bye bye popsicle(1)
高校生が過ごす休日は様々だ。
大金を手にするべくバイトに明け暮れる者、暇を持て余して友人と遊びに出かける者、甘い青春を謳歌するように恋人と時間を共にする者、そんなことは一切関係なく1人で過ごす者……。君はどれなのかと、そう質問されたら答えかねる。
もちろん、気心の知れた相手の質問ならば極力答えたい。しかし、僕は自分の全てを曝け出すことの出来るような友人も家族も持ち合わせていない。
唯一としてそれを許すことの出来る相手はいるにはいるけれど、友人と呼ぶには他人行儀すぎるし、家族……とはまだ言えない。それにきっとその人はそんな質問を僕にする必要がない。
なんて言ったってその人と僕は、お互いの休日をほとんど共有しているのだから。
「ーーチヒロくん、相変わらず弱いね」
「いやっ、ナオさんが、強すぎる、だけなん、だってば」
高校に入ってから2度目の春休み。僕は知人女性であるナオさんが住んでいるマンションの一室でゲームに興じていた。対戦格闘ゲームのプレイ中に話しかけられて手元の小型機に映し出される光景から目が離せないまま、なんとか返事をする。
「ねえ、チヒロくーん」
1部屋12畳あると聞いたことのあるリビングで2人。敷かれたカーペットで正座をしている僕とは対照的に、ソファで俯せにゴロゴロしているナオさんから続けざまに名前を呼ばれた。
「なにさー」
ナオさんと目を合わせるどころか顔を見もせずに答える。もし親に対してこんなことをしようものなら、会話をする時くらい相手の目を見ろ、なんて説教を受けるかもしれない。けれど今この部屋にいるのは僕とナオさんの2人きり。それにナオさんだって、この部屋の主とは言え僕に対してなかなかな態度を見せているし、今目の前にあるゲーム画面では2人のキャラクターが駆け回っている。つまりナオさんだって僕の目を見て会話している訳じゃあない。だから恥ずかしげもなく気の抜けた声で、ゲーム画面に目線を向けたままで返事をする。
それに、この流れではろくでもないことを言うに違いないという確信があった。そう思うと真摯な対応をする気持ちにはなれなかった。
「次、チヒロくんが負けたらお風呂掃除ね」
ほら来た。今日も僕の予想は外れなかった。
ナオさんは僕とゲームをする際に、よく勝負事を持ち込もうとする。
僕たちは2人ともにゲームが好きで、休みの日にはナオさんの部屋に入り浸って一日中遊ぶことが決定事項のようになっている。ナオさんも一緒に遊んでいるとは言え場所を提供してもらっている身だから、些細なお願いや頼み事は引き受けて然るべきなのだろう。
「あのさ、そういうのは互角の相手に持ちかけるもんでしょ。僕じゃナオさんに勝てないんだから……」
でも、ナオさんの誘いを拒んだ。僕だってナオさんの部屋に来始めた頃は謙虚な姿勢でいたし、お願いをされたらお風呂掃除だってなんだって進んで行った。
最初はそれで良いと思っていた。けれど、少しずつ歪んできた。
2人でゲームをして遊ぶのが楽しいから、そしてナオさんは優しいから僕が生意気を言っても気にしない人だから、僕は遠慮せずに不躾な態度を取っているのだけれど、もう1つ理由がある。
だから僕は先ほど自分が放った言葉とは裏腹に、負けないためのキー操作を続ける。本当の所を言うと、できる事ならナオさんに勝ちたいと思っているのかも知れない。
「違うよ、チヒロくん。君に拒否権は無いんだ」
ナオさん曰く、僕には勝負を断る権利が無いらしい。――だからと言って無駄な抵抗を始めた訳じゃあないのだけど。
ムキになってキー操作に集中することで、ナオさんの言葉をスルーしようとする。でも、そんな僕を無視するようにナオさんは続けるのだ。
「なんせ、チヒロくんは私の嫁なんだから」
ゲーム画面に集中しているはずの僕の目に、意地悪く笑うナオさんが見えた気がした。
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説明的に言ってしまうと、ナオさんは僕が中学生の頃にやっていたオンラインゲームで知り合った人だ。ナオさんが僕を“嫁”と言うのは、そのゲームの中で結婚ができる仕組みを僕たち2人が利用した事が起因している。
当時大学生だったナオさんが、行動をともにしていたグループでオフ会を開いた。それ以前はゲーム以外に趣味が無くて休みの日も引きこもりがちな僕だったけれど、オフ会をきっかけにリアルでの交流を持った後は外出をして他の人と遊ぶ習慣ができた。……外に行っても遊ぶ内容はゲームだったけれど。
当初はもちろんナオさん以外の人もいたのだけれど、みんな就職の都合などで遊ぶ機会も減ってしまった。それはもちろんナオさんだって同じはずなのに、今でも時間を作って僕と遊んでくれているのは優しさなのかな。
そもそもとしてナオさんは外で遊ぶよりも自分の部屋で遊ぶことを好む。その主な理由はもしかしたら、勝負を吹っかけて自分でやりたくない家事を僕にさせることが目的なのかもしれない。けれど、中学の頃から交友関係が薄く、友達の家で遊ぶという経験も少なかった僕からすれば、他の人の家で遊ぶという行為だけで嬉しいのだけど。
けれど、二言目には僕のことを嫁だと言うことはやめて欲しい。改めて言うけれど僕は男で、ナオさんは女性だ。
オンラインゲーム時代からナオさんは、強そうだからという理由で男キャラを使っていて、僕は周りの人が優しくしてくれて有利だからと女キャラを使っていた。僕がゲーム内トップランカーであるナオさんのグループに入ったのも、恩恵にあやかりたいというやましい気持ちだった。
でも、結婚の仕組みを提案したのはナオさんからだった。グループ参加当初から可愛い可愛いともてはやされていて、性別を偽っていることに申し訳のなさは感じていたけれどリアルで会うなんて考えてもいなかったから、ゲームを有利に進められるんだやったー、だなんて軽い気持ちで応じてしまったのだ。
実際に会うという話が出た時にはもちろん葛藤したし、グループの別の人にも相談したほど。当時の僕は将来こんな状況になるとは思っていなかったのだ。
なんと言うか、黒歴史をずっと弄り続けられているようで辛いという気持ちもある。
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