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駆逐艦『雪風』 ~小さき不沈艦~  作者: 伊東椋
昭和十九年~二十年
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第五十話 帰路の果てに

 フィリピンから敗走した日本海軍の生き残った艦艇は、未だブルネイ湾に在泊していた。その間、日吉にある連合艦隊司令部から、艦隊の大編制替えが通達された。

 これにより、第一機動艦隊と第三艦隊は廃止され、真珠湾より数々の栄光を輝かせた機動部隊が遂に消滅した。そして第1、2、4、5戦隊も解隊となり、ソロモン以来の第10戦隊も解散と決まり、『雪風』などの第17駆逐隊は第二水雷戦隊所属となった。

 十一月十六日、米空軍がブルネイ泊地を急襲。

 艦艇に大した被害は無かったが、この戦闘で『雪風』に一人の乗員が戦死した。

 この日、艦隊は内地へと帰還する予定となっており、午後六時三十分に『大和』『長門』『金剛』の戦艦部隊が17駆を護衛に配し、ブルネイを出航。

 この時、『雪風』は17駆の司令駆逐艦として出航する予定だったが、戦死した乗員の水葬を行うため出航が遅れそうになり、『浦風』へと司令駆逐艦が変更された。

 

 艦隊はフィリピン西方海域から、台湾海峡に向かっていった。





 昭和十九年十一月二十一日

 台湾海峡


 時刻は午前二時を回ろうとしていた。周囲は暗闇に包まれ、波は時化ており、当直で艦橋に立っていた都倉は注意深く辺りを見回していた。

 左には戦艦『金剛』などの戦艦群が並んで進んでおり、『雪風』は『浦風』と共に彼女らの右を護衛、そして反対側の左に『磯風』『浜風』が警戒の陣形を保っていた。


 「……大分、時化るな」


 どんなに高く押し寄せる波にも決してビクともしない三隻の戦艦。その一隻、既に建造から三十年以上が経過している老巧艦『金剛』の艦上で、金髪を靡かせた若き女性が夜闇下る荒波の海上を眺めた。

 彼女は戦艦『金剛』の艦魂である。金髪にサファイアの宝石のような蒼い瞳、恐ろしい程に白い肌は、白色人種の特徴を表している通り、彼女自身は英国生まれである。イギリスで建造されて以降、日本海軍の高速戦艦として戦場の海を駆け巡った歴戦の戦士である。

 荒波の向こうには、ポツポツと灯りが確認できる。金剛はその灯りから、自分達の現在位置をおおよそ把握していた。


 「……ブルネイを出て五日目。という事は、台湾辺りか」


 出航日時から艦隊の速力などを照らし合わせて計算し、導き出した結論を呟く。金剛の推測通り、艦隊は台湾沖に差し掛かっていた。

 しかし日本の領海とは言え、油断は禁物であった。南シナ海は敵潜水艦の出没が多い海域だった。

 レイテ沖での戦いに敗れたのを見て、今後は台湾の沖合だけではなく、敵の脅威は本土近海にまで及ぶだろうと金剛は考えていた。いずれ自分達の庭でさえ、安心して通れなくなる。そんな将来を、金剛は危惧していた。

 必ず挽回せねばならん。金剛は妹の榛名や他の艦艇たちと共に、その機会を得る決意を抱いていた。

 しかし、その決意は無残にも散る結果となる。


 ――午前三時頃。『雪風』は左から強烈な爆発音を聞いた。


 艦橋にて当直に立っていた都倉が、荒波に艦を揺らされる中、急いでその方角に目をやった。うっすらと見える『金剛』の艦影に二本の巨大な水柱が立ち昇っていた。


 「『金剛』が被雷!」


 それは魚雷によるものだと、都倉はすぐに気付いた。更にその直後、今度は前方から轟音と共に赤い光が瞬いた。

 視線を向けると、目の前を覆うように山のような水柱が上がり、赤い炎が噴出していた。その中に呑まれるように、艦尾を持ち上げた『浦風』の姿が。


 「浦風ッ!!」


 彼女の姿を目撃した雪風が叫んだ。しかし『浦風』は一瞬の内に海の底へと消えてしまった。

 正に轟沈であった。『雪風』の前方を走っていた『浦風』も敵潜の魚雷を受け、台湾沖に沈んだ。

 この時、被雷した『浦風』には谷井保駆逐隊司令が乗り込んでおり、司令以下艦長等全員が戦死した。

 一方、同じく被雷した『金剛』は二本の魚雷を左舷に受け、まだ誰もこの艦が沈むとは考えていなかった。

 『金剛』は徐々に左に傾きながら、前進を続けていた。マリアナ沖では至近弾を受けて五度ほど傾いたが、今回はそれを上回り、十四度傾いて一旦止まった。

 艦橋では艦長以下が復原の努力を続けるが、艦の傾斜は更に深まるばかりだった。

 遂に速力を落とし、傾いていく『金剛』の横を、後続にいた『長門』が激励の発光信号を送りながら通り過ぎる。


 「金剛、頑張って!」


 艦魂の長門も必死に戦友に呼びかけるが、彼女の体は一向に立ち直る気配を見せなかった。

 周りの僚艦たちが心配そうに自分を見詰める光景を前に、金剛が苦し紛れの笑みを浮かべる。


 「……ふ。無様なものだな」


 金剛は己の状況を見返し、嘲笑するように笑った。自嘲した後、その口から血の塊を吐き出した。

 火薬庫が引火したのか、『金剛』は大爆発を起こした。周囲の闇を照らすような赤々とした炎が噴き出す。

 何人かの乗員たちが吹き飛び、海上へと投げ出される。弾薬に誘爆し、爆発が何度も立て続けに起こった。


 「私もここまでか……」


 自分の最期を悟り、金剛は目を閉じた。降りた闇の中、次に浮かび上がったのは先に戦没した比叡と霧島であった。

 二人の妹たちが優しく自分に微笑みかける。金剛も、その口元を緩ませた。


 「後は、頼んだぞ……」


 一人残してしまう妹を想いながら、金剛は二度と覚める事のない眠りへと沈んでいった。


 

 フィリピンから内地への帰路途上にあった艦隊は、米潜水艦の雷撃により『金剛』と『浦風』を失った。

 轟沈した『浦風』は、谷井保司令、横田保輝艦長以下、全員が戦死。

 『金剛』は乗員千六百名の内、六百名が『磯風』『浜風』によって救助、鈴木司令官、島崎艦長ら幹部連中は艦と運命を共にした。

 二隻を失った後、『雪風』ら二水戦は『大和』『長門』を護衛し、十一月二十三日、瀬戸内海西部に帰投。

 翌二十四日、『雪風』を始め三隻の駆逐艦が『長門』を護衛して横須賀に回航。

 二十五日、横須賀に入港。そしてまた、重要な護衛任務が『雪風』らに言い渡された。


 それは、新鋭の巨大空母『信濃』の内海行きへの護衛であった。




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