婚約破棄したくてもできない!~父親がチーレム男だった場合~
「ジャクリーン・ウラマナス。私は真に愛する女性を見つけた。よって、私はお前との婚約を破棄し、愛するシェルビーとの婚約を発表する」
国王夫妻がまだ姿を現わしていない王宮の舞踏会で、王子は愛しい少女を傍らに自信満々に宣言した。その前に立ってジャクリーンを牽制しているのは、彼女の兄アーサーと宰相家の令息、騎士団長の令息など王子の側近たちだ。
言い渡されたジャクリーンは平然としたもので、公爵令嬢らしく落ち着いて答える。
「それは無理です。シェルビーさんとの婚約は陛下もお許しになりせんわ」
「何故、お前がそんなことを言える」
「殿下は不思議に思われなかったのでしょうか? ご友人たちの家である我が公爵家も宰相家も騎士団長の家も長男が家を継がないということに」
「? 何を言っておるのだ?」
「我が公爵家は殿下を入り婿としてわたくしが家を継ぎ、宰相家は我が兄が入り婿に。騎士団長の家は宰相家の長男が入り婿となり、それぞれの家の長女がわたくしと同じように後を継ぎますの」
ジャクリーンが言うことは王子にとって初耳だった。
だが、ジャクリーンと結婚する気のない今の王子にとってはどうでもいいことだ。
「それは今、関係ない!」
「きちんと聞いておりましたか? 殿下は我が家の入り婿になることが決定しておりますの。それを覆すということがどのようなことを意味するのかわかっておいでで? 我が愚兄の婿養子の件も婚約解消と同時に起こるということですのよ」
「別に婚約がなくなっても構わないではないか。本人の意思を無視した婚約など無意味だ」
言っても無駄だとわかったジャクリーンは首を横に振って、呆れかえらないように努めた。
「残念ですが、今回の婚約がなくなれば、愚兄は平民として生きるしかありません。この婚約があればこそ、貴族として生きていけるのだからと、陛下はわたくしに静観するようにとおっしゃりました」
「父上が? 父上が何故、そなたの兄の婚約のことを気にするのだ?」
「わたくしもそのことが気になりました。ですから、お聞きいたしましたの。そうしたら驚いたことに、兄は殿下と母親違いの兄弟だと教えていただきましたわ」
「まさか? アーサーが、私の兄?!」
王子がこれほど驚かされたことは初めてだった。彼は仲の良い公爵家の令息を兄弟だとは一度も思ったことはなかった。
「我が国は一夫一婦制の為、兄が出来た母は遠縁の父と結婚するしかなかったそうですわ」
現国王はたぐい稀なる能力の持ち主で、侵略してきた隣国に両親を殺された王女を助けて隣国からこの国を守った英雄だった。それは有名な話だが、公爵夫人が国王の子どもを産んでいた話は誰にも知られていない。ただ、現国王は今の妃と結婚して国王となる前に数多くの女性との噂があり、その中の一人がジャクリーンとアーサーの母親であったことはその世代では有名だった。
「?!!」
「そんな?! 俺が父上の息子じゃないなんて?!」
驚く国王の息子たちにジャクリーンは溜め息を吐く。
「ですから、お母様の私生児であるお兄様が貴族でいる為にはそれを承知している貴族と結婚する必要がありますの。殿下は仲の良いお兄様が平民として離れて暮らすことをお望みではないでしょう?」
親しい側近が自分の兄弟だということを知らされて戸惑う王子は、自分の選択が兄弟の地位を左右すると言われて及び腰になりながらも答える。
「だが、私とシェルビーは愛し合っているのだ」
「申し訳ございませんが、シェルビーさんと殿下は婚約できる間柄ではございません。この国は一夫一婦制で、結婚できるのは従兄弟以上に離れた間柄のみ。母親の違う妹とは無理でございます」
「妹?! シェルビーが妹とだと言うのか?!」
愛する少女が妹だと知らされ、王子はアーサーが兄弟だったと知らされた時以上に驚いた。
「陛下のお言葉によれば、シェルビーさんのお母様は今でも未婚なので愛人にしているとか」
シェルビーの母親の場合、アーサーの母親とは違い、父親との関係は現在進行形だった。
「・・・」
「そんな・・・、シェルビーが妹。シェルビーの兄は殿下だけだと思っていたのに・・・」
可哀想なお兄様。シェルビーさんの身元を調査した時に陛下の娘だと知って、婚約破棄を申し出たというのに。
ジャクリーンは真実に打ちのめされている異父兄に痛ましげな視線を送る。
「どうして、アーサーはシェルビーが妹だと知らせなかったのだ?!」
「お前は自分が陛下の長男なんだから王位に就くのは自分だといつも言っていただろう」
宰相令息であるジェイムズはアーサーにすべての罪をなすりつけようとした。
「違う! 黙っていたら殿下は陛下の反対にあって、シェルビーと別れることになるとジェイムズに言われたんだ」
「何を言っているんだ、アーサー」
「信じてください、殿下。俺は無実です」
「往生際が悪いぞ、アーサー」
アーサーとジェイムズは互いにどちらが悪いのか、罪をなすりつけあう。
ジャクリーンは公衆の面前で繰り広げられている醜い争いを冷めた目で見ていた。国王から兄やシェルビーの出生の秘密を打ち明けられたのは、王子がシェルビーを公然と連れ歩き、婚約者であるジャクリーンを顧みなくなったからだ。たかが一時の気の迷いだから温かく見守って欲しいと言われ、本当の関係を知らされたからこそ、ジャクリーンもシェルビーの取り巻きの婚約者たちも黙っていたのだ。
「ところで、婚約はどうすればよろしいのでしょうか?殿下は先ほどおっしゃられたように異母妹のシェルビーさんと愛し合っておられて、彼女との結婚を望まれておられるのでしょう?」
「嘘よ! ジョナサン様のお父さんがあたしのお父さんだなんて、捨てられたくないあんたの嘘に決まっているわ!」
「異母兄妹なのだから、この国で結婚なんてできませんわよ。同じ宗教を信じる この近隣の国々でも無理です」
「あんたの嘘になんか騙されないわ!」
ジャクリーンとシェルビーの言い合いに王子が口を挟む。
「嘘だろうがなんだろうが、宗教を変えてしまえば関係ない!」
「なんてことを! そんなことをすれば、近隣の国々に侵略する口実を与えますわよ!」
「それがどうした! 私とシェルビーが幸せになる為ならかまわないではないか!」
それは隣国に侵略された時の傷跡がまだ残っているのを目の当たりにしているとは思えない発言だった。
流石に妹と結婚したいが為に戦争を引き起こしてもかまわないという発言にアーサーが口を挟む。
「陛下が平和を築いてくださったのを無にする気か?!」
「父上にできて、私にできぬはずがない!」
戦争が起きたその時は自分がなんとかすると言ってのけるその傲慢さを、遅れて現れた国王が耳にし、こめかみをひきつらせた。
「ここまで愚かだとはな」
「父上?!」
「お父さん?!」
ジョナサンとシェルビーは父親の姿を見て同時に声を上げた。元々庶民で、国王が出席するような催しには呼ばれていなかったシェルビーは初めて社交界で父親と会った瞬間だった。
「嘘・・・?! 嘘よ嘘よ嘘よ!! ジョナサン様があたしのお兄ちゃんだなんて嘘よ!」
シェルビーは否定しようとした。否定すれば、「冗談だった」と父親が言ってくれる気がした。
「シェルビー。私はお前が妹でも愛している」
王子は既にすべてを受け入れていた。
「あたしは兄妹で結婚するなんて嫌よ!アーサー様~」
「シェルビー・・・!」
愛しい少女に拒絶の言葉を投げつけられた王子は悲痛な声を上げる。母親の違う妹だと知っても、尚、近隣諸国を敵に回してもかまわないと言った反応が拒絶なのだ。その心痛は計り知れない。
王子が拒絶されたことで意気満々となった公爵令息。彼は自分もジャクリーンから国王の息子だと言われたことを信じていなかった。
「アーサーもお前の兄だ」
「ジェイムズ様は違うわよね、お父さん」
「・・・っ!」
国王の一言でシェルビーにあっさりと見切りを付けられた公爵家の令息は項垂れた。
「ジェイムズもお前の兄だ」
シェルビーはめげないで、取り巻きの最後の一人の名を挙げた。
「・・・。じゃ、じゃあ、ここから連れ出して、ヒュー」
「ヒューもお前の兄だ」
「・・・」
「・・・」
なんとも言えない顔をして顔を合わせているヒューとシェルビー。
そんなシェルビーに宰相家の令嬢と騎士団長の令嬢が声をかける。
「知らぬこととはいえ、お兄様たちと愛が芽生えるなんて素晴らしいことね、シェルビーさん」
「お幸せに」
それぞれアーサーとジェイムズと婚約していた二人だが、既に婚約破棄されていたので、元婚約者たちとは何の関係もない。だが、彼女らは同母の兄を愛しているので、押しつける気満々だった。
かつて、王女と公爵令嬢と宰相令嬢と騎士団長の令嬢を取り巻きにしていた男がいた。
男は王女と結婚し、他の令嬢たちは子どもを身ごもったまま、遠縁の男たちを婿に迎えて男の子どもを産んだ。
入り婿たちは実子に家を継がせることを条件に結婚したので、男の子どもたちの性別が入り婿の実子と一致するようなら結婚させることになった。それに王女の子どもも含まれたのは、一人だけ男と結婚できた不公平さを解消する為であった。
王子たちは元婚約者たちと結婚させられ、元婚約者たちは婚約者をないがしろにしてシェルビーの取り巻きになったことを許さず、跡継ぎは別の人物との間にもうけた。国王には庶子がシェルビー以外にも20人以上いて、彼らを子どもの父親に選ぶ必要がなかったからだ。勿論、諸悪の根源である国王は求められれば応じる気があったし、国王とは血の繋がっていない相手でもよかったので、彼女たちの子どもの父親が誰かは本人たちしか知らない。
父親がギャルゲーかなろうのチーレム主人公だった場合、一夫一妻制の国ならこんなこともあるかと思います。
どうでもいい設定:
出てきていませんが、国王の庶子には獣人もいて、王子の従者をしています。
母親が戦士で冒険者をしている国王の庶子もいます。
シェルビーの母親はロリっ子だったので、シェルビーの母親が産んだシェルビーの弟妹が国王の子どもの末っ子です。