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駆逐艦『雪風』 ~小さき不沈艦~  作者: 伊東椋
昭和十四年~十六年
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第七話 出航


 都倉が任官してから半年、駆逐艦『雪風』は訓練を一段落させた十一月中旬に呉へ入港した。


 呉は呉工廠や鎮守府があり、日本海軍の最大の要港の一つだった。

 呉に入港した『雪風』を始めとした第16駆逐隊は、次の行動に備える準備期間に入った。

 休日には上陸する時間も与えられ、乗員たちは陸の上の一時を楽しんだ。

 都倉もその一人だ。

 呉の町に行き、行きつけの料亭に通った。そこで海兵の同期たちと酒を呑み交わし、今後の奮戦を誓い合った。猛訓練の日々だった半年間を乗り越え、都倉たち軍人には戦が近いという勘がなんとなく働いていたのかもしれない。

 戦艦『陸奥』に乗った同期が、盃を手に取りながら問いかけた。


 「なあ、都倉。俺は明日にでも故郷に帰ってお袋たちに別れの挨拶でもしようかと思っているんだが、貴様はどうするんだ?」

 「俺は……」


 第16駆逐隊の次の行動は呉を出て、遠洋に向かうと誰もが察していた。おそらく暫くは日本に帰れないだろう。この同期のように休暇を貰い、故郷に帰って家族や恋人に会う者もいた。

 都倉の故郷はわざわざ呉から向かうには遠い場所だった。遺言を伝えるために帰るというのも自分の性に合わない。


 「貴様には別れを告げる相手がいないわけではないだろう」

 「………………」


 同期の言葉に、都倉は黙り込んだ。


 「……まぁ、俺がとやかく言う事ではないな。どうしようが貴様の自由だ」


 言いながら、同期は盃を淹れた。


 「……この夜が、内地で過ごす最後の夜になるかもしれないな」


 都倉はその盃を、ぐっと喉奥に流し込んだ。



 秋にしても冬の近付きを感じさせる程に冷える夜の下、呉港内に身を落ち着かせた『雪風』の艦内。とある士官用の部屋をノックする存在が居た。


 「都倉少尉、いますかー?」


 ドアに向かって雪風が声を掛けるが、室内からは応答がない。


 「いないのかな?」


 そして躊躇なく、雪風はドアをすり抜けて部屋に侵入した。


 「この艦は私そのものですからね。だから私がどこに入ろうが、私の自由です」


 誰に言っているのかわからない独り言を呟きながら、雪風は室内を散策した。皺一つなくピッシリと整えられたベッドの上。日誌や辞書などが敷き詰められた机など、雪風が感心してしまう程に整理された部屋だった。


 「さすが少尉、きっちりしてますねぇ」


 それをまじまじと眺め、探検する雪風は容赦がない。


 「本当にいない。暇だから少し話相手になってもらおうと思ったのになぁ」


 訓練も一段落し、幾分か周囲の状況も落ち着いたので、雪風は都倉と交流する時間を増やしていた。訓練期間中は忙しい毎日だったが、中々巡り合えない艦魂と話ができる人間との交流は雪風の楽しみでもあった。今となっては毎日のように都倉に会いに行っている。


 「仕方ない、今夜は時津風の所にでも……」


 部屋を立ち去る間際、雪風はふと視界の片隅でそれを見つけてしまった。思わず前に出していた足を止めてしまう。そしてその行き足を都倉の机の方へと向ける。

 机の上には、本棚に日誌や辞書などの専門書が数冊並べられている他、一枚の写真立てが置かれていた。

 雪風はその写真立てを手に取り、中に収められている写真を見詰める。


 「これって……」


 その写真には、椅子に座った着物姿の若い女性がはにかんだ表情で映っていた。





 翌日の昭和十六年十一月二十六日、第16駆逐隊第一小隊は呉を出航した。呉を出た後、長崎の南にある橘湾に向かった。

 この時の動きは、一般人にも知られないように擬装されたものであった。橘湾は昔、千々ちぢわ湾と呼ばれ、島原半島の西側にあり、海岸線は緩やかな曲線を描いており大きな町もない。湾口は広く、夜間の出入港も容易だった。

 橘湾で小休止した第一小隊は、二十七日零時過ぎに橘湾を闇夜に紛れて出航した。

 『雪風』『時津風』の二隻は都倉の予想した通り、日本を離れ、遠洋航海に出た。

 行く先は南方の果て――パラオであった。



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