その後のルール決めに問題があったように思っている。
「ミヤビさん、何かとナオさんを狙い撃ちしてましたよね。いつもなら僕のことを滅多打ちにしたりするのに、途中からは突然2対1だとか言って僕も悪者にして」
その時にミヤビさんは『お前ら2人は2年間普通に遊んでたんだから良いだろ!』とも言っていた。その言い分もわからなくもないけれど、それでも3人で対等に戦うという選択肢もあったのではないか、と思う訳で。
「その後から様子がおかしいんですよ。ナオさんすごく素っ気ないし、他の人とゲームもしてるんですよ!」
『はぁ……』
言葉選びに失敗したら怖い結果が待っているけれど、友人の失言は嗜めて出来得る限り反省してもらおう。そう思っていた僕の行動だったのだけど、大きなため息が返ってきた。反省、ならずか。
『お前さー、なんにもわかってねえよな』
「なんですか。反論があるなら聞きますよ」
正当な反論があるのならね!
そう思って啖呵を切った僕は、その後すぐに後悔することになった。
『単純に。央美と遊びたかっただけなんだけど? お前らは存分に遊んでたからそんな感情無いかも知れんけど。って当日にも言ったよな?』
え? あれって本気だったの? ナオさんを攻撃するための口実だと思ってた……。
『で、央美も央美で当然私とも遊びたい訳だ。だから前もって”ハンデ付けてやろうぜ”ってやりとりはしてたし』
……あれ? ひょっとして僕がいることがハンデになってるのかな? って、今はそうじゃなくて。
「でも、じゃあ、ナオさんが僕と遊ばずに他の人と遊んでいたのは……」
そうだ。僕は見てしまったんだ。某狩りゲーで『もう寝るから通信切るね』と言った後にナオさんが別プレイヤーと集会所を作って遊んでいるのを……。
『はっ知るか。お前じゃ力不足なんじゃね? ただでさえあいつにはネット友達もいっぱいいるんだし。それか、見切られるのかもなぁ。そんな疑り深いストーカー気質の男は』
うじうじしている僕に、ミヤビさんがどんどんと追い打ちをかけてくる。でも、自分のせいにされたことに怒らないのは温情なのかな……。
「じゃあ、ミヤビさん”Lucky star”ってプレイヤーを知ってますか?」
僕が見たプレイヤー名を告げると、通話の向こう側が静かになった。
「ランクがナオさんとほとんど同じくらいだったんで。流石にまったく知らない人との集会所には入れなくて、それ以外はわからないですけど……」
ミヤビさんが捕捉しやすいように情報を足してゆくと、ミヤビさんは小さな声で『あいつだな』と呟いた。知ってるんだ……。
『昔から央美を信望してるフォロワー……って言うよりはストーカーだな。大方、変に見つかって逃げられなくなったんだろ』
なんとも怖い話をカラカラと笑いながらするミヤビさんが信じられなくて絶望する。
「そんな薄情な!」
思わず通話口に向かって叫んでしまった。
そこでようやく、僕が激しい思い込みをしていることに気付いたらしく、ミヤビさんが優しく助言をしてくれた。
『なに、そこまで悪いヤツじゃないさ。それに、お前だって知ってるはずだ』
僕が、知ってる? 昔、ナオさんたちが大学生の頃に会った人かな……。
『ちなみにオフラインでな。簡単だよ。名前を日本語にすりゃ良いんだから……。あー、憂さ晴らしにおちょくらせてもらったし切るわ』
笑いながら言い残して通話を切断しようとするミヤビさんに、ギリギリの所で今日の通話に関する謝罪と感謝を告げた。
今はとにかく、Lucky starを探し出そう。そうすれば、ナオさんの困りごとも解決するかも知れない。
第二部的なお話です。
せっかく引っ付いたチヒロくんとナオさんはどうなってしまうのでしょうか。